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建物を再生、資産価値をも高める「リファイニング建築」とは? インタビュー:青木茂建築工房 part1
新築を好むとよばれる日本で、古い建物の安全性や快適性を取り戻し、資産価値を高める「リファイニング建築」。単なる「リフォーム」にとどまらない「建物そのものの再生」の実際を、提唱者・実践者である建築家の青木茂さんに取材した。
Naoko Endo
2015年4月13日
出版社、不動産ファンド、代理店勤務を経て、フリーランス・ライター。
個人ブログ「a+e」http://a-plus-e.blogspot.jp/
出版社、不動産ファンド、代理店勤務を経て、フリーランス・ライター。
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日本で家を買うことは「一生の買い物」といわれる。何十年も続く住宅ローンを背負うのが一般的だからだ。
仮にマイホームを新築で買ったとしよう。胸を躍らせ、ドアを開けて中に一歩、足を踏み入れた瞬間、建物の価値は下がり始める。日本では建物は新しいほど喜ばれ、資産価値も高い。欧米とは大きく異なる点だ。
日本の住宅の平均築後年数は27年。アメリカは66.6年、イギリスの80.6年というデータがある(※1)。京都や奈良には何百年も建っている寺社がたくさんあるというのに、日本の住宅は寿命が短いのだろうか? いや、手入れ次第で長く住めるのに、諸事情から壊さざるを得ないのだ。
青木茂建築工房(代表取締役:青木茂)が提唱する「リファイニング建築(Re+Fine+ing)」では、現行法に則って建物の安全性や快適性を取り戻し、新築に劣らぬ資産価値まで高めることで、人々が長く住み続けられる環境を実現させる。間仕切りをとり外してレイアウトを変えるだけのリフォームとは一線を画す。
同事務所が手掛けた事例を2つ紹介しよう。ひとつは愛知県の伝統的な木造家屋、もうひとつは東京都区内で売れ残っていた鉄筋コンクリート造の共同住宅だ。
仮にマイホームを新築で買ったとしよう。胸を躍らせ、ドアを開けて中に一歩、足を踏み入れた瞬間、建物の価値は下がり始める。日本では建物は新しいほど喜ばれ、資産価値も高い。欧米とは大きく異なる点だ。
日本の住宅の平均築後年数は27年。アメリカは66.6年、イギリスの80.6年というデータがある(※1)。京都や奈良には何百年も建っている寺社がたくさんあるというのに、日本の住宅は寿命が短いのだろうか? いや、手入れ次第で長く住めるのに、諸事情から壊さざるを得ないのだ。
青木茂建築工房(代表取締役:青木茂)が提唱する「リファイニング建築(Re+Fine+ing)」では、現行法に則って建物の安全性や快適性を取り戻し、新築に劣らぬ資産価値まで高めることで、人々が長く住み続けられる環境を実現させる。間仕切りをとり外してレイアウトを変えるだけのリフォームとは一線を画す。
同事務所が手掛けた事例を2つ紹介しよう。ひとつは愛知県の伝統的な木造家屋、もうひとつは東京都区内で売れ残っていた鉄筋コンクリート造の共同住宅だ。
どんなHouzz?
居住者:親と子どもの2世帯、3世代
所在地:愛知県豊田市
設計:青木茂建築工房
構造:ちさき建築構造設計
規模:地上2階
構造:鉄筋コンクリート造、木造
敷地面積:466.54平方メートル
建築面積:275.45平方メートル
延床面積:380.95平方メートル
施工期間:2008年12月~2009年9月
下の写真は、「リファイニング」前の家の状態。
居住者:親と子どもの2世帯、3世代
所在地:愛知県豊田市
設計:青木茂建築工房
構造:ちさき建築構造設計
規模:地上2階
構造:鉄筋コンクリート造、木造
敷地面積:466.54平方メートル
建築面積:275.45平方メートル
延床面積:380.95平方メートル
施工期間:2008年12月~2009年9月
下の写真は、「リファイニング」前の家の状態。
青木氏は当時を振り返って次のように語った。
「Nさんの家は、城下町の面影を色濃く残した、町並み保存地区の一角に建っていました。戦後の大変な時期に、依頼者の父親が、苦労して木材を集めて建てたのが母屋です。後からいろいろと増築しているので、やや雑然としてはいたものの、上からみるとコの字をした、中庭や大広間もある立派な家に、二代目当主と子ども世帯が暮らしていました。ある日、行政側の耐震審査を受けた結果、大地震が発生した場合に母屋が倒壊する危険性があると指摘されたのです。家主はびっくりして、地元の工務店を通じて私に相談してきました」
「Nさんの家は、城下町の面影を色濃く残した、町並み保存地区の一角に建っていました。戦後の大変な時期に、依頼者の父親が、苦労して木材を集めて建てたのが母屋です。後からいろいろと増築しているので、やや雑然としてはいたものの、上からみるとコの字をした、中庭や大広間もある立派な家に、二代目当主と子ども世帯が暮らしていました。ある日、行政側の耐震審査を受けた結果、大地震が発生した場合に母屋が倒壊する危険性があると指摘されたのです。家主はびっくりして、地元の工務店を通じて私に相談してきました」
実際に家を見に行った青木氏の診たては違った。
「今では入手できないような銘木が随所に使われ、伝統的な継手・仕口の工法で建てられた立派な家でした。構造的に問題ないように思いましたが、要は、現代住宅を基準とした数値で耐震性能を計ろうとすると「不可」とされてしまうのです。建て替えるのは容易い。だがそれでは当時の大工たちの技術も永遠に失われてしまう。どうにかして残したいと、リファイニングを決意しました」
「今では入手できないような銘木が随所に使われ、伝統的な継手・仕口の工法で建てられた立派な家でした。構造的に問題ないように思いましたが、要は、現代住宅を基準とした数値で耐震性能を計ろうとすると「不可」とされてしまうのです。建て替えるのは容易い。だがそれでは当時の大工たちの技術も永遠に失われてしまう。どうにかして残したいと、リファイニングを決意しました」
Nさん一家の願いは、第一には安全で安心な住まいであること。法的に保証するには、母屋と増築部分の構造を、現行法が定める数値まで耐震性能を上げねばならない。そこで使われたのが「曳屋(ひきや)」だ。 屋根をのせたままの状態で母屋を中庭まで移動させ、新しい土台(基礎)をつくってから、再び母屋を載せるという、聞くと荒技のようだが、日本の大工に代々伝わってきた伝統工法である。
曳き家の手順
1. 母屋をジャッキで持ち上げ、土台と切り離す
2. 家屋と土台の隙間に鉄のレールを敷く
3.レールの上を家屋ごとスライドさせ、中庭まで移動させる(1回めの「曳屋」)
4.コンクリートで新しい土台(基礎)をつくりなおす
5.母屋を元の位置に戻し(2回めの「曳屋」)、新たな土台と家屋を固定する
「母屋の柱や梁の木材で再利用できるものは残し、鉄筋コンクリートの壁を部分的に追加して補強しています。増築部分も同様です。木とコンクリート、新旧の材の性質を生かした、柔と剛の混構造です。 さらには母屋をサンドイッチするように増築部分を建て直して、新しい部分が古い母屋を守るがごとく、家全体の強度を高めました」
1. 母屋をジャッキで持ち上げ、土台と切り離す
2. 家屋と土台の隙間に鉄のレールを敷く
3.レールの上を家屋ごとスライドさせ、中庭まで移動させる(1回めの「曳屋」)
4.コンクリートで新しい土台(基礎)をつくりなおす
5.母屋を元の位置に戻し(2回めの「曳屋」)、新たな土台と家屋を固定する
「母屋の柱や梁の木材で再利用できるものは残し、鉄筋コンクリートの壁を部分的に追加して補強しています。増築部分も同様です。木とコンクリート、新旧の材の性質を生かした、柔と剛の混構造です。 さらには母屋をサンドイッチするように増築部分を建て直して、新しい部分が古い母屋を守るがごとく、家全体の強度を高めました」
青木氏が叶えるべき2つめの願いは、旧城下町にふさわしいデザインとすること。外壁は、乾式パネルの上に漆喰を塗り、通りに面した母屋の側面には、伝統地区にみられる格子をイメージした細い木を整然と並べた。旧城下町の家としての風格と、周囲にとけこむデザインであると同時に、夜間は母屋の光が外に洩れて、美しい佇まいをみせる。
改修後 母屋の外観(昼間)
改修後 母屋の外観(夜間)
再利用したのは構造材だけではない。
「仏間が置かれた座敷と次の間を仕切っていた大きな引き戸はそのまま残しました。畳と障子は新しく張り替え、障子は格子の両側から和紙を貼っています。外光に恵まれず、薄暗かった母屋の内部が、これで一気に明るくなりました。縁なしの畳は地元の畳屋に発注。屋根も地元名産の三州瓦です」と青木氏。
「仏間が置かれた座敷と次の間を仕切っていた大きな引き戸はそのまま残しました。畳と障子は新しく張り替え、障子は格子の両側から和紙を貼っています。外光に恵まれず、薄暗かった母屋の内部が、これで一気に明るくなりました。縁なしの畳は地元の畳屋に発注。屋根も地元名産の三州瓦です」と青木氏。
母屋の魅力をさらに高めたのが、通りから引き戸を開けて中に入った瞬間に、目の前に広がる大空間だ。昔ながらの広い土間の先に、白い玉石が敷かれた中庭が見通せる。頭上には、堂々とした赤松の梁が交差し、屋根を支えているのが見える。2階の床をとり外し、日本の伝統建築の構造が人目に触れるようにした。
親と子が末永く暮らせる住まいという願い通り、Nさん一家は今も、中庭を挟んで暮らしている。以前よりも明るく快適になった双方の住まいは、プライバシーを尊重しつつ、顔も見える、呼べば聞こえる、ちょうどよい距離を保っている。
水まわりも一新された。両世帯ともバスルームは南に面して配置され、以前よりも明るく、広くなった。
軒下に濡れ縁が付加されてもなお広い、枯山水を模した中庭には、長方形の石が30本ほど敷かれている。
「母屋の基礎として使われていた長石(ちょうせき)です。新しく母屋の基礎をコンクリートでつくり直した際、棄てずに再利用しました。庭の隅に置いた大きな石も、工事中に床下から出てきたものです。昔の人は、将来の改修に備えて、こういうものを予め確保して埋めておいたんですね」と青木氏は先人たちの知恵に感心する。
石はこの家の新たな礎となり、Nさん一家の暮らしを見守り続ける。
続く[part2]では、首都・東京の中古ビルの再生事例を紹介する。今は青木氏の自邸でもある。
※出典
2014年5月 国土交通省 住宅経済関連データ 住宅の利活用期間と既存住宅の流通 棒グラフ「滅失住宅の平均築後年数の国際比較」より http://www.mlit.go.jp/statistics/details/t-jutaku-2_tk_000002.html
「母屋の基礎として使われていた長石(ちょうせき)です。新しく母屋の基礎をコンクリートでつくり直した際、棄てずに再利用しました。庭の隅に置いた大きな石も、工事中に床下から出てきたものです。昔の人は、将来の改修に備えて、こういうものを予め確保して埋めておいたんですね」と青木氏は先人たちの知恵に感心する。
石はこの家の新たな礎となり、Nさん一家の暮らしを見守り続ける。
続く[part2]では、首都・東京の中古ビルの再生事例を紹介する。今は青木氏の自邸でもある。
※出典
2014年5月 国土交通省 住宅経済関連データ 住宅の利活用期間と既存住宅の流通 棒グラフ「滅失住宅の平均築後年数の国際比較」より http://www.mlit.go.jp/statistics/details/t-jutaku-2_tk_000002.html
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