西日本豪雨から1年。「板倉構法」の仮設住宅が示す可能性
昨年7月、西日本豪雨で被災した岡山県に、東日本大震災の被災地から木造の応急仮設住宅が移設されました。「板倉構法」だったからこそ、迅速な再利用が可能になったようです。
関口威人|Taketo Sekiguchi
2019年7月9日
ジャーナリスト。早稲田大学大学院理工学研究科(建築設計)修了、中日新聞社で11年間、新聞記者として勤めた後、独立。名古屋を拠点にフリーで活動している。
西日本豪雨(平成30年7月豪雨)から1年。中国地方を中心とした被災地にはいまだに多くの傷痕が残り、復旧、復興の取り組みが続いています。最も被害の大きかった地域の一つ、岡山県総社(そうじゃ)市では市内2カ所に46戸分の仮設住宅が建設され、40世帯近くが今も入居しています。ただし、その建物は木造の伝統的な「板倉構法」。しかも東日本大震災で被災した福島県から移築されるという前例のないプロジェクトでした。偶然が重なったその経緯や、1年を経て浮かび上がった課題と可能性を現地で追いました。
岡山県総社市の西公民館グラウンドに建てられた板倉構法の木造仮設住宅
市内2カ所に建てられた「板倉」仮設
総社は岡山県中南部に位置する人口6万8,000人余りの市。東は岡山市、南は倉敷市に接し、商業地や住宅地も広がりますが、市内の大半は小さな集落が点在する山間部です。
その中心を流れる高梁(たかはし)川が昨年7月6日から7日にかけ、大きく氾濫。多数の家屋が水没しただけでなく、川沿いのアルミ工場が冠水の影響で爆発。飛来物や爆風が民家のガラスを割り、火災も発生させる何重もの被害を招きました。
こうして自宅に住めなくなった人たちが、避難所を経て仮設住宅に入居できたのが昨年9月から10月にかけて。市西部の西公民館グラウンドを利用した通称「西仮設」と、高梁川上流の昭和地区に建てられた通称「昭和仮設」の2カ所です。
市内2カ所に建てられた「板倉」仮設
総社は岡山県中南部に位置する人口6万8,000人余りの市。東は岡山市、南は倉敷市に接し、商業地や住宅地も広がりますが、市内の大半は小さな集落が点在する山間部です。
その中心を流れる高梁(たかはし)川が昨年7月6日から7日にかけ、大きく氾濫。多数の家屋が水没しただけでなく、川沿いのアルミ工場が冠水の影響で爆発。飛来物や爆風が民家のガラスを割り、火災も発生させる何重もの被害を招きました。
こうして自宅に住めなくなった人たちが、避難所を経て仮設住宅に入居できたのが昨年9月から10月にかけて。市西部の西公民館グラウンドを利用した通称「西仮設」と、高梁川上流の昭和地区に建てられた通称「昭和仮設」の2カ所です。
室内の壁にあった落描き。移築される前に福島で描かれたものとみられる
子どもの「落描き」も味わいに
市街地に近い西仮設では、10カ月ほどが経って住まいが確保できた被災者も多く、5戸が空き部屋に。今月3日、そのうちの1戸に市職員の案内で入らせてもらいました。
この日は曇り空でしたが、外壁は新しく張り付けた杉材が鈍く光っていました。柱や梁は年季を感じさせますが、室内に入ると木の香りがふわっと漂って爽やか。冷蔵庫やテレビなど最小限の家具しか残っていない部屋なので、まさしく木に囲まれた感覚となりました。
内壁は厚さ30ミリ、幅135ミリの杉板が横に積み重ねられています。これが板倉構法の特徴である「落とし板」で、施工のしやすさと耐震、防火、断熱性能などを兼ね備えていると認められています。
壁に顔を近づけてみると、鉛筆でぐちゃぐちゃと線を引いた落描きがありました。
「ここはお子さんのいない世帯が入っていましたから、前の福島で描かれたんでしょうね」と総社市福祉課課長補佐の赤木郁哉さん。入居者から特に苦情などはなかったそうなので、こうした落描きも味わいや温もりとして受け入れられたようです。
板倉造りの住宅の写真をみる
子どもの「落描き」も味わいに
市街地に近い西仮設では、10カ月ほどが経って住まいが確保できた被災者も多く、5戸が空き部屋に。今月3日、そのうちの1戸に市職員の案内で入らせてもらいました。
この日は曇り空でしたが、外壁は新しく張り付けた杉材が鈍く光っていました。柱や梁は年季を感じさせますが、室内に入ると木の香りがふわっと漂って爽やか。冷蔵庫やテレビなど最小限の家具しか残っていない部屋なので、まさしく木に囲まれた感覚となりました。
内壁は厚さ30ミリ、幅135ミリの杉板が横に積み重ねられています。これが板倉構法の特徴である「落とし板」で、施工のしやすさと耐震、防火、断熱性能などを兼ね備えていると認められています。
壁に顔を近づけてみると、鉛筆でぐちゃぐちゃと線を引いた落描きがありました。
「ここはお子さんのいない世帯が入っていましたから、前の福島で描かれたんでしょうね」と総社市福祉課課長補佐の赤木郁哉さん。入居者から特に苦情などはなかったそうなので、こうした落描きも味わいや温もりとして受け入れられたようです。
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室内は木に囲まれて天井が高く開放的。はしごを上るとロフトスペースも
入居者の多くは「住み心地がいい」
間取りは約10畳の居間・食堂・台所と、障子で仕切ることができる4畳半の寝室、さらにはしごを上って10畳分のロフト。ここも子どもが喜びそうな空間です。天井が高い分、冬の冷え込みなどが心配に思えますが、木の断熱性に加えて窓は「福島仕様」の二重サッシで、岡山の冬には十分だったそうです。
「入居者からは概ね『住み心地がいい』という声が上がっています。今後、退去が進んだ後にどうするかはまだ決まっていませんが、いい事例ができたのではないでしょうか」と赤木さんは強調しました。
入居者の多くは「住み心地がいい」
間取りは約10畳の居間・食堂・台所と、障子で仕切ることができる4畳半の寝室、さらにはしごを上って10畳分のロフト。ここも子どもが喜びそうな空間です。天井が高い分、冬の冷え込みなどが心配に思えますが、木の断熱性に加えて窓は「福島仕様」の二重サッシで、岡山の冬には十分だったそうです。
「入居者からは概ね『住み心地がいい』という声が上がっています。今後、退去が進んだ後にどうするかはまだ決まっていませんが、いい事例ができたのではないでしょうか」と赤木さんは強調しました。
福島県いわき市に建設された板倉の仮設住宅(齋藤さだむ写真事務所提供)
福島と岡山 結んだ縁とタイミング
この仮設が最初に建てられたのは、8年前の福島県いわき市。東日本大震災という未曾有の災害を受け、これまでの鉄骨プレハブでは仮設住宅の供給が間に合わなくなったため、木造も含めた仮設が各地で建設されました。中でも福島県は木材の産地でもあることから積極的に木造仮設を発注し、県内全体の仮設住宅のうち4割を超える6,730戸が木造で建てられました。
このとき、いわき市と会津若松市の木造仮設に採用された「板倉構法」は、建築家で筑波大学名誉教授の安藤邦廣さんが日本の伝統構法である「校倉(あぜくら)造り」を現代的にアレンジして普及を進めていた構法でした。そして、安藤さんの元で学生として福島の仮設建設に携わっていたのが、現在は総社市にキャンパスのある岡山県立大学デザイン学部助教の畠和宏さんでした。
畠さんは2年前から岡山に移り住み、昨年の豪雨も総社市のキャンパスや倉敷市の自宅で経験。学生や地域の人たちの安否確認などに追われました。それらの対応が少し落ち着いたとき、ふと東日本の経験が頭をよぎり「今回もし仮設住宅が建設されるなら、木造でできないだろうか」と思い立ったそうです。そして安藤名誉教授に電話すると、ちょうどいわきで建てた板倉の仮設が役目を終え、解体が始まっていたことを知りました。
建築家を探す
福島と岡山 結んだ縁とタイミング
この仮設が最初に建てられたのは、8年前の福島県いわき市。東日本大震災という未曾有の災害を受け、これまでの鉄骨プレハブでは仮設住宅の供給が間に合わなくなったため、木造も含めた仮設が各地で建設されました。中でも福島県は木材の産地でもあることから積極的に木造仮設を発注し、県内全体の仮設住宅のうち4割を超える6,730戸が木造で建てられました。
このとき、いわき市と会津若松市の木造仮設に採用された「板倉構法」は、建築家で筑波大学名誉教授の安藤邦廣さんが日本の伝統構法である「校倉(あぜくら)造り」を現代的にアレンジして普及を進めていた構法でした。そして、安藤さんの元で学生として福島の仮設建設に携わっていたのが、現在は総社市にキャンパスのある岡山県立大学デザイン学部助教の畠和宏さんでした。
畠さんは2年前から岡山に移り住み、昨年の豪雨も総社市のキャンパスや倉敷市の自宅で経験。学生や地域の人たちの安否確認などに追われました。それらの対応が少し落ち着いたとき、ふと東日本の経験が頭をよぎり「今回もし仮設住宅が建設されるなら、木造でできないだろうか」と思い立ったそうです。そして安藤名誉教授に電話すると、ちょうどいわきで建てた板倉の仮設が役目を終え、解体が始まっていたことを知りました。
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いわきからの仮設移築を取り持った岡山県立大学助教の畠和宏さん
トントン拍子出たゴーサイン
「卒業してからだいぶ経っていたのでそうした事情は知らなかったのですが、震災当時の福島県の担当者にも相談して岡山に移築できる可能性があると分かり、岡山県と倉敷市、総社市に電話で情報提供をしました」と畠さん。
しかし、すぐに具体的な話が進んだわけではなく、先の見えないまま関係者と連絡を取り合いながら可能性を探っていると、4日後に総社市の担当者から電話が。「木造仮設について詳しく説明してほしい」というのです。そこで市役所に出向いて災害対策本部の会議で説明、市長にも正式に提案ができると、さらに4日後の7月20日には市議会で補正予算が可決、トントン拍子でゴーサインが出ました。
このスピード感の背景には、いわきでの動きと畠さんの存在に加えて、総社市の「事務委任」というキーワードがありました。
総社市は当時、既存の集合住宅などを被災者に提供する「みなし仮設」を確保するため、県から仮設住宅に関する事務を引き受ける手続き(事務委任)をしていました。そのため「みなし」だけでなく「建設型」の仮設住宅も必要となったとき、市の主導で判断や手続きが進められたのです。
また現在、全国的には木造を手掛ける工務店などでつくる「全国木造建設事業協会(全木協)」が自治体と災害協定を結び、実際の仮設建設を調整します。岡山県では被災後の7月30日付けで全木協と災害協定が結ばれ、倉敷市真備町にも57戸の木造仮設を建てることが決まりました。総社での板倉仮設はこれとは別ルートで、結果的に小回りのきく動きになったと言えるでしょう。
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「卒業してからだいぶ経っていたのでそうした事情は知らなかったのですが、震災当時の福島県の担当者にも相談して岡山に移築できる可能性があると分かり、岡山県と倉敷市、総社市に電話で情報提供をしました」と畠さん。
しかし、すぐに具体的な話が進んだわけではなく、先の見えないまま関係者と連絡を取り合いながら可能性を探っていると、4日後に総社市の担当者から電話が。「木造仮設について詳しく説明してほしい」というのです。そこで市役所に出向いて災害対策本部の会議で説明、市長にも正式に提案ができると、さらに4日後の7月20日には市議会で補正予算が可決、トントン拍子でゴーサインが出ました。
このスピード感の背景には、いわきでの動きと畠さんの存在に加えて、総社市の「事務委任」というキーワードがありました。
総社市は当時、既存の集合住宅などを被災者に提供する「みなし仮設」を確保するため、県から仮設住宅に関する事務を引き受ける手続き(事務委任)をしていました。そのため「みなし」だけでなく「建設型」の仮設住宅も必要となったとき、市の主導で判断や手続きが進められたのです。
また現在、全国的には木造を手掛ける工務店などでつくる「全国木造建設事業協会(全木協)」が自治体と災害協定を結び、実際の仮設建設を調整します。岡山県では被災後の7月30日付けで全木協と災害協定が結ばれ、倉敷市真備町にも57戸の木造仮設を建てることが決まりました。総社での板倉仮設はこれとは別ルートで、結果的に小回りのきく動きになったと言えるでしょう。
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総社市での移築の様子(日本板倉建築協会提供)
「応援大工」が総社市に集結
こうして畠さんたちが間に立ち、いわきで解体した仮設の部材を総社に運び、再建設するプロジェクトがスタートしました。
しかし、総社の建設業者は被災住宅や施設の復旧に追われ、仮設建設まで手が回りません。そこを全国の建築関係者らが「木の家ネット」などのさまざまなネットワークを駆使して呼び掛け、「応援大工」が現地に集まりました。その数は80人近くに上り、中にはいわきの仮設建設に携わった職人もいて、一気に作業がはかどり始めました。
玄関のスロープは新たに造り、防腐剤の塗装作業などに岡山県立大の学生が参加。また、端材を使った家具造りなども学生と住民との交流を兼ねて行いました。
木材は全体の88%を再利用。当初から新たに入れ替える予定だった外壁や浴室周りの壁材を除くと、93%以上の材がそのままに使えたそうです。屋根やアルミサッシ、トイレや浴室も再利用され、今も大きな問題はなく使われています。
防災の記事を読む
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玄関のスロープは新たに造り、防腐剤の塗装作業などに岡山県立大の学生が参加。また、端材を使った家具造りなども学生と住民との交流を兼ねて行いました。
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部材は金物の使用を最小限に抑え、継ぎ手の加工でつながれている
再利用に適した「板倉」。浮かび上がった規格化の余地
「板倉造りは解体、再利用に適していることが証明されました。木造仮設は決して“ぜいたく”ではないでしょう。ただ、前例のないプロジェクトだっただけに多くの課題も残りました」
畠さんは、施工のしやすい板倉造りでもまだ規格化の余地があり、経験のない職人でもすぐ建てられ、工事進捗にバラつきのでない説明書のようなものの整備が必要だと指摘。また、解体や運搬を前提に職人やトラックの確保、自治体や関係者との調整を綿密にしておかなければならないと言います。
何より、平常時から部材を生産、流通させ、災害時には迅速かつ安価に被災地へ供給できるような態勢づくりが重要です。これは「木造復権」「職人応援」といったさらに大きな目標にも関わります。
福島の会津若松では木造仮設に「そのまま住みたい」という声が上がり、「本設」住宅として造り替えられた例もあるそうです。こうした柔軟さが木造建築の強みであり、災害大国・日本の古くて新しい備えとも言えるのではないでしょうか。
匠の技の復権願う「職人宣言」に込められた危機感と希望
再利用に適した「板倉」。浮かび上がった規格化の余地
「板倉造りは解体、再利用に適していることが証明されました。木造仮設は決して“ぜいたく”ではないでしょう。ただ、前例のないプロジェクトだっただけに多くの課題も残りました」
畠さんは、施工のしやすい板倉造りでもまだ規格化の余地があり、経験のない職人でもすぐ建てられ、工事進捗にバラつきのでない説明書のようなものの整備が必要だと指摘。また、解体や運搬を前提に職人やトラックの確保、自治体や関係者との調整を綿密にしておかなければならないと言います。
何より、平常時から部材を生産、流通させ、災害時には迅速かつ安価に被災地へ供給できるような態勢づくりが重要です。これは「木造復権」「職人応援」といったさらに大きな目標にも関わります。
福島の会津若松では木造仮設に「そのまま住みたい」という声が上がり、「本設」住宅として造り替えられた例もあるそうです。こうした柔軟さが木造建築の強みであり、災害大国・日本の古くて新しい備えとも言えるのではないでしょうか。
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