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フランク・ロイド・ライトの名作照明、タリアセンシリーズ
ライトの名作照明「タリアセン」。日本でも広く愛されている名作照明とその復刻をめぐる物語。
Naoko Endo
2016年5月6日
出版社、不動産ファンド、代理店勤務を経て、フリーランス・ライター。
個人ブログ「a+e」http://a-plus-e.blogspot.jp/
出版社、不動産ファンド、代理店勤務を経て、フリーランス・ライター。
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照明メーカーに勤める私の友人は、トイレやバスルームを除いて、自宅に元から備わっていたシーリングライトや蛍光灯を使ったことがない。暗くなったら部屋のあちらこちらに配置したお気入りの間接照明を点け、やわらかい光に満ちたダイニングで食事をとり、リビングに灯された光に寄り添うようにして読書を楽しんでいる。
対して今、原稿を書いている私を頭上から煌々(こうこう)と照らすのは、シーリングライトからの白い光である。部屋全体を照らし出す、この強い光の”源”は、先の大戦中に厳しかった灯火管制が解けた反動だという。戦後の日本は良くも悪くも、家の中も外も明るい光に満ち満ちた。かつて谷崎潤一郎が『陰影礼賛』で住まいに求めた「或る程度の薄暗さ」などは忘却の彼方に。
今回ご紹介するのは、アメリカ人建築家のデザインながら、日本の和空間にも不思議なほどしっくりくる照明だ。作者は20世紀を代表する建築家、フランク・ロイド・ライト (1867-1959)。彼の代名詞ともいえる「タリアセン (Taliesin)」のシリーズは、どれも名作と呼ぶにふさわしく、上品で、風格さえ感じられる。
対して今、原稿を書いている私を頭上から煌々(こうこう)と照らすのは、シーリングライトからの白い光である。部屋全体を照らし出す、この強い光の”源”は、先の大戦中に厳しかった灯火管制が解けた反動だという。戦後の日本は良くも悪くも、家の中も外も明るい光に満ち満ちた。かつて谷崎潤一郎が『陰影礼賛』で住まいに求めた「或る程度の薄暗さ」などは忘却の彼方に。
今回ご紹介するのは、アメリカ人建築家のデザインながら、日本の和空間にも不思議なほどしっくりくる照明だ。作者は20世紀を代表する建築家、フランク・ロイド・ライト (1867-1959)。彼の代名詞ともいえる「タリアセン (Taliesin)」のシリーズは、どれも名作と呼ぶにふさわしく、上品で、風格さえ感じられる。
照明器具のタリアセンが世に出たのは、今から90年以上前のこと。誕生の地はアメリカ中西部ウィスコンシン州の南西部である。
母親から受け継いだこの土地で、ライトは自身が理想とした「有機的建築」の理念を存分に表現していく。敷地内に設立された教育施設「ヒルサイド・ホーム・スクール」もそのひとつで、建物の設計もライトが手がけた。
母親から受け継いだこの土地で、ライトは自身が理想とした「有機的建築」の理念を存分に表現していく。敷地内に設立された教育施設「ヒルサイド・ホーム・スクール」もそのひとつで、建物の設計もライトが手がけた。
竣工から21年経ったヒルサイド・ホーム・スクールの体育館を劇場に改修する際、内部空間を照らす照明としてライトがデザインしたペンダントが、今に続くブロックを重ねたような「タリアセン」シリーズの原型である。照明の「タリアセン」といえば、本記事で数多く取り上げているフロアスタンドがよく知られているが、当初の用途は天井から吊り下げるものだった。
その劇場も1952年に火事で焼失。ペンダントライトも失われたが、リ・デザインされ、さらにフロアスタンド「タリアセン2」が生み出された。ライトはこれを、同名の自宅兼スタジオのタリアセン(本記事1枚目と3枚目の写真)に置いて使っていた。
その劇場も1952年に火事で焼失。ペンダントライトも失われたが、リ・デザインされ、さらにフロアスタンド「タリアセン2」が生み出された。ライトはこれを、同名の自宅兼スタジオのタリアセン(本記事1枚目と3枚目の写真)に置いて使っていた。
タリアセンの形状を改めて見てみよう。大きな特徴は、90度の角度をつけて連なる、四角いブロックで構成されていること。「タリアセン2」は数えて10個のボックスから成る。この木製のブロックの中に、電球が格納されているのだが、上下は塞がれずに空いている。電球の光は遮光板にあたり、グレア(まぶしさ)のないやわらいだ光になるのだ。
よりあたたかな光とするためにライトは、遮光板をガラスではなく木で作ることにこだわった (その一方で「タリアセン ペンダント」では、遮光板がガラスであるかのように遮光の合板をブルーに塗装している (下の写真は復刻版)。
よりあたたかな光とするためにライトは、遮光板をガラスではなく木で作ることにこだわった (その一方で「タリアセン ペンダント」では、遮光板がガラスであるかのように遮光の合板をブルーに塗装している (下の写真は復刻版)。
このペンダントを除く、遮光板を持つタリアセンは、ブロックの上か下かどちらかを選んで遮光板を取り付けることができる。この上下の差だけで、演出される光、佇まいが変わってくる。本記事に掲載した事例写真でその違いを見比べてほしい。
ガラス越しに外からもよく見える、玄関脇の客間に置かれた「タリアセン2」。
いうまでもなく、照明の役割は夜間に光を灯すこと。だが、逆を言えば、1日の半分は点灯されない。光を発しない日中の姿も美しくあれと、ライトがデザインしたのがタリアセンである。照明器具というよりもアート・ピースのようだ。
いうまでもなく、照明の役割は夜間に光を灯すこと。だが、逆を言えば、1日の半分は点灯されない。光を発しない日中の姿も美しくあれと、ライトがデザインしたのがタリアセンである。照明器具というよりもアート・ピースのようだ。
夜間でも接客が多い邸宅の客間にふさわしいフロアスタンドとして「タリアセン2」が選ばれた。
ライトがデザインした壁付け照明「ロビー1」。日本ではゴルフ場のロビー空間を飾る照明として人気が高い。
ところで「タリアセン」という言葉の意味だが、実はいろいろとある。ライトの母方の祖父の出身地であるウェールズの言葉で「輝く頂」を表し、かの地では伝説的な吟遊詩人の名でもある。聞けば我が身のルーツを思い起こすであろうそれを、ライトは自宅兼スタジオの名として冠した。かの地の一帯にはライトの建築作品がまとまって現存するため、今日で「タリアセン」は「ライト詣で」の聖地としての呼称にもなっている。
田園にあるフランク・ロイド・ライトの事務所兼自邸「タリアセン」をたずねて
ところで「タリアセン」という言葉の意味だが、実はいろいろとある。ライトの母方の祖父の出身地であるウェールズの言葉で「輝く頂」を表し、かの地では伝説的な吟遊詩人の名でもある。聞けば我が身のルーツを思い起こすであろうそれを、ライトは自宅兼スタジオの名として冠した。かの地の一帯にはライトの建築作品がまとまって現存するため、今日で「タリアセン」は「ライト詣で」の聖地としての呼称にもなっている。
田園にあるフランク・ロイド・ライトの事務所兼自邸「タリアセン」をたずねて
テーブルスタンド「タリアセン1」
さて、私たちが今日、目にする照明器具としての「タリアセン」だが、そのほとんどは近年になって復刻されたものであることをご存知だろうか。
1940年に設立されたフランク・ロイド・ライト財団では、膨大な図面などの資料をアーカイブとして保存、管理し、ライトの建築理念を後世に伝える活動を行なっている。そのうちのひとつが、ライトがデザインした家具やテーブルウェア、テキスタイルなどを現代によみがえらせるというプロジェクト。ライセンスはみだりに発行せず、厳正かつ極秘に調査した上で、1分野の復刻権利は1社のみに限られていた。
さて、私たちが今日、目にする照明器具としての「タリアセン」だが、そのほとんどは近年になって復刻されたものであることをご存知だろうか。
1940年に設立されたフランク・ロイド・ライト財団では、膨大な図面などの資料をアーカイブとして保存、管理し、ライトの建築理念を後世に伝える活動を行なっている。そのうちのひとつが、ライトがデザインした家具やテーブルウェア、テキスタイルなどを現代によみがえらせるというプロジェクト。ライセンスはみだりに発行せず、厳正かつ極秘に調査した上で、1分野の復刻権利は1社のみに限られていた。
フロアスタンド「タリアセン2」のチェリー。ミッドセンチュリーのインテリアでまとめられた空間によく似合う
「タリアセン」の復刻ライセンスを取得したのは、日本の照明メーカーである。1923年創業のYAMAGIWAだ。同社に白羽の矢が立ったのは、単に電球だけ作ればいいというわけにはいかないからだ。ライトがデザインした照明には、ガラス、金属、木材など複数の素材が使われており、これらを扱えるノウハウを自社で持っていること、とりわけ曲木の技術にも優れていたことが、ライト財団に高く評価された。
財団による調査は、例えるなら某有名レストランガイドブックに載せるか否かのごとく秘やかに行なわれたため、財団から打診があった際、YAMAGIWA(当時はヤマギワ)は驚き、しばらく半信半疑だったそうだ。
「タリアセン」の復刻ライセンスを取得したのは、日本の照明メーカーである。1923年創業のYAMAGIWAだ。同社に白羽の矢が立ったのは、単に電球だけ作ればいいというわけにはいかないからだ。ライトがデザインした照明には、ガラス、金属、木材など複数の素材が使われており、これらを扱えるノウハウを自社で持っていること、とりわけ曲木の技術にも優れていたことが、ライト財団に高く評価された。
財団による調査は、例えるなら某有名レストランガイドブックに載せるか否かのごとく秘やかに行なわれたため、財団から打診があった際、YAMAGIWA(当時はヤマギワ)は驚き、しばらく半信半疑だったそうだ。
仏壇と同じ空間にあっても違和感がない「タリアセン」
財団から図面提供を受けたものの、YAMAGIWAは実際のデータも集めようと考えた。担当者が手分けして全米各地に飛び、現存する「タリアセン」の各シリーズを採寸して回った。すると、思わぬ結果が出た。寸法データに微妙なバラつきがあったのだ。これは、その空間に合った照明をライトが用意していたことを裏付けている。同じように見えてその実、ひとつひとつが完全オーダーメイドのオリジナル照明であった。
財団から図面提供を受けたものの、YAMAGIWAは実際のデータも集めようと考えた。担当者が手分けして全米各地に飛び、現存する「タリアセン」の各シリーズを採寸して回った。すると、思わぬ結果が出た。寸法データに微妙なバラつきがあったのだ。これは、その空間に合った照明をライトが用意していたことを裏付けている。同じように見えてその実、ひとつひとつが完全オーダーメイドのオリジナル照明であった。
それらを経て、YAMAGIWAは1994年にライトの復刻照明の生産を開始。「タリアセン」や「ロビー」などの5シリーズ12点が再び世に出た。この時、誕生したのが「タリアセン2」を短かくしたようなテーブルスタンド「タリアセン3」だ。現代の日本の空間にあうような小ぶりのスタンド照明をという市場の要望に応えたもので、ライト財団の厳格な審査を経て商品化された。
色のバリエーションも最初はチェリー1色だけだったが、落ち着いた濃い色のウォルナットが加わっている。
色のバリエーションも最初はチェリー1色だけだったが、落ち着いた濃い色のウォルナットが加わっている。
日本の住宅のスケールに合わせてさらに小ぶりになった「タリアセン 4」のブラックエディション。
今では4シリーズ29点に増えた、YAMAGIWAによるライトの復刻照明。2016年2月にリリースされた「タリアセン ブラックエディション」は、驚きをもって迎えられた。ライトのアイコンカラーとも言えるチェロキーレッドを本体から排しているからだ。
チェロキーレッドはタリアセンペンダントおよび以降のシリーズに「差し色」として使われ、そのほかのライト作品や、手書き図面の随所に見られる重要な色。それをあえて無くすという極めて大胆なデザインだが、アート作品のようなシルエットを強調した抽象的なデザインが、ライトのデザインを尊重しながらも新たなアプローチを見出していると、ライト財団の承認を得ている。
今では4シリーズ29点に増えた、YAMAGIWAによるライトの復刻照明。2016年2月にリリースされた「タリアセン ブラックエディション」は、驚きをもって迎えられた。ライトのアイコンカラーとも言えるチェロキーレッドを本体から排しているからだ。
チェロキーレッドはタリアセンペンダントおよび以降のシリーズに「差し色」として使われ、そのほかのライト作品や、手書き図面の随所に見られる重要な色。それをあえて無くすという極めて大胆なデザインだが、アート作品のようなシルエットを強調した抽象的なデザインが、ライトのデザインを尊重しながらも新たなアプローチを見出していると、ライト財団の承認を得ている。
サブリビングにワンポイントとして置かれた「タリアセン2」。反射板をブロックの上に取り付けている。
今ほど製品の選択肢の幅も数もなかったひと昔前まで、建築家がインテリアまで手掛けることは珍しいことではなかった。前川國男しかり、村野藤吾しかり。その場、その空間にふさわしい家具や建具、照明を自らデザインし、トータル・コーディネートしたのである。
今ほど製品の選択肢の幅も数もなかったひと昔前まで、建築家がインテリアまで手掛けることは珍しいことではなかった。前川國男しかり、村野藤吾しかり。その場、その空間にふさわしい家具や建具、照明を自らデザインし、トータル・コーディネートしたのである。
「タリアセン」の木の質感は、日本的な和の空間でも見事に調和する
大正期に建てられた帝国ホテル 旧本館の設計者であり、日本の芸術を愛したというライト。彼に新しく建物を設計してもらうことは叶わないが、空間の中に、彼の作品は持ち込める。ライトが追求した有機的なこの光を、もしも谷崎が見ていたとしたら、『陰翳礼讃』に続編があったかもしれない、などという夢想を誘う光である。
取材協力:株式会社YAMAGIWA
These Frank Lloyd Wright products by Yamagiwa are not available in the USA at this time.
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大正期に建てられた帝国ホテル 旧本館の設計者であり、日本の芸術を愛したというライト。彼に新しく建物を設計してもらうことは叶わないが、空間の中に、彼の作品は持ち込める。ライトが追求した有機的なこの光を、もしも谷崎が見ていたとしたら、『陰翳礼讃』に続編があったかもしれない、などという夢想を誘う光である。
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