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懐かしい昭和初期の洋館をイメージした、小田原の高台に立つ家
幼少期を過ごした大好きな実家や祖父の家、昭和初期の建築がイメージソース。記憶の中の情景を紡ぎ、建築家とともにつくり上げた、風格のある和洋折衷の住まい。
Miki Anzai
2017年10月11日
小田原の高台に悠然と佇むのは、都内のマンションに暮らす50代の夫妻が、リタイア後の住まいとして建てた家である。いずれは葉山か鎌倉に居を構えたいと考えていた夫妻だが、たまたまご主人の実家のほど近くに、海と山とが望める絶景の場所があることをチラシで知り、購入することにしたという。
「どんな家を建てたいか?」と話し合った際、共通に抱いたイメージは、それぞれが幼少期を過ごし大好きだったという、昭和初期に建てられた家族の家。すなわち解体前のご主人の実家であり、奥様の祖父の家だった。お互いの脳裏にはさまざまな情景が刻まれていたが、写真などで残されたものがない。「どうしたらこの思いを建築事務所の若い設計士さんたちに伝えられるか?」と悩み、見本を探すべく「江戸東京たてもの園」を訪れたり、アントニン・レーモンドや吉村順三の作品集、日本の洋館特集、米西海岸の木造住宅写真集などをひもといた。しかし「イメージの断片」しか見つけられなかった。
ある偶然から、戦前の日本で活躍したアメリカ人建築家のウィリアム・メレル・ヴォーリズが昭和2年に京都に建てた駒井家住宅に辿り着き、「これが昔の家に近い!」と、同行していた〈遠藤誠建築設計事務所〉の遠藤誠さんに伝えたという。「ヴォーリズの駒井家住宅」というベンチマークが定まってから、設計はスムーズに動き出した。
「どんな家を建てたいか?」と話し合った際、共通に抱いたイメージは、それぞれが幼少期を過ごし大好きだったという、昭和初期に建てられた家族の家。すなわち解体前のご主人の実家であり、奥様の祖父の家だった。お互いの脳裏にはさまざまな情景が刻まれていたが、写真などで残されたものがない。「どうしたらこの思いを建築事務所の若い設計士さんたちに伝えられるか?」と悩み、見本を探すべく「江戸東京たてもの園」を訪れたり、アントニン・レーモンドや吉村順三の作品集、日本の洋館特集、米西海岸の木造住宅写真集などをひもといた。しかし「イメージの断片」しか見つけられなかった。
ある偶然から、戦前の日本で活躍したアメリカ人建築家のウィリアム・メレル・ヴォーリズが昭和2年に京都に建てた駒井家住宅に辿り着き、「これが昔の家に近い!」と、同行していた〈遠藤誠建築設計事務所〉の遠藤誠さんに伝えたという。「ヴォーリズの駒井家住宅」というベンチマークが定まってから、設計はスムーズに動き出した。
外観は、和洋折衷住宅の典型であるヴォーリズの駒井家住宅の東面と、ご主人の実家の南面を「ハイブリッド」させて再現した。和瓦の屋根と白いモルタル風の壁が、当時の面影の復元に大きく寄与している。
独特の趣を持つ、幹のねじれた槇(まき)や燈籠は、50年以上前から、この場所にあったものだ。
どんなHouzz?
所在地:神奈川県小田原市
概要:新築
住まい手:50代の夫婦
敷地面積:740平方メートル(224坪)
延床面積:190平方メートル(57坪)
構造:木造軸組工法、一部RC造、地上2階建て
竣工:2016年9月
設計:遠藤誠建築設計事務所
撮影:益永研司
独特の趣を持つ、幹のねじれた槇(まき)や燈籠は、50年以上前から、この場所にあったものだ。
どんなHouzz?
所在地:神奈川県小田原市
概要:新築
住まい手:50代の夫婦
敷地面積:740平方メートル(224坪)
延床面積:190平方メートル(57坪)
構造:木造軸組工法、一部RC造、地上2階建て
竣工:2016年9月
設計:遠藤誠建築設計事務所
撮影:益永研司
白壁のザラザラ感と、少し奥まった玄関アルコーブの陰影が、重厚感を醸し出している。夫妻いわく「崖条例により、凹みを設ける必要があったから」だが、それを逆手に取り、落ち着いた空間をつくりあげた。
玄関前には、屋根付きの広い車寄せを設け、雨が降っても濡れずに出入りできるように工夫した。木造トラス構造のあらわしの天井も見事だ。
玄関前には、屋根付きの広い車寄せを設け、雨が降っても濡れずに出入りできるように工夫した。木造トラス構造のあらわしの天井も見事だ。
玄関扉を開けると、視線が奥のLDKまで一直線に抜ける。ただし、各部屋をつなぐ木枠付きの開口部の位置とサイズが異なる点に注目したい。
「西洋建築はシンメトリー(左右対称)を好みますが、日本人の感性にはあまり合いません。この家のコンセプトは和洋折衷ですが、和室や床の間を設けないかわりに、意識的にアシンメトリー(左右非対称)にすることで、和の要素を取り入れました」と語るご主人。「そのおかげで、とても落ち着けます」と、奥様もお気に入りの空間に仕上がった。
「西洋建築はシンメトリー(左右対称)を好みますが、日本人の感性にはあまり合いません。この家のコンセプトは和洋折衷ですが、和室や床の間を設けないかわりに、意識的にアシンメトリー(左右非対称)にすることで、和の要素を取り入れました」と語るご主人。「そのおかげで、とても落ち着けます」と、奥様もお気に入りの空間に仕上がった。
1階がセミパブリックな空間で、2階がプライベートスペース。シンプルな間取りを心がけた。
「住まい手の個性を主張し過ぎず、むしろ、人間よりも長いスパンで考えて、柔軟な用途に使えるように意識しました」とご主人。
「住まい手の個性を主張し過ぎず、むしろ、人間よりも長いスパンで考えて、柔軟な用途に使えるように意識しました」とご主人。
具体的には「将来、もし自分たちの足腰が弱くなったら、ここを貸して隠れ家カフェなどにしてもらっても」と奥様は考えているそう。「そのためにも、テナントが手を加えやすい間取りにしました」と語る。
ご主人の実家を再現した、外の屋根付きテラスとつながる「マッドルーム」(土間ラウンジ)。4枚の引き違い戸がある。
テラスと庭との段差は6cm弱。このフラットな動線を確保するために、床下をなくしている。一般のハウスメーカーが量産する住宅では、上げ床が無難とされているため、建築家の腕の見せどころでもあった。
テラスと庭との段差は6cm弱。このフラットな動線を確保するために、床下をなくしている。一般のハウスメーカーが量産する住宅では、上げ床が無難とされているため、建築家の腕の見せどころでもあった。
ダイニングからの眺めも格別だ。庭の樹木の多くは、数十年前の所有者が旅館を経営していた頃のまま引き継いだ。出窓風の開口は厚い壁に窓枠をはめて、奥行き感のある仕上がりに。壁厚が22cmもあるのは、「土間床工法を採用したため、基礎壁にも断熱材を入れた」から。窓は「今まで住んだアパートでは、アルミサッシの結露に悩まされ続けたので、通風や換気の実用性を重視」したという。
風合いあるカーテンは、新婚当時、奮発して購入した思い出の品。「この家のテーマカラーである、漆喰の白、木の茶色、瓦やキッチンを緑に決めるベースにもなりました」と語る奥様。
窓:〈マーヴィン〉社のインテグリティ・シリーズ(ダブル・ハング式)。金具の色は、「オイル・ラブド・ブロンズ」。
風合いあるカーテンは、新婚当時、奮発して購入した思い出の品。「この家のテーマカラーである、漆喰の白、木の茶色、瓦やキッチンを緑に決めるベースにもなりました」と語る奥様。
窓:〈マーヴィン〉社のインテグリティ・シリーズ(ダブル・ハング式)。金具の色は、「オイル・ラブド・ブロンズ」。
1階のシャワールーム横の脱衣所。床タイルの交差部分と、棚のつまみが、アクセントとして効いている。タイルは、ある高級店で購入予定だったが、デザインに十分納得していなかったご主人が、お気に入りの「オクタゴン&ドット柄を、執念で」ネットで検索し、見つけたもの。価格も半額以下に抑えられたという。
半円系アーチ窓と階段は、スパニッシュスタイルの駒井家住宅の雰囲気と似ているが、スペックは異なる。たとえばコの字の回り階段は、ご主人の強い希望で、各辺を奇数(7段・7段・3段)で割り振った。「以前、足を骨折をしたとき、職場近くの回り階段が偶数だったため、利き足から踏み出せず、気になった」からだという。
階段手すりは、柱と柱の間に手すりが通る「ポスト・トゥ・ポスト」スタイルを採用。「駒井家住宅のそれよりも武骨に仕上げています」と奥様。
照明は、自宅近くの〈オーデリック〉に足を運び、実物を見て選んだ。
階段手すりは、柱と柱の間に手すりが通る「ポスト・トゥ・ポスト」スタイルを採用。「駒井家住宅のそれよりも武骨に仕上げています」と奥様。
照明は、自宅近くの〈オーデリック〉に足を運び、実物を見て選んだ。
土間には、地場の根府川石を使いたかったが、石切場が閉鎖されていたので、代わりに諏訪の鉄平石を敷き詰めた。太陽熱を利用した温水床暖房も設置している。「将来、犬を飼ったら、ここに寝そべるのでは」とご主人はイメージを膨らませている。
夫妻はこの鉄平石の上を、土足でも、内履きでも、裸足でも「気にせず、気分次第で」歩いている。またこのスペースには椅子は常設せず、〈天童木工〉の《マットソン》シリーズなど、座りやすく軽いものを、必要に応じてリビングから移動させている。
夫妻はこの鉄平石の上を、土足でも、内履きでも、裸足でも「気にせず、気分次第で」歩いている。またこのスペースには椅子は常設せず、〈天童木工〉の《マットソン》シリーズなど、座りやすく軽いものを、必要に応じてリビングから移動させている。
ご主人の書斎(手前)とベッドルーム(奥)。2階のこの2部屋、奥様の寝室とレストルーム、1階のピアノ室の壁は、それぞれ違う色で塗装した。〈カラーワークス〉のカラーコンサルタントに、〈ファロー・アンド・ボール〉の豊富な色彩の中から、相性のよい色を選んでもらった。
奥様の寝室。女性の部屋らしく、〈RUSTIC TWENTY SEVEN〉に特注したベッドは、オフホワイトにペイントし、部屋の扉の内側も同色で塗装した。「ヴォーリズの駒井家住宅へのオマージュ」の意味も込めて、ドアノブはガラス製に。
壁の緑色が、「季節によっても、一日の陽光の当たり方によっても変わるので、表情の移り変わりを楽しんでいます」と語る奥様。ラグは、吉祥寺の専門店のイラン人オーナーのアドバイスを得て、購入した。
扉:〈シンプソン〉社、シェーカー・シリーズ
壁の緑色が、「季節によっても、一日の陽光の当たり方によっても変わるので、表情の移り変わりを楽しんでいます」と語る奥様。ラグは、吉祥寺の専門店のイラン人オーナーのアドバイスを得て、購入した。
扉:〈シンプソン〉社、シェーカー・シリーズ
2階の洗面台は、1階キッチンの天板と同じ人造石(クオーツストーン)を使用。原板1ロットを、「両方で使いきれるように計算してもらったので、資材の無駄がでず、コストも抑えられました」。
背面タイルは、ホワイトとセラドン(青磁)色のツートーンカラーに。目地にも気を配り、「1色ではなく、それぞれのタイルの色に合わせるように」依頼したという。
背面タイルは、ホワイトとセラドン(青磁)色のツートーンカラーに。目地にも気を配り、「1色ではなく、それぞれのタイルの色に合わせるように」依頼したという。
2階の脱衣所に通じる扉の前に設置した開口部。右側だけカーブをつけたのは、「ここを抜けた右手に洗面台があるので、右に寄り過ぎて、台の角にぶつからないように」という視覚的な心理効果を狙ったもの。それだけでなく、「そばにある階段途中のアーチ窓と、あえて異なる形状にすることで、スパニッシュスタイル一点張りではない」という意匠的効果も図った。
床と壁との間の巾木は、日本の住宅の標準(4〜6cm)よりもかなり高い15cmに。ご主人いわく、「室内の建具が輸入品なので、そのスタイルを遵守しようと思ったから」。寸法を決める際、Houzzの記事も参考にしたそう。
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インテリアに欠かせない脇役、壁と床をつなぐ部材「巾木」
床と壁との間の巾木は、日本の住宅の標準(4〜6cm)よりもかなり高い15cmに。ご主人いわく、「室内の建具が輸入品なので、そのスタイルを遵守しようと思ったから」。寸法を決める際、Houzzの記事も参考にしたそう。
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オーナー夫妻が、幼い頃の記憶を蘇らせて完成させた家。それは、文明開化の明治期に建てられた、外国人向けの異人館風の建物でも、大正期から戦前に建てられた瀟洒な洋館とも異なる、昭和初期に普及した「和洋折衷スタイル」の家だ。
参考にした駒井家住宅を設計したヴォーリズは、当時にしては珍しく、オーソドックスかつ伝統的なアメリカ建築様式を持ち込みながら、日本人向けに、合理的でシンプルな間取りの近代住宅をつくった。
参考にした駒井家住宅を設計したヴォーリズは、当時にしては珍しく、オーソドックスかつ伝統的なアメリカ建築様式を持ち込みながら、日本人向けに、合理的でシンプルな間取りの近代住宅をつくった。
レトロモダンを感じさせるこの家は、「意匠として『ヴォーリズもどき』を追求したのではなく、彼の持ち込んだ『洋』と、在来部材や大工棟梁の仕事に見られる『和』の融合を、50年以上を経た現在でも再現できるかに挑戦した結果」とご主人は語る。もし何十年か後にこの家をリフォームすることになっても、きっと同じテイストのものを見つけられるはずだと感じているそう。
シンプルだが深みのある家は、「使い込んで年季が入れば、さらに味が出てくるのではないか」と、設計を担当した遠藤さんも期待している。
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