名作住宅:住む人とともに育つ家と庭。建築家阿部勤さん自邸「中心のある家」をたずねて
豊かな歴史を刻みつつ、育つ家。「ペニンシュラキッチン」が生まれた家。中心のある、曼荼羅のような家。暮らしや人間とは何かを考え抜いてつくられた家。多様な魅力にあふれる名作住宅をたずねました。
柴田直美
2017年1月12日
Houzzコントリビューター。武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業後、建築雑誌「エーアンドユー」編集部、アムステルダムのグラフィックデザイン事務所thonik勤務(文化庁新進芸術家海外研修制度)を経て、以降、編集デザイン・キュレーションを中心に国内外で活動。2015年パリ国際芸術会館(Cité internationale des arts)にて滞在研究。 http://www.naomishibata.com/
Houzzコントリビューター。武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業後、建築雑誌「エーアンドユー」編集部、アムステルダムのグラフィックデザイン事務所thonik勤務(文化庁新進芸術家海外研修制度)を経て、以降、編集デザイン・キュレーションを中心に国内外で活動。2015年パリ国際芸術会館(Cité... もっと見る
「住まいというのは『気』をためる器である。」という建築家阿部勤さんの自邸「中心のある家」(1974年)は、生き続けている家である。その中に立ち入ると、家そのものが住人や自然と対話する人格をもったひとつの生き物であるような感覚を覚える。住んでいる阿部さん自身も「今でもいろいろな発見がある」という。
この家の1つの特徴と言える、阿部さんが自ら手入れをする、いろいろな種類の植物が共存している庭は、20年ほどで現在の状態に近くなったとのこと。選んで植えたものだけでなく、鳥が種子を運んで来ていつのまにか育ったものもあるそうだ。植物たちは自由にそれぞれの一生を謳歌しているように見える。自然に適した状態に柔軟に変化して行く庭は、この家での過ごし方に通じる懐の深さを持っている。
ル・コルビュジエに師事した坂倉準三の事務所に勤務していた阿部さんが、タイで25の学校を設計するプロジェクトを終えて帰国し、独立して最初に手がけたのがこの自邸であった。阿部さんが「以降の住宅設計に見られる全ての要素がこの家にはつまっている」というほど、家とは何か、暮らしとは何か、人間とは何かを徹底して考えた結果として、この家はある。
どんなHouzz?
所在地:埼玉県所沢市
住まい手:建築家の阿部勤さん(建築設計事務所〈アルテック〉代表)
敷地面積:202平方メートル
延床面積:102平方メートル
構造:鉄筋コンクリート造+木造 地上2階建
設計:阿部勤
この家の1つの特徴と言える、阿部さんが自ら手入れをする、いろいろな種類の植物が共存している庭は、20年ほどで現在の状態に近くなったとのこと。選んで植えたものだけでなく、鳥が種子を運んで来ていつのまにか育ったものもあるそうだ。植物たちは自由にそれぞれの一生を謳歌しているように見える。自然に適した状態に柔軟に変化して行く庭は、この家での過ごし方に通じる懐の深さを持っている。
ル・コルビュジエに師事した坂倉準三の事務所に勤務していた阿部さんが、タイで25の学校を設計するプロジェクトを終えて帰国し、独立して最初に手がけたのがこの自邸であった。阿部さんが「以降の住宅設計に見られる全ての要素がこの家にはつまっている」というほど、家とは何か、暮らしとは何か、人間とは何かを徹底して考えた結果として、この家はある。
どんなHouzz?
所在地:埼玉県所沢市
住まい手:建築家の阿部勤さん(建築設計事務所〈アルテック〉代表)
敷地面積:202平方メートル
延床面積:102平方メートル
構造:鉄筋コンクリート造+木造 地上2階建
設計:阿部勤
変わらない「骨格」と住まい手の気持ちに寄り添う「曖昧さ」
100年、200年と変わらない「らしさ」や「シンボル」がその家の「骨格」となる、と阿部さんは言う。住まい手の「らしさ」とは、住まいの顔であり、住まい手の人格。街の風景をつくる要素でもあり、「中心のある家」の「らしさ」のひとつは角に立つ7本のケヤキの寄せ植えである。
それに対して、空間の使い方や区分がかっちりと決まっていない「曖昧さ」や「ルーズさ」は、住み手の気持ちの変化を受け入れる。また、時間や視点の変化により変わるようなしかけをつくることで、いろいろな発見を生み、住んでいる喜びとなる。
100年、200年と変わらない「らしさ」や「シンボル」がその家の「骨格」となる、と阿部さんは言う。住まい手の「らしさ」とは、住まいの顔であり、住まい手の人格。街の風景をつくる要素でもあり、「中心のある家」の「らしさ」のひとつは角に立つ7本のケヤキの寄せ植えである。
それに対して、空間の使い方や区分がかっちりと決まっていない「曖昧さ」や「ルーズさ」は、住み手の気持ちの変化を受け入れる。また、時間や視点の変化により変わるようなしかけをつくることで、いろいろな発見を生み、住んでいる喜びとなる。
「まず扉ありき」
細工が施された玄関の扉は、坂倉事務所のプロジェクトでタイで農業・工業のカレッジや高等学校の設計に従事していたときにチェンマイでつくってもらったチーク材の扉。自邸を建てることを思いつく前に購入したもの。
細工が施された玄関の扉は、坂倉事務所のプロジェクトでタイで農業・工業のカレッジや高等学校の設計に従事していたときにチェンマイでつくってもらったチーク材の扉。自邸を建てることを思いつく前に購入したもの。
二重構造による囲いと空間の重なり
1階はコンクリートの二重構造、2階は腰壁までがコンクリートで、そこに木造軸組構造が架かっている。
この住まいの骨格である二重構造の壁と開口がつくり出すのは、さまざまな空間の心地よい重なり。写真の、阿部さんがアウトドアリビングと呼ぶテラスもそうした重層的な空間だ。「ヒトはもともと屋外に住んでいた動物。本能として、「隠れながら、外を覗ける」状態を安心で心地よいと感じるんですね」と阿部さんは話す。
1階はコンクリートの二重構造、2階は腰壁までがコンクリートで、そこに木造軸組構造が架かっている。
この住まいの骨格である二重構造の壁と開口がつくり出すのは、さまざまな空間の心地よい重なり。写真の、阿部さんがアウトドアリビングと呼ぶテラスもそうした重層的な空間だ。「ヒトはもともと屋外に住んでいた動物。本能として、「隠れながら、外を覗ける」状態を安心で心地よいと感じるんですね」と阿部さんは話す。
物理的にも精神的にも「中心」である居間を取り囲むように玄関、キッチン、ダイニングなどが連続して配置されている空間構成が、人間が持つ回遊する本能(テリトリーを見回って安心する)を満足させる。各エリアが水平にも垂直にも空間を共有しながらつながっていることで、見えていないところの気配を感じる安心感がある。写真のダイニングは、奥のコージーコーナー、横の居間、上階のアトリエとつながっている。
阿部さんがキッチンに立たれるということは聞き及んでいたが、家の北西の角に位置する壁付きのキッチンには、本格的な調理器具が並び、そこから延びている調理台は椅子に座りながら、調理ができる高さになっている。独立型のアイランドキッチンに対して、「ペニンシュラ(半島)キッチン」と阿部さんが命名。
相反するものの共存
この家には、コンクリートの不変さと木造の可変さ、アジアの「覆う」文化(木造架構)と、西洋の「囲う」文化(組積構造)など、相反するものが混在していて、そのときどきの気分に合わせて居場所を選ぶことができる。ほしいときにそれが手に入る選択肢の抱負さが、豊かさなのではないかと阿部さんは指摘する。
この家には、コンクリートの不変さと木造の可変さ、アジアの「覆う」文化(木造架構)と、西洋の「囲う」文化(組積構造)など、相反するものが混在していて、そのときどきの気分に合わせて居場所を選ぶことができる。ほしいときにそれが手に入る選択肢の抱負さが、豊かさなのではないかと阿部さんは指摘する。
緑の中に浮かぶ2階
取り外しができるようになっている2階の床は木造のため、水平剛性が少ない。そのため2階の窓台の高さ700mmの所にまわした平梁で補強していて、これが約300mmの連続出窓となっている。
取り外しができるようになっている2階の床は木造のため、水平剛性が少ない。そのため2階の窓台の高さ700mmの所にまわした平梁で補強していて、これが約300mmの連続出窓となっている。
アトリエの窓辺には「息子さんのものがまだ残っているんですか?」とついうっかり聞いてしまったくらい、少年が好きそうなものがたくさんある。地球がつくった四角い結晶「黄鉄鉱」や、下に置いた絵が表面に浮き出るように見えることからテレビ石と呼ばれる「石曹灰硼石」、水晶、数々の万華鏡、阿部さんが集めたワクワクするものたちが並ぶ。
アトリエ奥のくつろぎスペースは下階のダイニングの賑わいが届く。2階の横連出窓からは、陽が差し、かげり、鳥のさえずりが聞こえ、まるで屋外にいるよう。阿部さんがいうように、鳥の巣のように、守られつつも、外とつながっている空間が感覚を開いていく。
曼荼羅の中心
2階の床よりも770mm上がったところにある寝室は、2階の中心。アトリエからも水回りからもアクセスできる。この寝室を中心した平面構成について、毎日新聞社専門編集委員だった佐藤健さんは「この家は曼荼羅だ」とおっしゃったそう。阿部さん自身、「たしかに、チベットの寺院に似た構成をしていますね」と話す。
2階の床よりも770mm上がったところにある寝室は、2階の中心。アトリエからも水回りからもアクセスできる。この寝室を中心した平面構成について、毎日新聞社専門編集委員だった佐藤健さんは「この家は曼荼羅だ」とおっしゃったそう。阿部さん自身、「たしかに、チベットの寺院に似た構成をしていますね」と話す。
中間領域を彩る家具
1階も2階も、そこかしこに椅子やデイベッドが置かれており、外のような内のような中間領域をゆっくりと楽しむことができる。椅子の数をたずねると「50脚くらいかなあ」と阿部さん。阿部さんの椅子好きは有名で、所蔵の椅子が雑誌の椅子特集の表紙を飾ったこともある。
写真は1階にあるコージーコーナー。最近新しく入手した、イタリアのファッションブランド〈Marni〉が手がける《100 chairs》(コロンビアの元受刑者たちによるハンドメイドの椅子。貧困地区に暮らす彼らの社会復帰を支援するプロジェクト)の1脚が置かれている。
1階も2階も、そこかしこに椅子やデイベッドが置かれており、外のような内のような中間領域をゆっくりと楽しむことができる。椅子の数をたずねると「50脚くらいかなあ」と阿部さん。阿部さんの椅子好きは有名で、所蔵の椅子が雑誌の椅子特集の表紙を飾ったこともある。
写真は1階にあるコージーコーナー。最近新しく入手した、イタリアのファッションブランド〈Marni〉が手がける《100 chairs》(コロンビアの元受刑者たちによるハンドメイドの椅子。貧困地区に暮らす彼らの社会復帰を支援するプロジェクト)の1脚が置かれている。
家を育てる
キッチンのキャビネットから阿部さんが取り出したのは、薄い磁器の器。薄さゆえ、縁がかけてしまったそうだが、その部分をやすって滑らかにして使い続けているという。
また、中国茶の茶器は使うことでお茶がしみ込み「育てる」といって、長年使うことで、茶器が良くなる。どちらも手を入れることで、ものを育てていくのである。家もそのような手間や人の関わりにより、どんどん良く育つのだ。
キッチンのキャビネットから阿部さんが取り出したのは、薄い磁器の器。薄さゆえ、縁がかけてしまったそうだが、その部分をやすって滑らかにして使い続けているという。
また、中国茶の茶器は使うことでお茶がしみ込み「育てる」といって、長年使うことで、茶器が良くなる。どちらも手を入れることで、ものを育てていくのである。家もそのような手間や人の関わりにより、どんどん良く育つのだ。
人間と親しむ素材
この家は木や土(コンクリート)など、人類が慣れ親しんできた素材でできている。そういう素材で作った家は、住む人がストレスを受けない、と阿部さんは言う。
家の中には、阿部さんが好きだという陶芸家小川待子さんの陶器が数多く置かれているが、小川さんの陶器からも、自然から取り出したような親しみ深い力強さと温かさを感じる。
この家は木や土(コンクリート)など、人類が慣れ親しんできた素材でできている。そういう素材で作った家は、住む人がストレスを受けない、と阿部さんは言う。
家の中には、阿部さんが好きだという陶芸家小川待子さんの陶器が数多く置かれているが、小川さんの陶器からも、自然から取り出したような親しみ深い力強さと温かさを感じる。
現在、阿部さんは、友人たちと屋久島に小屋を建設中だ。この家と同じ構造をもつその小屋は、遠隔で仕事をするために計画した。「中心のある家」の入口に停めてあるランドローバーディフェンダーは屋久島で乗ろうと思って手に入れたそう。
建物に発見があふれているように、阿部さんには人生を楽しむユーモアがあふれている。まさに建物が人格であるように。
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