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匠の技の復権願う「職人宣言」に込められた危機感と希望
守り伝えられ続けてきた伝統構法の家づくり。その技術に光を当て、後世に受け継いでいくために職人たちが今、立ち上がっています。

関口威人|Taketo Sekiguchi
2018年11月30日
ジャーナリスト。早稲田大学大学院理工学研究科(建築設計)修了、中日新聞社で11年間、新聞記者として勤めた後、独立。名古屋を拠点にフリーで活動している。
私たちは日本の伝統的な街並みををつくる「職人」だ――。
はちまきに法被姿などで、こんな「宣言」をする日本の職人たちが増えている。SNSに「#職人宣言」のハッシュタグを付けて。自分たちの仕事を宣伝したいわけではない。同業者や仲間たちが「消滅」しかかっているという大きな危機感を共有したいからだ。
はちまきに法被姿などで、こんな「宣言」をする日本の職人たちが増えている。SNSに「#職人宣言」のハッシュタグを付けて。自分たちの仕事を宣伝したいわけではない。同業者や仲間たちが「消滅」しかかっているという大きな危機感を共有したいからだ。
伝統構法の建築現場での大工による棟上げの様子(「伝統を未来につなげる会」提供)
日本の経済成長と伝統構法
職人たちが手掛ける日本の伝統建築は、戦後の高度経済成長やバブル経済期を経て廃れていく一方だった。
伝統技術を用いる「伝統構法」の家は、現代的な木造住宅の工法とは違って筋交いを入れたり、金具で締め付けたりしない。柱は土台に固定せず、礎石に載せるだけという場合もある。それゆえに、一般的な構造設計では正確な計算ができず、建築基準法に位置付けもされなかった。
この問題を克服する「限界耐力計算」という手法が考案され、伝統構法の住宅設計でも安全性が法的に認められて普及し始めた。
その矢先に「事件」が発生する。マンションやホテルなどの構造設計を引き受けていた一級建築士が、全国数十の物件で構造計算書などを書き換えた2005年の「耐震偽装事件」だ。
日本の経済成長と伝統構法
職人たちが手掛ける日本の伝統建築は、戦後の高度経済成長やバブル経済期を経て廃れていく一方だった。
伝統技術を用いる「伝統構法」の家は、現代的な木造住宅の工法とは違って筋交いを入れたり、金具で締め付けたりしない。柱は土台に固定せず、礎石に載せるだけという場合もある。それゆえに、一般的な構造設計では正確な計算ができず、建築基準法に位置付けもされなかった。
この問題を克服する「限界耐力計算」という手法が考案され、伝統構法の住宅設計でも安全性が法的に認められて普及し始めた。
その矢先に「事件」が発生する。マンションやホテルなどの構造設計を引き受けていた一級建築士が、全国数十の物件で構造計算書などを書き換えた2005年の「耐震偽装事件」だ。
ノミによる木材きざみ(「伝統を未来につなげる会」提供)
この事件で限界耐力計算が偽装に悪用される可能性が指摘され、設計の審査が厳格化。伝統構法の小規模な家づくりも、高層ビル並みのコストと時間がかかるようになってしまった。伝統構法の普及は、再び行き詰まってしまった。
この事件で限界耐力計算が偽装に悪用される可能性が指摘され、設計の審査が厳格化。伝統構法の小規模な家づくりも、高層ビル並みのコストと時間がかかるようになってしまった。伝統構法の普及は、再び行き詰まってしまった。
伝統建築の職人たち。岡山県の水害被災地で(「伝統を未来につなげる会」提供)
しかし、建築の実務者たちは粘り強く、新たな設計法の構築や制度改正を国に訴えた。その一環で2014年から「伝統構法をユネスコ無形文化遺産に!」という運動をスタート。日本の職人技術が世界で認められることで、国内での再評価につなげることを狙った。
しかし、建築の実務者たちは粘り強く、新たな設計法の構築や制度改正を国に訴えた。その一環で2014年から「伝統構法をユネスコ無形文化遺産に!」という運動をスタート。日本の職人技術が世界で認められることで、国内での再評価につなげることを狙った。
「伝統を未来につなげる会」事務局長の大江忍(筆者撮影)
「息を吹き返す」伝統構法
この運動は国を強く動かし、18年2月に文化庁が「伝統建築工匠の技:木造建造物を受け継ぐための伝統技術」をユネスコ無形文化遺産候補に提案すると発表。3月にはユネスコ事務局へ提案書が提出され、2020年の登録に向けて進みだした。
これを機に、運動の推進母体が一般社団法人「伝統を未来につなげる会」に合流。あらためて打ち出されたのが「職人宣言」キャンペーンだった。
当初から運動に参加し、「つなげる会」の専務理事兼事務局長を務める愛知県日進市の建築家、大江忍(ナチュラルパートナーズ)はこう述懐する。
「一度は“息の根を止められた”伝統構法が、まさしく息を吹き返し始めた」
「息を吹き返す」伝統構法
この運動は国を強く動かし、18年2月に文化庁が「伝統建築工匠の技:木造建造物を受け継ぐための伝統技術」をユネスコ無形文化遺産候補に提案すると発表。3月にはユネスコ事務局へ提案書が提出され、2020年の登録に向けて進みだした。
これを機に、運動の推進母体が一般社団法人「伝統を未来につなげる会」に合流。あらためて打ち出されたのが「職人宣言」キャンペーンだった。
当初から運動に参加し、「つなげる会」の専務理事兼事務局長を務める愛知県日進市の建築家、大江忍(ナチュラルパートナーズ)はこう述懐する。
「一度は“息の根を止められた”伝統構法が、まさしく息を吹き返し始めた」
大江が手がけた伝統構法の現代住宅、名古屋市の「山添町の家」
その一方、「現在の文化庁の提案は文化財の保存修理が主な対象。しかし、職人技術は文化財に限らず古民家再生や、一般住宅への応用にもある。また、建築だけでなく『庭』も一体として捉えてもらわなければならない」と指摘。ユネスコへの再提案の機会にこうした点が盛り込まれることを期待している。
「本当に知ってもらいたいのは、日本の伝統建築とは何かということ。そして、伝統を担う職人になりたい後継者が増え、その育成の環境が整うことだ。一般の人にはそのために『職人応援』宣言をしてほしい」と呼び掛ける。
その一方、「現在の文化庁の提案は文化財の保存修理が主な対象。しかし、職人技術は文化財に限らず古民家再生や、一般住宅への応用にもある。また、建築だけでなく『庭』も一体として捉えてもらわなければならない」と指摘。ユネスコへの再提案の機会にこうした点が盛り込まれることを期待している。
「本当に知ってもらいたいのは、日本の伝統建築とは何かということ。そして、伝統を担う職人になりたい後継者が増え、その育成の環境が整うことだ。一般の人にはそのために『職人応援』宣言をしてほしい」と呼び掛ける。
11月23日に明治大学で開かれたシンポ「日本の伝統建築の魅力とその理由」(「伝統を未来につなげる会」提供)
11月5日、茶室や数寄屋建築の研究で知られた会長の中村昌生が92歳で逝去した。「日本人はもう一度、すぐれた日本の固有文化を掘り起こし、その知恵に学び、次代へつなぐ努力を迫られている」と訴えた故人の遺志を継ごうと、会員たちは気持ちを新たにしている。
23日には「日本の伝統建築の魅力とその理由」と題したシンポジウムを明治大学アカデミーホールで開催。日本の大工をモチーフにする湿板光画家・日本文化研究家のエバレット・ブラウンらを招いてパネルディスカッションなどが繰り広げられた。
26日現在、職人宣言には657人が参加し、SNSで約180の投稿がある。中にはアメリカ・カリフォルニアの若手大工職人の投稿も。裾野を国内外に広げ、1,000人の宣言参加を目指している。
11月5日、茶室や数寄屋建築の研究で知られた会長の中村昌生が92歳で逝去した。「日本人はもう一度、すぐれた日本の固有文化を掘り起こし、その知恵に学び、次代へつなぐ努力を迫られている」と訴えた故人の遺志を継ごうと、会員たちは気持ちを新たにしている。
23日には「日本の伝統建築の魅力とその理由」と題したシンポジウムを明治大学アカデミーホールで開催。日本の大工をモチーフにする湿板光画家・日本文化研究家のエバレット・ブラウンらを招いてパネルディスカッションなどが繰り広げられた。
26日現在、職人宣言には657人が参加し、SNSで約180の投稿がある。中にはアメリカ・カリフォルニアの若手大工職人の投稿も。裾野を国内外に広げ、1,000人の宣言参加を目指している。
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