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一年を通じて柔らかな空気が満ちる、丘の上の住まい
夏は涼しく、冬は薪ストーブを効果的に使って底冷え知らずの暖かさ。自然に寄り添った暮らしをという家族の願いを叶えるために、要所で考え抜かれた設計が、家が建った後の生活にも豊かな彩りを加えていました。
Naoko Endo
2020年2月14日
出版社、不動産ファンド、代理店勤務を経て、フリーランス・ライター。
個人ブログ「a+e」http://a-plus-e.blogspot.jp/
出版社、不動産ファンド、代理店勤務を経て、フリーランス・ライター。
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鎌倉の丘陵地に建つこちらの住まいを取材したのは、12月中旬、朝から雨が降り、肌寒い日でした。
リビングには、ピザを焼いたり、煮込みやグリル料理もできる、大きめのピキャンオーブン(本稿では薪ストーブとする)を備えています。庭先に積まれた薪を横目に、パチパチと爆ぜながら燃える炎を心の中に思い描きながら、玄関アプローチを進みます。
午前10時過ぎ、出迎えてくださった奥さまは生成りのシャツ一枚。この家を建てる前から、手織りの作品をつくっています。20代の頃には、仕事を一時期やめ、織物についてスウェーデンまで学びに海を渡ったことも。
この家が竣工したときには、奥さまはそのお礼にと、設計と施工を担当した工務店さんにカシミアのスヌードを手編みして、プレゼントしています。
念願の工房を、南に向いたこの家のいちばん日当たりのよいところに構え、手仕事でのものづくりを続けています。
念願の工房を、南に向いたこの家のいちばん日当たりのよいところに構え、手仕事でのものづくりを続けています。
胡座椅子ことスポークチェアを奥さまに勧められ、ダイニングで柿の葉茶のもてなしを受けます。時間は午前10時すぎ、実は、この時点で、部屋の隅に鎮座する薪ストーブに(写真と違って)火は入っていませんでした。燃えかすもないのに、室内はほんわりと暖かい。「今日はまだ朝から暖房を入れていない」と聞き、驚きました。
この家では、薪ストーブを使うのは、雪が降った日など、よほど寒いときだけ。にもかかわらず、これまで冬場の室温が14度以下になったことがないそうです。さらには、家のどこにいても、温度にムラというものがありません。
夏場も涼しく、一年を通じて変わることがない快適性は、夫妻が以前、暮らしていた横浜の集合住宅では得られなかったものでした。
夏場も涼しく、一年を通じて変わることがない快適性は、夫妻が以前、暮らしていた横浜の集合住宅では得られなかったものでした。
この快適な居住空間の実現に大きく関与しているのが、この家が導入した、次世代型パッシブソーラーシステムです。自然エネルギーである太陽の恩恵を最大限に生かすことで、家の隅々まで暖めることが可能となっています。ゆえに、この家ではみかんの置き場に困るほどです(すぐにカビが生えてしまうから)。
#次世代型パッシブソーラーシステム「そよ風」の仕組み(図は冬の場合)
#画像提供:環境創機株式会社
この家の屋根には、システムの要となるモジュールパネルが搭載されています。この上を、空気が自然に通過することを利用して、暖と涼をもたらしています。
冬場は、太陽の熱で暖められた空気が屋根に沿って自然に上昇します。そして、てっぺん付近に設置したファンから家の中に取り込まれ、1階の床下へと送り込まれます。ここで蓄熱され、暖気となり、リビングや寝室の床に設けたガラリから放出される仕組みです。
#画像提供:環境創機株式会社
この家の屋根には、システムの要となるモジュールパネルが搭載されています。この上を、空気が自然に通過することを利用して、暖と涼をもたらしています。
冬場は、太陽の熱で暖められた空気が屋根に沿って自然に上昇します。そして、てっぺん付近に設置したファンから家の中に取り込まれ、1階の床下へと送り込まれます。ここで蓄熱され、暖気となり、リビングや寝室の床に設けたガラリから放出される仕組みです。
夏場は、これとは空気の流れが逆になります。夜間の放射冷却も利用して、家全体を冷やします(詳細は製造・販売元である環境創機株式会社のホームページを参照してください)。
取材で訪れたとき、家の中が暖かかったのは、床下に蓄えられた暖気のおかげでした。
取材で訪れたとき、家の中が暖かかったのは、床下に蓄えられた暖気のおかげでした。
寒くなってきたら、薪ストーブの出番です。
この冬はまだ一度しか使っていないという薪ストーブに火を入れていただきました。
この冬はまだ一度しか使っていないという薪ストーブに火を入れていただきました。
黒い本体が発する熱が、リビングをじんわりと暖め始めます。空気を伝わってくる自然な熱は肌にやさしく、輻射式暖房ならではの心地よさがあります。
薪は1本あたり1時間ほどで炭になりますが、ほったらかしではうまく燃えてくれません。芯まで火が通るように酸素を送り込み、炎を育てていくのです。
薪は1本あたり1時間ほどで炭になりますが、ほったらかしではうまく燃えてくれません。芯まで火が通るように酸素を送り込み、炎を育てていくのです。
暖気は自然に上昇していきます。吹き抜けに天井扇がなくとも、熱がこもることはありません。ロフトの裏側にあるファンが室内の暖気を吸い上げて、床下に配分してくれるからです。
家の間取りも、このシステムを最大限に引き出すよう、考え抜かれた空間となっています。
家の間取りも、このシステムを最大限に引き出すよう、考え抜かれた空間となっています。
1階 薪ストーブの前から、ダイニング、キッチン側の眺め。
2階 階段を上がりきったところから、バスルームと洗面室側の眺め。カウンター下の収納棚は便利なキャスター付き。
2階 洗濯機がある洗面室と、南面のバルコニーまでは一直線の動線。
2階 乾いた洗濯物をたたんだり、布団を敷けば寝室にもなる畳スペース。
2階 書斎兼寝室。梯子階段はロフトに繋がっている。
ロフト。この裏に「そよ風」の機器類がある。
この家でもっとも暖気が上がるところに設置された室内干しのコーナー。
このように、1階はリビング、ダイニング、キッチンがほぼひとつながり。2階も、家族のプライバシーを守ってはいますが、仕切りは緩やかです。つまり、家全体で大きな一室空間になっていて、効率よく空気をまわしているのです。
夜の佇まいも素敵なこの家を建てたのは、横須賀で三代続く工務店、北村建築工房さんです。木や素材にこだわった家づくりを心がけ、依頼者には土地選びの段階から寄り添います。
北村さんたちは、竣工後した後も施主のもとにこまめに通って、家のメンテナンスを欠かしません。取材時も、ファンの掃除をしたり、薪ストーブの火加減を常に気にかけていらっしゃいました。
工務店を探す
北村さんたちは、竣工後した後も施主のもとにこまめに通って、家のメンテナンスを欠かしません。取材時も、ファンの掃除をしたり、薪ストーブの火加減を常に気にかけていらっしゃいました。
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トイレの手洗いボウルは、地元のやきもの工房が焼いた、この家だけのオリジナル。
「依頼者には先ず宿題を出します。実設計に入る前に、どんな家にしたいのか、そこでどんな生活がしたいのかをとことんまで話し合ってもらうのです。天然木などを使って、自然で健康的な暮らしをしたいということだったので、夏は陽を遮り、冬は逆に家のおくまで陽が差し込む長さの庇に。床は熱伝達と膝への負担も考慮した厚みで吉野杉を張り、壁紙にも自然素材を使っています。パッシブソーラーシステムと薪ストーブの組み合わせもその一環でした」(北村工房代表 北村さん)
北村建築工房と施主夫妻の出会いは、いくつかの幸運が重なったものでした。
「一週間以内に業者を決めようというタイミングで、北村建築工房さんを雑誌で知りました。直近で内覧会があり、建てられた家を見学できたのが良かった。天然木を使っているということだけでなくて、空間のありようが感覚的に『しっくり』きたんですね。宿題に追われた半年間は大変でしたが、建売住宅では味わえなかったに違いない、家づくりの楽しさがありました」(奥さま談)
「一週間以内に業者を決めようというタイミングで、北村建築工房さんを雑誌で知りました。直近で内覧会があり、建てられた家を見学できたのが良かった。天然木を使っているということだけでなくて、空間のありようが感覚的に『しっくり』きたんですね。宿題に追われた半年間は大変でしたが、建売住宅では味わえなかったに違いない、家づくりの楽しさがありました」(奥さま談)
自然に近い家づくりは、内装だけにとどまりません。本稿の1枚目の写真をごらんください。庭に敷き詰められた赤茶色のチップは、廃棄された瓦を砕いたリサイクル品で、保湿性がある素材です。夏の朝、ここに水をまけば、チップから水分が蒸発するのと同時に、一帯の温度を下げてくれます(仮にコンクリートを打っていたら、照り返しで家の中まで暑くなってしまいます)。
庭先で冷やされた空気は、2階の小窓から外へと抜けていき、家の中に自然な涼をもたらしてくれるのです。
庭先で冷やされた空気は、2階の小窓から外へと抜けていき、家の中に自然な涼をもたらしてくれるのです。
この家で暮らすうちに、一家のライフスタイルも変わっていきました。電子レンジと炊飯器がお役御免に。炊飯は鍋で、コーヒーは豆から挽いて味わうようになりました。「あれも要らない、これも要らないと、どんどんモノが減っていき、生活もどんどんシンプルに」と奥さま。
そんな変化は、工房でもみられました。
そんな変化は、工房でもみられました。
「食べ物もそうですが、それがどのように作られて、手元に届くのかという、根っこの部分に強い関心を向けるようになりました。だから織りも、既製品では飽き足らなくなって、今ではインド製の糸車を回して、和綿や羊毛から糸を紡いでいます」(奥さま談)
「いろどりのいえ」という屋号は、北村さんたちが考えた候補の中から、施主夫妻が選んで決めました。家のあちこちに開けられた大小の窓から、植栽の緑、季節ごとに移り変わる色を眺められる家であること。そして、当時、奥さまが使っていた、たくさんの糸の色のイメージでもあります。
和綿からとれるシンプルな白もまた、それだけで美しい色のひとつ。どんな色にも染めることもできます。
竣工から間もなく丸5年、家が建った後も、生活のさまざまな場面の色を楽しんでほしいという、北村さんたちの願いそのままの住まいになりました。
薪が爆ぜる音や、カタカタと回る糸車の音を聞いていると、時間が経つのもあっという間です。つくり手、住まい手、その両方のお人柄が、温かみとなって満ちていて、居心地がよく、ついつい長居をしてしまった今回の取材でした。
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竣工から間もなく丸5年、家が建った後も、生活のさまざまな場面の色を楽しんでほしいという、北村さんたちの願いそのままの住まいになりました。
薪が爆ぜる音や、カタカタと回る糸車の音を聞いていると、時間が経つのもあっという間です。つくり手、住まい手、その両方のお人柄が、温かみとなって満ちていて、居心地がよく、ついつい長居をしてしまった今回の取材でした。
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