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老朽マンションの建て替え問題を考える
耐震性に不足がありながら、耐震補強や自主的な建て替えが困難になっている老朽マンションの問題。新制度は問題解決になるのでしょうか?
大村哲弥
2018年10月4日
不動産・建築・住宅に関するコンセプト開発・商品企画・デザインなどを手がける有限会社プロジェ代表。一級建築士。http://www.projet-ltd.co.jp/
ブロガー。言葉とモノをめぐるブログ<Tokyo Culture Addiction>http://c-addiction.typepad.jp/blog/と料理ブログ<チキテオ>http://c-addiction.typepad.jp/txikiteo/を主宰。
不動産・建築・住宅に関するコンセプト開発・商品企画・デザインなどを手がける有限会社プロジェ代表。一級建築士。
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東京都は、不動産会社が老朽マンションを買い取れば、別の場所に建てるマンションの容積率を上乗せするという、老朽マンションの玉突き建て替えを促す制度を2019年度にも創設するという報道がありました(2018/08/19日経新聞)
耐震性に不足がありながら、耐震補強や自主的な建て替えが困難になっている老朽マンションの問題が取り上げられるようになってから久しいですが、抜本的な問題解決の道筋は未だ見えないのが現実です。
今回はマンション建て替え問題について考えます。
耐震性に不足がありながら、耐震補強や自主的な建て替えが困難になっている老朽マンションの問題が取り上げられるようになってから久しいですが、抜本的な問題解決の道筋は未だ見えないのが現実です。
今回はマンション建て替え問題について考えます。
photo by haru__q-Mansion/CC BY-SA 2.0
2017年(平成29年)末現在で、全国の分譲マンションストックは約644万戸。うち旧耐震基準(建築確認が1981年6月1日以前の物件)のマンションは約104万戸あります。
2017年(平成29年)末現在で、全国の分譲マンションストックは約644万戸。うち旧耐震基準(建築確認が1981年6月1日以前の物件)のマンションは約104万戸あります。
こうした旧耐震マンションの多くは、耐震診断や耐震補強などが行われていないのが現実です。
旧耐震マンションの多くが立地する東京都の調査によると、旧耐震の分譲マンションの耐震診断の実施率は17.1%、耐震改修の実施率は5.9%と、ほとんどの旧耐震マンションは、耐震性の確認や耐震補強が行なわれていません(東京都都市整備局「マンション実態調査結果」、2013年 / 平成25年3月公表)。
今後、老朽化したマンションが急速に増加することが予測されています。築40年のマンション戸数は、2017年(平成29年)末で72.9万戸あります。10年後の2027年末で約2.5倍の184.9万戸、20年後の2037年末で約5倍の351.9万戸にのぼる見込みです。
区分所有法では、区分所有者の4/5の賛成によって建て替えができると定められています。しかしながら、実際に建て替えられたマンションの数は、そのストック数に比べ極端に少ないのが現実です。
旧耐震マンションの多くが立地する東京都の調査によると、旧耐震の分譲マンションの耐震診断の実施率は17.1%、耐震改修の実施率は5.9%と、ほとんどの旧耐震マンションは、耐震性の確認や耐震補強が行なわれていません(東京都都市整備局「マンション実態調査結果」、2013年 / 平成25年3月公表)。
今後、老朽化したマンションが急速に増加することが予測されています。築40年のマンション戸数は、2017年(平成29年)末で72.9万戸あります。10年後の2027年末で約2.5倍の184.9万戸、20年後の2037年末で約5倍の351.9万戸にのぼる見込みです。
区分所有法では、区分所有者の4/5の賛成によって建て替えができると定められています。しかしながら、実際に建て替えられたマンションの数は、そのストック数に比べ極端に少ないのが現実です。
2017年4月(平成29年4月)時点で全国で建て替えが実施されたマンションは、232件(約18,600戸)にとどまっています。旧耐震マンションのストックに対する割合は1.8%弱という低水準です。
マンションの建て替えが難しいのは、第1に区分所有者の合意形成が困難であることがあげられます。特に築年数が古くなればなるほど居住者の高齢化が進み、新たな住居の取得、二度の引っ越し、費用負担などを重荷に思う人々が多くなり、建て替えへの賛同を得るのが難しくなります。長い間に賃貸化が進み、当事者意識が薄れている区分所有者が増えていることなども合意形成を難しくさせる一因です。
第2には、建て替え資金の捻出の問題です。現実問題として、建て替えに際して費用を負担できる区分所有者は多くはありません。建て替えを実現するためには、区分所有者の費用負担は原則なしとすることが必要です。容積に残余があれば、住戸が増えて、それを販売すれば、旧区分所有者の負担なしで建て替え資金の捻出と事業をコーディネートするディベロッパーの利益が確保できますが、そうでない場合は建て替えは極めて困難です。容積に残余があるマンションは多くはありません。
第3には、立地の市場性の問題です。4/5の区分所有者の賛同を得られ、容積に残余がある場合でも、建て替え事業を実現するには、事業をコーディネートするディベロッパーが事業推進可能と判断できる立地でなければなりません。具体的には、残容積を使って作られる住戸が適正価格で需要を見込める立地かどうかということがポイントになります。今まで建て替えが実現できたマンションのほとんどは、都心の好立地か駅近の高利便のマンションです。
マンションの建て替えが難しいのは、第1に区分所有者の合意形成が困難であることがあげられます。特に築年数が古くなればなるほど居住者の高齢化が進み、新たな住居の取得、二度の引っ越し、費用負担などを重荷に思う人々が多くなり、建て替えへの賛同を得るのが難しくなります。長い間に賃貸化が進み、当事者意識が薄れている区分所有者が増えていることなども合意形成を難しくさせる一因です。
第2には、建て替え資金の捻出の問題です。現実問題として、建て替えに際して費用を負担できる区分所有者は多くはありません。建て替えを実現するためには、区分所有者の費用負担は原則なしとすることが必要です。容積に残余があれば、住戸が増えて、それを販売すれば、旧区分所有者の負担なしで建て替え資金の捻出と事業をコーディネートするディベロッパーの利益が確保できますが、そうでない場合は建て替えは極めて困難です。容積に残余があるマンションは多くはありません。
第3には、立地の市場性の問題です。4/5の区分所有者の賛同を得られ、容積に残余がある場合でも、建て替え事業を実現するには、事業をコーディネートするディベロッパーが事業推進可能と判断できる立地でなければなりません。具体的には、残容積を使って作られる住戸が適正価格で需要を見込める立地かどうかということがポイントになります。今まで建て替えが実現できたマンションのほとんどは、都心の好立地か駅近の高利便のマンションです。
耐震性が不足する老朽マンションの建て替えが進まず、南海トラフ巨大地震や首都直下地震などによる被害への懸念が高まるなか、2014年(平成26年)に「マンションの建替えの円滑化等に関する法律」(マンション建替法)が改正されました。
改正では老朽マンションの建て替え促進のために、マンション敷地売却制度の創設と容積率の緩和特例のふたつの施策が新たに盛り込まれました。
区分所有法では、マンションを取り壊して区分所有関係を解消するための取り決めがないため、これまでは、民法による全員の同意が必要とされ、マンションを取り壊して敷地を売却することは、事実上、不可能でした。
改正により、行政から「要除去認定マンション」に認定されたマンションでは、区分所有者の4/5の賛成で敷地売却が可能になり、さまざまな理由で建て替えが困難な場合の選択肢として、敷地の売却による区分所有関係を解消することが以前に比べ容易になりました。
容積率の緩和特例は、「要除去認定マンション」が建て替えを行う場合、一定の敷地規模を有し、市街地環境の整備・改善に資するものについて、容積率制限が緩和される措置です。
容積率制限の緩和の内容は、従来からの総合設計制度における容率緩和の要件を緩め、東京都の場合は対象が都内全域に広がり、より少ない公開空地でも割り増しが受けられるようになりました。
改正では老朽マンションの建て替え促進のために、マンション敷地売却制度の創設と容積率の緩和特例のふたつの施策が新たに盛り込まれました。
区分所有法では、マンションを取り壊して区分所有関係を解消するための取り決めがないため、これまでは、民法による全員の同意が必要とされ、マンションを取り壊して敷地を売却することは、事実上、不可能でした。
改正により、行政から「要除去認定マンション」に認定されたマンションでは、区分所有者の4/5の賛成で敷地売却が可能になり、さまざまな理由で建て替えが困難な場合の選択肢として、敷地の売却による区分所有関係を解消することが以前に比べ容易になりました。
容積率の緩和特例は、「要除去認定マンション」が建て替えを行う場合、一定の敷地規模を有し、市街地環境の整備・改善に資するものについて、容積率制限が緩和される措置です。
容積率制限の緩和の内容は、従来からの総合設計制度における容率緩和の要件を緩め、東京都の場合は対象が都内全域に広がり、より少ない公開空地でも割り増しが受けられるようになりました。
上のグラフはマンション建替法に基づく東京都におけるマンション建て替えの実績(許可件数・年度ベース)の推移です。
マンション建替法(2002)、改正マンション建替法(2014)以降、コンスタントに建て替えが行われてはいるものの、2017年度末で累計53件と東京都における旧耐震の分譲マンションのストック数11,892件(前出「マンション実態調査結果」)に比べると、そのペースは遅々としたものと言わざるを得ません。
冒頭の記事のような老朽マンション建て替えのためにさらなる規制緩和が検討される背景には、こうした現実があります。今回の東京都による施策がどのくらい効果をあげるのかは、来年以降の具体化を待つ必要があります。事態は流動的であり、将来は見通せませんが、ここ15年余の間に矢継ぎ早にマンション建て替えに関するさまざまな施策が打ち出されてきた過程を見る限り、マンションを現行の区分所有法のなかで建て替えることは困難であるということが明らかになったとは言えるでしょう。
マンション建替法(2002)、改正マンション建替法(2014)以降、コンスタントに建て替えが行われてはいるものの、2017年度末で累計53件と東京都における旧耐震の分譲マンションのストック数11,892件(前出「マンション実態調査結果」)に比べると、そのペースは遅々としたものと言わざるを得ません。
冒頭の記事のような老朽マンション建て替えのためにさらなる規制緩和が検討される背景には、こうした現実があります。今回の東京都による施策がどのくらい効果をあげるのかは、来年以降の具体化を待つ必要があります。事態は流動的であり、将来は見通せませんが、ここ15年余の間に矢継ぎ早にマンション建て替えに関するさまざまな施策が打ち出されてきた過程を見る限り、マンションを現行の区分所有法のなかで建て替えることは困難であるということが明らかになったとは言えるでしょう。
photo by OiMAX-Condominiums Buildings Ciry Life Urban Life/CC BY 2.0
その上で、区分所有者として既にマンションに居住している人、あるいはこれから新築マンションの購入や中古マンションを買ってリノベーションを考えている人へアドバイスするとしたら、以下のことが挙げられます。
現在(あるいは当面)は耐震性不足の老朽マンションの問題として顕在化していますが、マンション建て替えの難しさという問題は、すべてのマンションに共通の問題であると言えます。現在、600万戸を超えるマンションストックのすべては、いずれ老朽化の時期を迎えます。今後はすべてのマンションにおいて、建て替えは容易ではないという現実を踏まえながら、将来を展望することが求められるようになると言えます。
マンションの建て替えが困難な大きな理由のひとつが区分所有者の合意形成でした。マンションは自分ひとりでその将来を決められない運命共同体の住まいといえます。建て替えにしても、修繕で延命を図るにしても、区分所有関係解消による敷地売却にしても、マンションの将来を主体的に決定していくためには、当事者としての区分所有者の自覚とコミットが求められます。住民自治の母体となる管理組合の組織と運営がますます重要になってくることは間違いありません。
人口減少時代における容積率緩和による建て替え促進は、立地の淘汰を生み出します。容積率緩和により建て替えを実現するには、新設住戸の販売が見込める立地でなければなりません。敷地を売却する場合も、買い手が見込める立地でなければなければなりません。人口減少時代に住宅需要が見込める立地は、かつてのマンション立地よりも相対的に利便性やアメニティが高い立地に限られてくるでしょう。建て替えられるマンションと建て替えられないマンション、敷地が売却できるマンションとできないマンションの二極化が進むと予測されます。
現状のままではマンションの建て替えはなかなか進まない一方で、人口減少社会における都市のコンパクト化に向けて、土地の効率的利用と集合居住は重要であり、地震国日本における都市の防災には建物の耐震化が不可欠であることは論を待ちません。マンション建て替えの問題は、喫緊の都市の課題であり、さらに今後ますます深刻さを増していくことが予想されます。こうした現実を視点を変えて考えてみると、おそらくこれからもその時々の状況に応じてさまざまな施策が検討・実施される可能性が高いと見ることもできます。困難な現実が議論と創意を生み、将来を大きく変える可能性もあるということです。
マンション建て替え問題は、都市住宅のあり方、都市市民としての自覚、住民自治の実践という、古くて新しい問題を突きつけています。
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その上で、区分所有者として既にマンションに居住している人、あるいはこれから新築マンションの購入や中古マンションを買ってリノベーションを考えている人へアドバイスするとしたら、以下のことが挙げられます。
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マンションの建て替えが困難な大きな理由のひとつが区分所有者の合意形成でした。マンションは自分ひとりでその将来を決められない運命共同体の住まいといえます。建て替えにしても、修繕で延命を図るにしても、区分所有関係解消による敷地売却にしても、マンションの将来を主体的に決定していくためには、当事者としての区分所有者の自覚とコミットが求められます。住民自治の母体となる管理組合の組織と運営がますます重要になってくることは間違いありません。
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現状のままではマンションの建て替えはなかなか進まない一方で、人口減少社会における都市のコンパクト化に向けて、土地の効率的利用と集合居住は重要であり、地震国日本における都市の防災には建物の耐震化が不可欠であることは論を待ちません。マンション建て替えの問題は、喫緊の都市の課題であり、さらに今後ますます深刻さを増していくことが予想されます。こうした現実を視点を変えて考えてみると、おそらくこれからもその時々の状況に応じてさまざまな施策が検討・実施される可能性が高いと見ることもできます。困難な現実が議論と創意を生み、将来を大きく変える可能性もあるということです。
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