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水屋付きの本格和室をマンション・リノベーションで実現
茶道を習い続けてきた奥様がリノベーションで手に入れた念願の茶室。マンションの中で本格的な水場もしつらえました。
Naoko Endo
2016年2月13日
出版社、不動産ファンド、代理店勤務を経て、フリーランス・ライター。
個人ブログ「a+e」http://a-plus-e.blogspot.jp/
出版社、不動産ファンド、代理店勤務を経て、フリーランス・ライター。
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日本を代表する文化のひとつである茶の湯。わび・さびという概念を持ち込んで、茶を飲むという飲食行為を「道」にまで昇華させたのは、16世紀後半に登場した千利休とすることにまず異論はあるまい。利休作と伝えられる《待庵》は”二畳隅炉の茶室"として知られ、国宝にも指定されている。
利休の時代から500年以上が経ち、さまざまな流派に分かれ、上流階級のものであったのが、やがて庶民の間にも広がった。そして現代、私たちはコーヒーや紅茶と同じように、英語で「green tea」と訳される日本茶を飲む。これは”たしなみ”とは違う。炉で沸かした湯で茶を点て、室内のしつらえを味わうには、茶室という、非日常世界に人を誘う特別な空間が必要だ。
今回ご紹介する《R10渋谷Tさんの家》は、我が家に本格的な茶室が欲しいという願いを、集合住宅のリノベーションによって叶えた事例である。
利休の時代から500年以上が経ち、さまざまな流派に分かれ、上流階級のものであったのが、やがて庶民の間にも広がった。そして現代、私たちはコーヒーや紅茶と同じように、英語で「green tea」と訳される日本茶を飲む。これは”たしなみ”とは違う。炉で沸かした湯で茶を点て、室内のしつらえを味わうには、茶室という、非日常世界に人を誘う特別な空間が必要だ。
今回ご紹介する《R10渋谷Tさんの家》は、我が家に本格的な茶室が欲しいという願いを、集合住宅のリノベーションによって叶えた事例である。
集合住宅に茶室をしつらえるのは、そう簡単ではない。何故か。海外の読者のために補足すると、冬季に茶釜で湯を沸かす炉(上の写真の畳敷きの間に写っている)、そして茶会の準備や片付けをする水場(水屋)の確保が難題だからだ。畳の上に炉をきるには防火対策はもちろん、床下に空間を確保しないと納まらない。水屋も同様に給排水設備を整えるのだが、集合住宅ではパイプシャフト(PS)の位置が決まっており、給排水管の持ち出し方向と距離に制限がある。これらをクリアしたうえで、茶室に入る手前のアプローチ(路地)も工夫したい。
戸建てであれば、元からある床下空間や庭を活用できるだろう。だがマンションでは、床スラブを掘るわけにはいかないし、下の写真のようにどうしても茶室の床レベルを高く上げざるをえない。《渋谷区Tさんの家》では、隣接するリビングとの境に40cmの段差が生じた。
どんなHouzz?
所在地:東京都渋谷区
居住者:50代の夫婦
設計:アトリエ137
改修規模:約100平方メートル
完成年:2010年1月(工期約60日)
戸建てであれば、元からある床下空間や庭を活用できるだろう。だがマンションでは、床スラブを掘るわけにはいかないし、下の写真のようにどうしても茶室の床レベルを高く上げざるをえない。《渋谷区Tさんの家》では、隣接するリビングとの境に40cmの段差が生じた。
どんなHouzz?
所在地:東京都渋谷区
居住者:50代の夫婦
設計:アトリエ137
改修規模:約100平方メートル
完成年:2010年1月(工期約60日)
T夫妻の奥様は、裏千家の流派に師事して30年ほどになる。それまで住んでいたマンションを子供一家に譲り、住み替えるにあたって、念願の茶室をつくりたいと考えた。近所のマンションの1階で売りに出ていたこの物件は、その当時で築21年、延床面積約150平方メートル(45坪強)以外に専用庭が付く。玄関を入って左側に寝室など部屋が3室、右側にリビング・ダイニング、キッチンがある、横に長い珍しい間取り。夫婦二人で住むにはやや広いが、使わない部屋は納戸にもなる。それに、ここならば住み慣れた街を離れずともよい。問題は茶室をつくれるかどうかだった。
購入を決める前に、夫妻はプロに相談することにした。GOサインを出したのは、夫妻が15年ほど前に別荘を建てた際にオーダーキッチンを担当し、現在はLiB contentsの代表を務める田原由紀子氏のパートナーであり、物件から遠からずの場所に設計事務所を構えていた建築家の鈴木宏幸氏である。
「検討段階から物件を見ることができたので、スムーズに設計を進めることができました。物件は外国人向けのマンションで、天井がかなり高かったので、茶室のために床レベルを上げても法規で定められた畳から天井の仕上げ面までの高さ(CH=2m10cm以上)は確保できそうだなと。全室をスケルトンに戻すような大掛かりなリノベーションではなく、状態の良い空間は壁紙を貼り替えるなど最低限の補修に留めて、空間の質を変えていくプランを考えました」(鈴木氏談)
購入を決める前に、夫妻はプロに相談することにした。GOサインを出したのは、夫妻が15年ほど前に別荘を建てた際にオーダーキッチンを担当し、現在はLiB contentsの代表を務める田原由紀子氏のパートナーであり、物件から遠からずの場所に設計事務所を構えていた建築家の鈴木宏幸氏である。
「検討段階から物件を見ることができたので、スムーズに設計を進めることができました。物件は外国人向けのマンションで、天井がかなり高かったので、茶室のために床レベルを上げても法規で定められた畳から天井の仕上げ面までの高さ(CH=2m10cm以上)は確保できそうだなと。全室をスケルトンに戻すような大掛かりなリノベーションではなく、状態の良い空間は壁紙を貼り替えるなど最低限の補修に留めて、空間の質を変えていくプランを考えました」(鈴木氏談)
完成した念願の茶室は「逆勝手四畳半切」と呼ばれるしつらえである。炉を挟んで、向かって左側に客が座り、右側に亭主が座す。炉は安全を優先して電気式を採用した。炉を使わない夏季は半畳だけ取り替えればフラットになり、冬季は逆に掘りごたつを置ける。
細いリブ状の杉板で美しく装飾した天井から吊り下げられた照明は、夫妻が骨董店で見つけたもの。素敵なアンティークだが、茶会の席では視界に入り、邪魔に感じることもあると鈴木氏は考えて、照明コード取り出し口まわりを四角く切り欠き、照明器具を取り外せるようにしてある。四角い開口部は蓋をすればスッキリ。
鈴木氏のデザインを支えた職人仕事は随所にみられる。壁は珪藻土の左官仕上げ、畳に近い部分には濃紺一色の湊紙(みなとがみ)を貼った。これは「腰張」という茶室特有の意匠のひとつで、土壁を背にして正座する婦人の着物の帯が汚れないようにした配慮からと言われている。
床の間の材にもこだわった。茶会では、亭主が主題や季節にあわせて掛け軸を用意し、花を生け、もてなしの心をさりげなく込める重要な空間だ。奥多摩の材木店まで鈴木氏が出向いて、床柱はオニスギ、床板と棚板はカヤを選定した。地板はジンバブエ産の御影石で、表面はジェットバーナー仕上げとした。
細いリブ状の杉板で美しく装飾した天井から吊り下げられた照明は、夫妻が骨董店で見つけたもの。素敵なアンティークだが、茶会の席では視界に入り、邪魔に感じることもあると鈴木氏は考えて、照明コード取り出し口まわりを四角く切り欠き、照明器具を取り外せるようにしてある。四角い開口部は蓋をすればスッキリ。
鈴木氏のデザインを支えた職人仕事は随所にみられる。壁は珪藻土の左官仕上げ、畳に近い部分には濃紺一色の湊紙(みなとがみ)を貼った。これは「腰張」という茶室特有の意匠のひとつで、土壁を背にして正座する婦人の着物の帯が汚れないようにした配慮からと言われている。
床の間の材にもこだわった。茶会では、亭主が主題や季節にあわせて掛け軸を用意し、花を生け、もてなしの心をさりげなく込める重要な空間だ。奥多摩の材木店まで鈴木氏が出向いて、床柱はオニスギ、床板と棚板はカヤを選定した。地板はジンバブエ産の御影石で、表面はジェットバーナー仕上げとした。
こちらが水屋である。床は水を流せるように竹の簀子(すのこ)を敷いた。水撥ねを考慮し、濃紺の腰張は柱を境に板張に切り替わる。水栓、水切棚、通し棚など、裏千家の作法にのっとった本格的なしつらえである。
「以前は洗濯機パンが置かれていた場所だったので、給排水管を問題なくまわすことができました。逆に、洗濯機置き場を移したバスルームでのスペースの確保のほうが難儀しました」と鈴木さん。
「以前は洗濯機パンが置かれていた場所だったので、給排水管を問題なくまわすことができました。逆に、洗濯機置き場を移したバスルームでのスペースの確保のほうが難儀しました」と鈴木さん。
水屋のすぐ隣はキッチン。改修前は反対側の壁付けカウンターだったのを動かしている。デザインは別荘に続いてLiB contentsが担当。元の厨房設備はIHヒーターだったが、茶会で懐石料理を供する場合に微妙な火加減が難しいこともあり、使い慣れているガスレンジを追加。木の吊り戸棚も新たに設けた。
いろいろと意匠に細かな決まり事がある茶室だが、鈴木氏にとっては今回が初めてではない。事務所を構えて最初の作品となった別荘《001日光Sさんの家》を設計した際、本格的な茶室をしつらえた(上の写真)。にじり口の前に床の間、連子窓、色紙窓、掛け込み天井などを設けた本格的なもの。ちなみに腰張の紙の色や高さは、上の画にみられるような仕様が正式である。
茶室は日常生活から少しだけ離れた非日常空間。リビングから丸見えでは具合が悪い。こんなとき、容易に取り外すことができる日本の建具は便利だ。上の画は両面に和紙を張った太鼓襖で、手漉き紙を張り合わせているので独特の風合がある。日中は閉め切ってもベランダ側の光を遮らず、夜間は行灯のような美しい情景となる。
リビングの仕様は、床の外縁部はベージュ系の磁器質タイル貼り、中央にはサイザル麻のカーペットを敷き込んだ。チェアやテーブルを楽に動かせて、床も傷みにくい。奥様は畳で坐式の生活を好むが、ご主人は椅子を使うことが多い。両の空間で違和感なく使えるようにデザインされたテーブルについては、別の拙稿にて紹介しているので、そちらをご覧いただきたい。
特集「和と洋が融合し、美しく調和したニッポンの住まい」
特集「和と洋が融合し、美しく調和したニッポンの住まい」
改修点をひと通り説明したところで、茶会に招かれた客になって《渋谷区Tさんの家》を訪ねてみよう。
玄関で靴を脱ぎ、左と右に分かれた廊下を壁に沿って右手に進む。廊下の左側には、上半分に障子をはめた腰高のガラス窓が続いており、坪庭の緑が見える。リビングと同じベージュのタイルが敷かれたこのアプローチが露地の役目を果たす。突き当たりの扉を開けると広いリビング、そして右手奥に太鼓襖で閉じられた茶室がある。
茶室では、客と亭主が座る位置はそれぞれ決まっており、出入り口も別だ。客は入ると床の間が真正面にくる、ベランダ側のコーナーから、迎える亭主は水屋がある側から。
玄関で靴を脱ぎ、左と右に分かれた廊下を壁に沿って右手に進む。廊下の左側には、上半分に障子をはめた腰高のガラス窓が続いており、坪庭の緑が見える。リビングと同じベージュのタイルが敷かれたこのアプローチが露地の役目を果たす。突き当たりの扉を開けると広いリビング、そして右手奥に太鼓襖で閉じられた茶室がある。
茶室では、客と亭主が座る位置はそれぞれ決まっており、出入り口も別だ。客は入ると床の間が真正面にくる、ベランダ側のコーナーから、迎える亭主は水屋がある側から。
このとき、もしも出入口に段差がなく、リビングとフラットな床だったらどうであろう? 想像してみてほしい。歩いて敷居をまたぐ? いや、茶会なのだから、にじり口での作法を踏襲したい。つまり、リビングフロアに両の膝と手を付き、両手をやや前に出し、畳の上について、両膝とともに徐々に前に進み、入室する。だがこれも、リビングの床の上に両手両膝を付くのは避けたい。これからお茶をいただき、茶菓子を食べたりするのだから。風雅を味わう気分を損ねてしまう。
ここで生きてくるのが、前述の段差だ。設備の取り回しやらで生まれた、新築ではありえない段差だが、40cmもあるがゆえに、軽く片膝を折るだけで、客も亭主もスムーズな入退出が可能になり、日常から非日常空間にスッと入っていける。
ここで生きてくるのが、前述の段差だ。設備の取り回しやらで生まれた、新築ではありえない段差だが、40cmもあるがゆえに、軽く片膝を折るだけで、客も亭主もスムーズな入退出が可能になり、日常から非日常空間にスッと入っていける。
左の写真は、入室する亭主の視界にあわせたアングルで撮られている。壁と雪見窓付き障子を背に着座して待つ客と相対し、茶会が始まる。
2009年の11月に始まった改修工事は2ヶ月で完了し、明けて1月初旬に引き渡された。釜開きでもある初釜の茶会が催されたのは、引っ越しが一段落した1月のある日。招かれたのは、気のおけない間柄のご友人たちで、腰張を手掛けた経師と呼ばれる職人さんもその一人。新春にふさわしい会となり、和やかに茶の湯を楽しまれたそうだ。
こちらもあわせて
和室の写真・デザインアイデアを見る
2009年の11月に始まった改修工事は2ヶ月で完了し、明けて1月初旬に引き渡された。釜開きでもある初釜の茶会が催されたのは、引っ越しが一段落した1月のある日。招かれたのは、気のおけない間柄のご友人たちで、腰張を手掛けた経師と呼ばれる職人さんもその一人。新春にふさわしい会となり、和やかに茶の湯を楽しまれたそうだ。
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