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自宅の庭に建てた本格茶室。和の伝統と現代性を融合し、多目的に使える贅沢空間
日本の伝統文化を受け継ぎ、和風建築の粋を極めた都会の茶室。茶道の心得のある建築家の設計によるこだわりの空間です。

Miki Anzai
2019年1月20日
港区の閑静な住宅街にある瀟洒な個人邸。その広い庭の一角に、日本建築の伝統の粋(すい)を極めた茶室が誕生した。きっかけは、数年前の大雪である。積雪により、亡き両親が愛した庭の梅の木が倒れ、蔵の瓦も落ちてしまったので「これらを使って小さな茶室が造れないだろうか」と思い立ったというオーナー。当時、オーナー夫妻とも茶道に親しんではいなかったが、以前からアートギャラリー「一穂堂」で茶道具を買い集めていた。そこで紹介されたのが、椿建築デザイン研究所の椿邦司さんだ。
茶道歴30年の椿さんは、一穂堂の倉庫を茶室にリフォームするなど、今まで多くの茶室設計に携わってきた。特に土地の歴史をつなぐことを意識した茶室づくりをめざしている。もちろん茶室や露地の「きまりごと」を熟知しているが、現代の茶室は「茶の湯のためだけでなく、他にも使えるように配慮すべき」という柔軟な考えの持ち主でもある。設計・施工に2年もの歳月をかけて完成させた茶室は、夫妻が茶道を極めた暁に、正式な茶会が催せる本格的な設えながら、冷暖房も完備し、快適な趣味の空間、またゲストハウスとしても利用できるように工夫されている。
ちょうど設計が始まった頃、裏千家の稽古場に月2回のペースで通い始めたというオーナー夫妻。茶会の開催は、まだしばらく先のことになりそうだが、「用と美」を兼ね備えた非日常空間をどのように楽しもうかと思いを馳せながら、椿さんとともに自慢の茶室を案内してくれた。
茶道歴30年の椿さんは、一穂堂の倉庫を茶室にリフォームするなど、今まで多くの茶室設計に携わってきた。特に土地の歴史をつなぐことを意識した茶室づくりをめざしている。もちろん茶室や露地の「きまりごと」を熟知しているが、現代の茶室は「茶の湯のためだけでなく、他にも使えるように配慮すべき」という柔軟な考えの持ち主でもある。設計・施工に2年もの歳月をかけて完成させた茶室は、夫妻が茶道を極めた暁に、正式な茶会が催せる本格的な設えながら、冷暖房も完備し、快適な趣味の空間、またゲストハウスとしても利用できるように工夫されている。
ちょうど設計が始まった頃、裏千家の稽古場に月2回のペースで通い始めたというオーナー夫妻。茶会の開催は、まだしばらく先のことになりそうだが、「用と美」を兼ね備えた非日常空間をどのように楽しもうかと思いを馳せながら、椿さんとともに自慢の茶室を案内してくれた。
茶室は、3畳台目(3畳の茶席に約3/4畳の点前座)に、水屋と腰掛け付きの土間を併設している。茶室の前には露地(ろじ)と呼ばれる庭がつくられ、静謐な茶の湯の舞台へと誘っている。夕暮れ時になると、格子の向こうに灯がともり、日中とは趣を異にした幻想的な姿が現れる。
どんな茶室?
施主:会社社長と奥様
所在地:東京都港区
構法:木造平屋
設計:椿邦司(椿建築デザイン研究所)
施工:平野 進(株式会社オアシス巧房)
大工:金子孝次、高橋賢一
左官:さかん清水
建具:橋本澄人
造園:香取勝則、山田 剛
竣工:2018年10月
撮影:花井雄也(アトリエ・フロール)※スナップショットを除く
どんな茶室?
施主:会社社長と奥様
所在地:東京都港区
構法:木造平屋
設計:椿邦司(椿建築デザイン研究所)
施工:平野 進(株式会社オアシス巧房)
大工:金子孝次、高橋賢一
左官:さかん清水
建具:橋本澄人
造園:香取勝則、山田 剛
竣工:2018年10月
撮影:花井雄也(アトリエ・フロール)※スナップショットを除く
オーナーの希望通り、朽ちた梅の老木を、客の出入口である躙口(にじりぐち)横の袖壁の柱に採用した。井筒も昔からあった井戸を埋めずに残している。「その土地の魂を引き継ぐのも建築家の役割です」と椿さんは語る。
躙口とは別に設けた茶室への出入口。本来は露地に設ける「腰掛待合」(休息所)を屋内に取り込むことで、寄付や待合(客が茶室に入る前の身支度を調える場所)として利用できるだけでなく、海外からのゲストなど、正座を不得手とする客人が、ここに腰掛けて茶を味わえるように配慮されている。
入口脇の軒下には、蔵から落ちた瓦を使って、波の模様が演出されている。また茶室へと自然に導く「伝い」の役割を果たす重要な石も全て、この土地に以前からあったものと、オーナーの御殿場の別荘にあった石を使用している。石も苔も、新たに購入したものは一切ないというから驚きだ。さらに奥の開き窓になっている障子には、富士山の彫刻を施し、別荘の眼前に広がる風景と呼応させている。
入口脇の軒下には、蔵から落ちた瓦を使って、波の模様が演出されている。また茶室へと自然に導く「伝い」の役割を果たす重要な石も全て、この土地に以前からあったものと、オーナーの御殿場の別荘にあった石を使用している。石も苔も、新たに購入したものは一切ないというから驚きだ。さらに奥の開き窓になっている障子には、富士山の彫刻を施し、別荘の眼前に広がる風景と呼応させている。
茶室は、オーナーのお父様とお母様の名前から一字ずつ取って「華久庵」と名づけた。扁額(へんがく)は、書家でもある甥っ子さんの筆によるもの。この土地はもともとオーナーの両親が気に入って購入し、現在は夫妻が相続して、同じ敷地内の別棟に住む長男家族と暮らしている。日本の伝統文化の継承に重きをおくオーナー夫人は「私たちがきちんとした茶室をつくっておけば、敷居を高くせずに、若い世代に引き継げると思いました」と微笑む。
水屋から見た茶室の眺め。圧巻は天井だ。客座の天井(画像中央上)は、杉のへぎ板を「矢の上端の矢筈(やはず)」のように編んだ矢羽根網代(あじろ)天井。茶を点てる点前座(画像左上)は、客座よりあえて一段下げた落(おち)天井にすることで、客に対して謙った気持ちを表現している。デザインもより侘びた風情を出すために、黒い糸で編んだ丸萩(かや合板)を並べて板状にし、その上を煤(すす)竹で押さえた「押縁(おしぶち)天井」としている。
腰掛け土間の天井は、傾斜する屋根裏の構成を化粧として見せる掛込(かけこみ)天井。構造的には、小丸太を使った垂木(棟から軒先に渡す長い木材)を屋外まで通し、家屋を雨から守るために、大屋根の下にさらにもう一つ設置した庇を支えている。
また天井だけでなく、空間全体のバランスを考え、木材や仕上げにもバリエーションをつけている。たとえば左右の柱の上部を貫く横木は、栗の木の表面に削る道具である手斧(ちょうな)のなぐり跡(凸凹)を残し、壁のコーナー部分には、表面に黒いまだら模様がある錆丸太(さびまるた)を配すなどだ。これらの銘木は、オーナー夫妻とともに、椿さんと事務所のデザイナーである唐須麻実さんが、新木場にある木材問屋まで足を運び、選んだものだ。
また天井だけでなく、空間全体のバランスを考え、木材や仕上げにもバリエーションをつけている。たとえば左右の柱の上部を貫く横木は、栗の木の表面に削る道具である手斧(ちょうな)のなぐり跡(凸凹)を残し、壁のコーナー部分には、表面に黒いまだら模様がある錆丸太(さびまるた)を配すなどだ。これらの銘木は、オーナー夫妻とともに、椿さんと事務所のデザイナーである唐須麻実さんが、新木場にある木材問屋まで足を運び、選んだものだ。
茶室の中で最も神聖とされる床の間の前で、茶室づくりの極意について語る椿さん。よい茶室をつくるには、亭主(茶を点てる人)と客の動線を理解している設計士に任せることがポイントとなるが、腕の良い大工職人や建具師、左官職人も不可欠だ。椿さんは、数寄屋造りの精巧な細工を施せる職人たちを10年がかりで育てたという。
3畳以上の広さを確保した水屋。茶の湯の心得のない設計士の多くは、水屋を極力狭くする傾向にある。しかし本来、水屋とは茶事(懐石・濃茶・薄茶をもてなす茶会)の準備や片付けをする作業場なので「茶室と同じ程度の広さが好ましい」と椿さんは言う。水屋の位置にも細心の注意を払い、「客に楽屋裏の姿を見られない場所」に定めている。客の出入口とは逆側にある障子の外が階段につながっており、客と動線が交差することなく、母屋の台所へと行き来できる。
水屋と茶室との境は、本来は壁で仕切るが、4枚の引き戸で代用した。こうすることで、中央の2枚が壁として見立てられ、両側の太鼓張りの障子が出入口となる。奥が茶道口(亭主の出入口)で、手前が給仕口(懐石料理を運び入れる口)。中央部分の引き戸を、そのまま水屋に移動すれば、水屋棚が完全に隠れて広々とした多目的空間が誕生する。
また椿さんは「華久庵」特有の「らしさ」を演出することにも腐心した。オーナー夫妻の思い入れのある樹木や石・瓦・苔を再利用するだけでなく、オーナーの勤め先の企業ロゴを、欄間(らんま)に刻んでいる。
また椿さんは「華久庵」特有の「らしさ」を演出することにも腐心した。オーナー夫妻の思い入れのある樹木や石・瓦・苔を再利用するだけでなく、オーナーの勤め先の企業ロゴを、欄間(らんま)に刻んでいる。
四角い枡格子の中に麻文様を埋め込んだデザインの欄間の中には、照明を組み込んだ。奥の点前座の天井裏に取り付けたエアコンも、縦格子で隠している。「日本の建築は伝統的な技法を使いながら、いろいろとアレンジできる点が面白いです。特に照明や空調は、時代に即した最新技術を導入し、常に新しいスタイルを生み出すことを心がけています」と椿さん。
下から見上げた壮観な天井。水屋の天井(写真上部)の中央部は、天井裏に設置した空調の点検口を兼ねた埋込照明である。
黄褐色部分は、京都の聚楽第付近で取れた色土を使った聚楽壁。この壁は、上塗り用の聚楽土を厚さ5mmで塗って仕上げていくのだが、途中で少しでも傷やムラが入ると、全て塗り直さなければならない。まさに左官職人の腕の見せどころだ。
黄褐色部分は、京都の聚楽第付近で取れた色土を使った聚楽壁。この壁は、上塗り用の聚楽土を厚さ5mmで塗って仕上げていくのだが、途中で少しでも傷やムラが入ると、全て塗り直さなければならない。まさに左官職人の腕の見せどころだ。
茶室の足許(あしもと)。柱の下の束石(つかいし)や、束石と束石の間に並べた小さめの差石(さしいし)も全て、オーナーの自庭や別荘の庭にあったもの。ここでも注目すべきは匠の技である。大工職人は凸凹のある石の自然のなりに合わせて、石と柱が完全に密着するように柱の底を削っている。このように表側はあえて匠の技を見せながら、現代建築も併用している点も見逃せない。内側は「ベタ基礎」と呼ばれる、建物の底板一面を鉄筋コンクリートで支える基礎(耐圧盤)を採用している。また隣家に近い壁面は、大壁として防火対策も施している。
茶室の建具は、伝統的な腰障子(腰から下の部分に板を張った障子)と、その上に欄間障子を設えている。一方、水屋の建具は、腰から下の部分の横の組子の間隔を狭めてモダンに仕上げているので、取り合わせの妙も楽しめる。
ゆるやかな高台の上に、凛として佇む露地と茶室。今後オーナー夫妻が「茶の湯」を極めていくにつれ、細部にまで行き届いた設えに、さぞや感動することになるだろう。さはさりながら、堅苦しく考えずに、この寂とした空間に身を置くだけでも、日々の喧噪を忘れられ、心安らぐ浄化の時間を満喫できるに違いない。早速オーナーは「たまにはここにお酒を持ち込み、チビリチビリとやるのも良いかな」などと企んでいるという。
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