世界のHouzzから:英国式庭園史上最高の造園家、“ケイパビリティ”・ブラウンの世界
ガーデニングの本場英国で、英国式庭園史上もっとも重要とされるガーデン・デザイナー、“ケイパビリティ”・ブラウン。彼が編み出した庭園設計のわざを、代表作を解説しながらわかりやすくご紹介します!
Kate Burt
2018年5月18日
18世紀に活躍した、イングランドでもっとも名高い造園設計家、ランスロット・“ケイパビリティ”・ブラウンは、時代を先取りする感性で170件以上の英国庭園を手掛けている。ノーサンバランド州にあるアニック城(映画版ハリー・ポッターシリーズの舞台にもなった)のような荘厳な屋敷を囲むなだらかな緑地庭園のほか、現在はサファリパークとなっているウィルトシャー州の邸宅ロングリート、ダイアナ妃が育ったノーザンプトンシャー州の邸宅オルソープの庭園も、彼の作品だ。今回は、ケイパビリティ・ブラウンとゆかりのある英国庭園のうち、ぜひ知っておきたい3点を、3つの世紀から1つずつご紹介しよう。
まずは、ブラウンの風景式庭園として最高傑作の庭をいくつか見ていきながら、現代の小さな庭にもブラウン風の技を取り入れる方法を、専門家にアドバイスしてもらおう。
まずは、ブラウンの風景式庭園として最高傑作の庭をいくつか見ていきながら、現代の小さな庭にもブラウン風の技を取り入れる方法を、専門家にアドバイスしてもらおう。
大人気の英国時代劇『ダウントン・アビー』を観たことがある人なら、ハイクレア城のこの景色に見覚えがあるかもしれない。なぜなら、大部分の撮影がここで行われたからだ。
ランスロット・ブラウンがハイクレア城の庭園をリニューアルする仕事を受注したのは、すでに特徴的な手法で造園家として名が知られるようになっていた1771年。それ以前の時代に流行し、ヨーロッパ各地で一般的となっていたのは、幾何学的な様式美のイタリア式庭園だった。かのヴェルサイユ宮殿の庭園はその最たる例だ。このスタイルから意識的に離れたのがイギリス風景式庭園で、その人気の影響力となったのが、ブラウンの造園術なのだ。
ブラウンは、ノーサンバランド州カークハールで生まれ、近隣にある屋敷の庭園を手掛けていた庭師の見習いとして職に就いた。いくつか仕事をしたのち、バッキンガムシャー州の邸宅・ストウに移り、のちにブラウンの良き師となる造園建築家ウィリアム・ケントのもとで働き始める。まもなくブラウンの評判はケントをしのぐようになり、大規模なプロジェクトの仕事が舞い込むようになった。
ブラウンのスタイルは、ニックネームとなった「ケイパビリティ」、つまり「可能性、将来性」という言葉に凝縮されている。ブラウンは、抽象的なコンセプトや基準に合わせて庭を変えるのではなく、自然がその土地に与えている「可能性」を引き出すことを中心としたデザイン哲学で知られていたが、そこからこのニックネームが生まれたのだ。ブラウンの技術について「自然の風景を今以上に美しくしてくれる」と表現する者も多かった。
ハイクレア城の400ヘクタール(約4平方キロメートル)の敷地には、湖を拡張したり、丘を造ったり、隆起を平坦にしたりと手を加えている。ブラウンの技の1つといえば、息をのむような景観が見られるスポットをあちこちに散りばめること。こちらでは、計算された位置に植えられた落葉樹とシダーの木が、視線をドラマチックな眺めに引き寄せてくれる。
ランスロット・ブラウンがハイクレア城の庭園をリニューアルする仕事を受注したのは、すでに特徴的な手法で造園家として名が知られるようになっていた1771年。それ以前の時代に流行し、ヨーロッパ各地で一般的となっていたのは、幾何学的な様式美のイタリア式庭園だった。かのヴェルサイユ宮殿の庭園はその最たる例だ。このスタイルから意識的に離れたのがイギリス風景式庭園で、その人気の影響力となったのが、ブラウンの造園術なのだ。
ブラウンは、ノーサンバランド州カークハールで生まれ、近隣にある屋敷の庭園を手掛けていた庭師の見習いとして職に就いた。いくつか仕事をしたのち、バッキンガムシャー州の邸宅・ストウに移り、のちにブラウンの良き師となる造園建築家ウィリアム・ケントのもとで働き始める。まもなくブラウンの評判はケントをしのぐようになり、大規模なプロジェクトの仕事が舞い込むようになった。
ブラウンのスタイルは、ニックネームとなった「ケイパビリティ」、つまり「可能性、将来性」という言葉に凝縮されている。ブラウンは、抽象的なコンセプトや基準に合わせて庭を変えるのではなく、自然がその土地に与えている「可能性」を引き出すことを中心としたデザイン哲学で知られていたが、そこからこのニックネームが生まれたのだ。ブラウンの技術について「自然の風景を今以上に美しくしてくれる」と表現する者も多かった。
ハイクレア城の400ヘクタール(約4平方キロメートル)の敷地には、湖を拡張したり、丘を造ったり、隆起を平坦にしたりと手を加えている。ブラウンの技の1つといえば、息をのむような景観が見られるスポットをあちこちに散りばめること。こちらでは、計算された位置に植えられた落葉樹とシダーの木が、視線をドラマチックな眺めに引き寄せてくれる。
写真のケンブリッジ・ロッジは、エセックス州にあるオードリー・エンドの敷地内に立つ建物。ブラウンは、1762年にそれまでの幾何学的なデザインを一新し、風景式庭園へと作り変えた。
敷地内を流れているカム川は、もともとは水路のかたちで取り入れられていた。ブラウンによる大きな変更点は、この水路を曲がりくねった湖に作り変え、その周囲に自然な配置になるように木を植えたこと。典型的なブラウンのスタイルである。
小さな庭に応用できるアイデア
イギリスでは最近、野生動物を庭に呼び寄せたいという人も増え、より自然に近いデザインが好まれるようになってきている。そんな今だからこそ、ブラウンの考え方はさらに重要性を増しているようだ。ブラウン流の庭造りは、たとえ小さな庭にでも応用できると、歴史的景観の管理を専門とするコンサルタント機関〈デボワ景観調査グループ(Debois Landscape Survey Group)〉の代表ジョン・フィブスさんは言う。フィブスさんは、ブラウン生誕300年記念イベントの発起人で、ケイパビリティ・ブラウン関連情報が得られるウェブサイト〈ザ・ブラウン・アドバイザー(The Brown Advisor)〉のエディターも務めている。
そして、彼によれば、ブラウンの設計のディテールは、小さな庭にも簡単に活用できる、という。
敷地内を流れているカム川は、もともとは水路のかたちで取り入れられていた。ブラウンによる大きな変更点は、この水路を曲がりくねった湖に作り変え、その周囲に自然な配置になるように木を植えたこと。典型的なブラウンのスタイルである。
小さな庭に応用できるアイデア
イギリスでは最近、野生動物を庭に呼び寄せたいという人も増え、より自然に近いデザインが好まれるようになってきている。そんな今だからこそ、ブラウンの考え方はさらに重要性を増しているようだ。ブラウン流の庭造りは、たとえ小さな庭にでも応用できると、歴史的景観の管理を専門とするコンサルタント機関〈デボワ景観調査グループ(Debois Landscape Survey Group)〉の代表ジョン・フィブスさんは言う。フィブスさんは、ブラウン生誕300年記念イベントの発起人で、ケイパビリティ・ブラウン関連情報が得られるウェブサイト〈ザ・ブラウン・アドバイザー(The Brown Advisor)〉のエディターも務めている。
そして、彼によれば、ブラウンの設計のディテールは、小さな庭にも簡単に活用できる、という。
1. 水を取り入れる
ジェーン・オースティンの小説『高慢と偏見』が2005年に映画化された際、ストーリーに登場するペムバリー館のロケ地として使われたのがチャツワース・ハウス。ブラウンはこの庭園を作るにあたり敷地内を通るダーウェント川の幅を広げている。もちろんそんな大規模な造園工事は一般の私たちには不可能だが、フィブスさんいわく、同じアイデアを簡単な方法で取り入れることができるそうだ。
「ブラウンの設計において、湖水は大事な要素です」とフィブスさんは言う。「庭が小さくてもブラウン風にしたければ、静止した池ではなく流水を演出したほうがいいでしょう。自由な動きがあって、庭の境界線を超えて川や海に流れ込むような雰囲気です」
ジェーン・オースティンの小説『高慢と偏見』が2005年に映画化された際、ストーリーに登場するペムバリー館のロケ地として使われたのがチャツワース・ハウス。ブラウンはこの庭園を作るにあたり敷地内を通るダーウェント川の幅を広げている。もちろんそんな大規模な造園工事は一般の私たちには不可能だが、フィブスさんいわく、同じアイデアを簡単な方法で取り入れることができるそうだ。
「ブラウンの設計において、湖水は大事な要素です」とフィブスさんは言う。「庭が小さくてもブラウン風にしたければ、静止した池ではなく流水を演出したほうがいいでしょう。自由な動きがあって、庭の境界線を超えて川や海に流れ込むような雰囲気です」
そう言われても、猫の額のようなうちの庭では想像がつかない……という人も多いはず。「丸い池の代わりに細長い形にしてみてください」とフィブスさんはアドバイスする。写真はロンドンの庭の例で、この場合はそこそこの広さがあるが、さらに小さい庭にも応用可能だ。「このような池は、家庭菜園と花を植える場所を分ける境界としても便利ですよ」とフィブスさんは言う。
2. 通路を作り、そして隠す
最初に触れたオルソープの邸宅(写真)には、ブラウンが得意とするもう1つの技法がよく表れている。そしてこちらも、小さな庭に簡単に応用できるものだ。庭の小道を茂みの後ろに隠して家からは見えないようにすると、窓から外を眺めたときに、たとえ都会の真ん中であっても、途切れることのない緑の丘が広がっているような印象を作ることができる。次の写真は、このアイデアをロンドン西部の現代的な庭に応用した例だ。
最初に触れたオルソープの邸宅(写真)には、ブラウンが得意とするもう1つの技法がよく表れている。そしてこちらも、小さな庭に簡単に応用できるものだ。庭の小道を茂みの後ろに隠して家からは見えないようにすると、窓から外を眺めたときに、たとえ都会の真ん中であっても、途切れることのない緑の丘が広がっているような印象を作ることができる。次の写真は、このアイデアをロンドン西部の現代的な庭に応用した例だ。
曲がりくねった小道にすれば、庭の草木の陰にすっかり隠れてしまうので、いっそうブラウン風な印象になる。
庭の中の小道は、ブラウンにとって1つの重要なディテールだった、とフィブスさんは言う。立派な屋敷に付いた広大な庭の場合なら、ふつうは大きく分けて2つの通路が作られ、どちらもその庭でいちばんの景色が見える場所をたどるようにデザインされているはずだ。その1つは冬用の砂利道で、ベンチやオーナメントなど装飾的なポイントを追いながら、曲がりくねって進む道。もう1つは夏用の芝生の小道で、こちらはさらに家から離れ、庭の開けたスペースに配置されている。
舗装を施した小道の場合は、小道を柵の近くに配置して低木などで隠すとブラウン風になる、とフィブスさんは説明する。
庭の中の小道は、ブラウンにとって1つの重要なディテールだった、とフィブスさんは言う。立派な屋敷に付いた広大な庭の場合なら、ふつうは大きく分けて2つの通路が作られ、どちらもその庭でいちばんの景色が見える場所をたどるようにデザインされているはずだ。その1つは冬用の砂利道で、ベンチやオーナメントなど装飾的なポイントを追いながら、曲がりくねって進む道。もう1つは夏用の芝生の小道で、こちらはさらに家から離れ、庭の開けたスペースに配置されている。
舗装を施した小道の場合は、小道を柵の近くに配置して低木などで隠すとブラウン風になる、とフィブスさんは説明する。
刈りそろえた芝生の小道の場合は、両側の草が芝生より数センチ高くなるように伸ばして、横から見ると道が消えてしまう効果を作るのがブラウン流だ。
また、「より高く育つタイプの草を周囲に配置しても同じ効果が生まれるでしょう」とフィブスさんは言う。こうすれば、周囲の草よりも低まった芝生の小道はブラウンの庭と同じように隠れてしまうはずだ。上の写真で、この道を横から遠目で見た場合を想像してみてほしい。
「目に入るのは一面の緑。いっそう柔らかく、緑があふれ、より調和のとれた雰囲気の庭になります。モダニストの庭とは程遠い、ずっと優しいアプローチですね」とフィブスさんは言う。
また、「より高く育つタイプの草を周囲に配置しても同じ効果が生まれるでしょう」とフィブスさんは言う。こうすれば、周囲の草よりも低まった芝生の小道はブラウンの庭と同じように隠れてしまうはずだ。上の写真で、この道を横から遠目で見た場合を想像してみてほしい。
「目に入るのは一面の緑。いっそう柔らかく、緑があふれ、より調和のとれた雰囲気の庭になります。モダニストの庭とは程遠い、ずっと優しいアプローチですね」とフィブスさんは言う。
3. 通景をつくる
「細長い形の住宅街の庭では、つる棚やあずまや、トレリスなどの『囲いポイント』があることが多いんです」とフィブスさんは言う。これは、ブラウンが庭の構造物や建物を使って通景(周囲の木や建築物をフレームにして、奥に続く風景を美しく切り取った眺め)を作った考え方とつながるそうだ。「そういった構造をくぐって行くと、向こう側の奥に、例えば小さな白いベンチが置かれているのが見えるんです」自然のままの雰囲気を大切にしたこちらの庭では、石のオーナメントが通景の中心点となっている。
世界のHouzzから:ブラジルが生んだ庭園デザインの鬼才、ロベルト・ブーレ・マルクスの世界
「細長い形の住宅街の庭では、つる棚やあずまや、トレリスなどの『囲いポイント』があることが多いんです」とフィブスさんは言う。これは、ブラウンが庭の構造物や建物を使って通景(周囲の木や建築物をフレームにして、奥に続く風景を美しく切り取った眺め)を作った考え方とつながるそうだ。「そういった構造をくぐって行くと、向こう側の奥に、例えば小さな白いベンチが置かれているのが見えるんです」自然のままの雰囲気を大切にしたこちらの庭では、石のオーナメントが通景の中心点となっている。
世界のHouzzから:ブラジルが生んだ庭園デザインの鬼才、ロベルト・ブーレ・マルクスの世界
4. 伸び放題にする(場所は限定する)
ブラウンは仕事を始めて早い段階でグラデーションをつけたデザイン手法を編み出した、とフィブスさんは言う。これは、やり方としては難しいものではない。「家にいちばん近いところは短く刈り、そのほかは自由に伸び放題にしておくんです。池や、野生の動植物を手つかずに残しているようなスペースが少しあってもいいですね。それが、ブラウンがやっていたのと同じことなんですよ」
5. 風土にあった設計
その後、造園の仕事を続けていったブラウンは、設計を担当する敷地内を見て回り、「ゲニウス・ロキ」に従った庭作りを目指すようになった。「ゲニウス・ロキ」とはラテン語で「土地の精霊」を意味し、つまりは土地の持つ本来の性質のことだ。「言い換えると、すでに自然が与えてくれているものを生かしつつ、それをさらに良くする、ということです。園芸では当然のことですが、植物はそれに適した環境に置くべきなんです。例えば沼地なら、酸性の環境を好む植物ですね」
ブラウンは仕事を始めて早い段階でグラデーションをつけたデザイン手法を編み出した、とフィブスさんは言う。これは、やり方としては難しいものではない。「家にいちばん近いところは短く刈り、そのほかは自由に伸び放題にしておくんです。池や、野生の動植物を手つかずに残しているようなスペースが少しあってもいいですね。それが、ブラウンがやっていたのと同じことなんですよ」
5. 風土にあった設計
その後、造園の仕事を続けていったブラウンは、設計を担当する敷地内を見て回り、「ゲニウス・ロキ」に従った庭作りを目指すようになった。「ゲニウス・ロキ」とはラテン語で「土地の精霊」を意味し、つまりは土地の持つ本来の性質のことだ。「言い換えると、すでに自然が与えてくれているものを生かしつつ、それをさらに良くする、ということです。園芸では当然のことですが、植物はそれに適した環境に置くべきなんです。例えば沼地なら、酸性の環境を好む植物ですね」
6. 塀をなくす
「ブラウンの後期の仕事では、風景のなかに集落をまるごと組み込むようになり、イングランド自体をひとつの美しい庭として捉えるようになりました。設計された庭園と、その向こうに広がる田舎の風景との境界線が、完全に消えてしまったんです。もう造園を超えた、意識の問題ですね。オルソープ、ベルヴォワ城、ミルトン・アビーはこの最たる例です」とフィブスさんは説明する。これほど美しい景色が庭の外に見えているなら、取り入れないのはもったいないというものだ。
では、一般家庭の都会の庭で、これほど美しい景色がない、という場合は?「そんなときは、隣近所に住む人と協力して、庭と庭の間のフェンスを取ってしまうんです。この手があったのか、と驚くはずですよ!」とフィブスさんは笑う。
ここからは、「イングリッシュガーデンの年」にちなみ、タイプの異なる3つのイングリッシュガーデンをご紹介しよう。それぞれが、ケイパビリティ・ブラウンとゆかりのある庭となっている。
「ブラウンの後期の仕事では、風景のなかに集落をまるごと組み込むようになり、イングランド自体をひとつの美しい庭として捉えるようになりました。設計された庭園と、その向こうに広がる田舎の風景との境界線が、完全に消えてしまったんです。もう造園を超えた、意識の問題ですね。オルソープ、ベルヴォワ城、ミルトン・アビーはこの最たる例です」とフィブスさんは説明する。これほど美しい景色が庭の外に見えているなら、取り入れないのはもったいないというものだ。
では、一般家庭の都会の庭で、これほど美しい景色がない、という場合は?「そんなときは、隣近所に住む人と協力して、庭と庭の間のフェンスを取ってしまうんです。この手があったのか、と驚くはずですよ!」とフィブスさんは笑う。
ここからは、「イングリッシュガーデンの年」にちなみ、タイプの異なる3つのイングリッシュガーデンをご紹介しよう。それぞれが、ケイパビリティ・ブラウンとゆかりのある庭となっている。
ケイパビリティ・ブラウンの影響
1. 歴史的な庭
こちらと続く3つの写真は、ハンプシャー州チョートンにある、小説家ジェーン・オースティンが暮らした家の庭。伝統的な英国カントリーコテージ風のスタイルで、ケイパビリティ・ブラウンが手掛けた庭とはかなり違うものだった。
しかし、『高慢と偏見』が出版される2年前の1811年、オースティンはブラウンが設計したチャツワースの庭園を訪れている。チャツワースのオーナーを含め、多くの人たちの考えでは、オースティンはこの庭を『高慢と偏見』に登場するダーシー氏の邸宅のモデルにしたということだ。先にも触れたが、この邸宅は2005年の映画版にも登場している。
小説の中で、エリザベス・ベネットが初めてペムバリーにやって来るシーンでは、屋敷までの私道が、いかにもブラウン風に曲がりくねって進むようすが描かれている。近づきながら期待を高め、そして突然、素晴らしい眺めが現れるようにデザインされているのだ。
「半マイルほどゆるい勾配をのぼってゆくと、やがてかなりの高台の上に出たが、森はそこでなくなり、谷の反対側に立っているペムバリー館が、たちまち目についた」と、オースティンは小説内で描いている。「館は大きな美しい石の建物で、高台にしっかりと立っており、うしろには樹木の茂った高い丘が連なっていた」
同じくだりには、ほかにもブラウンの特徴的な技法が垣間見えている。「建物の前には、自然のままで水かさの多い流れがいっそう大きくなってきていたが、人工を加えたふうは少しもなかった。(中略)エリザベスの心は晴れやかになった。これほど自然の妙が発揮され、またこれほど自然の美がまずい趣味のため傷つけられていない屋敷を、いままで見たことがなかった」
『高慢と偏見』からの引用の日本語訳はいずれも阿部知二訳『高慢と偏見』(河出書房新社)より
1. 歴史的な庭
こちらと続く3つの写真は、ハンプシャー州チョートンにある、小説家ジェーン・オースティンが暮らした家の庭。伝統的な英国カントリーコテージ風のスタイルで、ケイパビリティ・ブラウンが手掛けた庭とはかなり違うものだった。
しかし、『高慢と偏見』が出版される2年前の1811年、オースティンはブラウンが設計したチャツワースの庭園を訪れている。チャツワースのオーナーを含め、多くの人たちの考えでは、オースティンはこの庭を『高慢と偏見』に登場するダーシー氏の邸宅のモデルにしたということだ。先にも触れたが、この邸宅は2005年の映画版にも登場している。
小説の中で、エリザベス・ベネットが初めてペムバリーにやって来るシーンでは、屋敷までの私道が、いかにもブラウン風に曲がりくねって進むようすが描かれている。近づきながら期待を高め、そして突然、素晴らしい眺めが現れるようにデザインされているのだ。
「半マイルほどゆるい勾配をのぼってゆくと、やがてかなりの高台の上に出たが、森はそこでなくなり、谷の反対側に立っているペムバリー館が、たちまち目についた」と、オースティンは小説内で描いている。「館は大きな美しい石の建物で、高台にしっかりと立っており、うしろには樹木の茂った高い丘が連なっていた」
同じくだりには、ほかにもブラウンの特徴的な技法が垣間見えている。「建物の前には、自然のままで水かさの多い流れがいっそう大きくなってきていたが、人工を加えたふうは少しもなかった。(中略)エリザベスの心は晴れやかになった。これほど自然の妙が発揮され、またこれほど自然の美がまずい趣味のため傷つけられていない屋敷を、いままで見たことがなかった」
『高慢と偏見』からの引用の日本語訳はいずれも阿部知二訳『高慢と偏見』(河出書房新社)より
オースティンの自宅の庭は、今はジェーン・オースティン記念館の一部として一般公開されている。世話を担当する庭師のセリア・シンプソンさんは、オースティンが暮らした時代に入手できた花や木だけを選ぶよう努めている。染めものに使われる植物もあり、黄色・緑・茶色の染料がとれるティックシードや、赤色が出るアカネも含まれている。
オースティンが住んでいたときにこの庭で育てていた花の種類も、いくつか判明している。オースティンは姉のカサンドラに充てた手紙で、このように記している。「低木の植え込みは、もうすぐ一面がピンクや赤のナデシコでにぎやかになりそうです。オダマキはもう咲いているし、ライラックもそろそろです」
オースティンの甥にあたるジェームズ・エドワード・オースティン=リーさんは、オースティンの庭について「生垣と、砂利の散歩道、果樹園、そして長く伸びた芝生が不規則に入り混じった心地よい場所だった」と表現している。
こちらの景色では、見る人の目線は2つの植え込みの間を通って木陰のベンチのほうへと促される。ケイパビリティ・ブラウン風の「通景」とも言えるだろう。
こちらの景色では、見る人の目線は2つの植え込みの間を通って木陰のベンチのほうへと促される。ケイパビリティ・ブラウン風の「通景」とも言えるだろう。
2. ミッドセンチュリーのコミュニティガーデン
ミッドセンチュリーモダンのインテリアデザインから想像すると、当時の庭も同じくらいすっきりとミニマルなデザインだったに違いない、と思われるかもしれない。しかし、サリー州ウェイブリッジにある集合住宅プロジェクト、テンプルメアの共用ガーデンはちょっと違うようだ。
1963年完成のこちらの建物(以下4点の写真)には、65戸の住宅が含まれている。これは著名建築家エリック・リヨンズが考案し、〈スパン・デベロプメント〉が建設した73件のプロジェクトのうちの1つで、どれも同じような郊外の新築物件が多いなか、違ったスタイルを提案するという意図から生まれたものだ。
ミッドセンチュリーモダンのインテリアデザインから想像すると、当時の庭も同じくらいすっきりとミニマルなデザインだったに違いない、と思われるかもしれない。しかし、サリー州ウェイブリッジにある集合住宅プロジェクト、テンプルメアの共用ガーデンはちょっと違うようだ。
1963年完成のこちらの建物(以下4点の写真)には、65戸の住宅が含まれている。これは著名建築家エリック・リヨンズが考案し、〈スパン・デベロプメント〉が建設した73件のプロジェクトのうちの1つで、どれも同じような郊外の新築物件が多いなか、違ったスタイルを提案するという意図から生まれたものだ。
建物のトレードマークでもある大きな窓が、外の景色を内に取り入れながら、家を風景のなかに溶け込ませている。それぞれの家には小さな庭が付いているが、やはり中心となるのはいつも、美しくデザインされた共用庭園だった。住人のマシュー・バクスターさんは、このデザインにはケイパビリティ・ブラウンの作品と多くの共通点があると言う。バクスターさんはテンプルメア管理団体の1員で、リヨンの仕事上のパートナーであったワーナー・バクスターの息子でもある人物だ。
テンプルメアの前身となった約5万平方メートルの敷地は、もとは18世紀にブラウンの師であるウィリアム・ケントが設計した場所であり、テンプルメアはひときわブラウンとゆかりが深いと言える。新しい設計にも、この歴史への敬意が感じられる。「設計したデザイナーたちは、すでにそこにあったものを生かすことを大切にしています。お金がかかり、作業も複雑になってしまいますが、そのほうがずっと面白くなるんです」とバクスターさんは言う。
テンプルメアの前身となった約5万平方メートルの敷地は、もとは18世紀にブラウンの師であるウィリアム・ケントが設計した場所であり、テンプルメアはひときわブラウンとゆかりが深いと言える。新しい設計にも、この歴史への敬意が感じられる。「設計したデザイナーたちは、すでにそこにあったものを生かすことを大切にしています。お金がかかり、作業も複雑になってしまいますが、そのほうがずっと面白くなるんです」とバクスターさんは言う。
「ケイパビリティ・ブラウンの特徴的な庭の影響が見られる部分の1つは、美しい風景の場面が次々と現れてくるところ。とてもよく考えられていて、実に美しく、ケントの得意とする技法でもあります」とバクスターさんは言う。
「周囲を歩いていたり、車で入って来たりするとき、進む方向が変わるたびに、それまでと違う壮大な風景が目の前に登場する。直前まで隠されていて、突然現れることで、その風景がより素晴らしく見えるんです。最高の瞬間になるまで見せないように、うまく視界を妨げるものを配置する――これもデザインの技術なんです」
「周囲を歩いていたり、車で入って来たりするとき、進む方向が変わるたびに、それまでと違う壮大な風景が目の前に登場する。直前まで隠されていて、突然現れることで、その風景がより素晴らしく見えるんです。最高の瞬間になるまで見せないように、うまく視界を妨げるものを配置する――これもデザインの技術なんです」
「通路も、草の間にはまり込むように低く配置しているので、遠くからは目に入りません」とバクスターさん。写真の小道はカーブするにつれ見えなくなっており、この効果がよくわかる。さらに家から見たときに小道を目隠しするため、低木の植え込みが作られている。
テンプルメアの庭園(中には森と湖もある)には、オリジナルの植栽計画に可能な限り忠実な姿を保つため、使ってよい植物のリストが決められている、とバクスターさんは言う。低木類では、この写真にも見えるパンパスグラス、フォルミウム、ザイフリボク、ツルアジサイ、ゲッケイジュ、ツツジ。もともと植えられていた木はセコイア、シダー、シカモア、シラカバだったが、これに加えてナナカマドやヒイラなども使うことが認められている。ツタ、ラベンダー、ツゲも、下生えとして認められた植物だ。「花はありません」とバクスターさんは説明する。「これが、デザインのカギなんです。設計を手掛けた人たちは、植物を独立したものとしてではなく、彫刻的に捉えていて、風景を隠して驚きを演出するもの、形を作る素材だと考えてたのでしょう」
テンプルメアの庭園(中には森と湖もある)には、オリジナルの植栽計画に可能な限り忠実な姿を保つため、使ってよい植物のリストが決められている、とバクスターさんは言う。低木類では、この写真にも見えるパンパスグラス、フォルミウム、ザイフリボク、ツルアジサイ、ゲッケイジュ、ツツジ。もともと植えられていた木はセコイア、シダー、シカモア、シラカバだったが、これに加えてナナカマドやヒイラなども使うことが認められている。ツタ、ラベンダー、ツゲも、下生えとして認められた植物だ。「花はありません」とバクスターさんは説明する。「これが、デザインのカギなんです。設計を手掛けた人たちは、植物を独立したものとしてではなく、彫刻的に捉えていて、風景を隠して驚きを演出するもの、形を作る素材だと考えてたのでしょう」
3. 現代の庭
ノースヨークシャー州にある壮麗なリージェンシー様式の邸宅、スキャンプトン・ホール。ブラウンの設計した、なだらかに広がるおよそ32ヘクタールの緑地庭園の中にあるのが、壁に囲まれたこちらの庭だ。ここは、ブラウンが周囲の緑地庭園を1782年に改装したときに新たに作ったと考えられている部分で、1999年、オランダ人の著名な園芸デザイナー、ピート・オウドルフが現在のデザインに作り上げた(以降5点の写真)。オウドルフはほかにも、ニューヨークの空中公園ハイライン、アイルランドのコーク州の庭、スウェーデンのエンシェーピングの公立公園を手掛けており、造園界の新しい動きであるニューペレニアル派(新多年草派)のさきがけとしても知られている。
ノースヨークシャー州にある壮麗なリージェンシー様式の邸宅、スキャンプトン・ホール。ブラウンの設計した、なだらかに広がるおよそ32ヘクタールの緑地庭園の中にあるのが、壁に囲まれたこちらの庭だ。ここは、ブラウンが周囲の緑地庭園を1782年に改装したときに新たに作ったと考えられている部分で、1999年、オランダ人の著名な園芸デザイナー、ピート・オウドルフが現在のデザインに作り上げた(以降5点の写真)。オウドルフはほかにも、ニューヨークの空中公園ハイライン、アイルランドのコーク州の庭、スウェーデンのエンシェーピングの公立公園を手掛けており、造園界の新しい動きであるニューペレニアル派(新多年草派)のさきがけとしても知られている。
「ニューペレニアルの大きな特徴は、多年性の草本植物や草を大量にまとめて使うことと、季節に合わせてその変化を楽しむことです」と、ガーデンデザイナーのクローディア・ド・ヨングさんは説明する。この写真にも見られるように、スキャンプトンでは、草が吹き寄せられたように固めて植えられた部分、多年草の牧草地風の部分、草本植物を使った植え込みなどが組み合わされている。
「草は、生垣だと静的になってしまうところに動きをつけてくれます。それに、季節ごとに草の色が変わるので、深いオレンジ色や鮮やかな赤、柔らかなブラウンになったりと、より多彩な味わいがあります」と、ド・ヨングさんは言う。「生垣の深いグリーンの背景に草の質感、という取り合わせもすごく効果的で、麦畑や麦わらを思い起こさせてくれます」
「草は、生垣だと静的になってしまうところに動きをつけてくれます。それに、季節ごとに草の色が変わるので、深いオレンジ色や鮮やかな赤、柔らかなブラウンになったりと、より多彩な味わいがあります」と、ド・ヨングさんは言う。「生垣の深いグリーンの背景に草の質感、という取り合わせもすごく効果的で、麦畑や麦わらを思い起こさせてくれます」
ご覧のとおり、広い空間では素晴らしい効果を発揮するスタイルだが、たとえ小さな庭でも、「草原風の植栽を加えることで、庭で花を見られる時期が長くなります。それに草を使えば、形を作ったり、動きを出したりすることもできます」と、ド・ヨングさんは言う。
「刈りそろえた生垣は、庭に規律ある構造つくりだします。さらに常緑樹なら、冬には庭全体の見た目を底上げしてくれる効果もありますね」とド・ヨングさん。「それから、冬もそのまま残しておける柔らかい草のたぐいは、霜が葉の先におりて美しいものです。構造的な部分と、流れるような柔らかい動きとを組み合わせることで、腰を下ろしたときに『植物に囲まれている』と感じるような演出をすることがポイントです。広い植栽エリアがあるなら、草を植えた花壇をいくつも配置して空間をまとめることもでき、刈らなければ冬もそのままの形で残ります」
「刈りそろえた生垣は、庭に規律ある構造つくりだします。さらに常緑樹なら、冬には庭全体の見た目を底上げしてくれる効果もありますね」とド・ヨングさん。「それから、冬もそのまま残しておける柔らかい草のたぐいは、霜が葉の先におりて美しいものです。構造的な部分と、流れるような柔らかい動きとを組み合わせることで、腰を下ろしたときに『植物に囲まれている』と感じるような演出をすることがポイントです。広い植栽エリアがあるなら、草を植えた花壇をいくつも配置して空間をまとめることもでき、刈らなければ冬もそのままの形で残ります」
「大小に関わらず、水を使ったオーナメントが中心にあるといいですね。水がめのような小さな噴水でも、植栽エリアの雰囲気が変わり、庭の中心に視線が引き寄せられます」と、ド・ヨングさんは言う。「台に載せたバードバスを真ん中に置くだけでも効果はあります。地上に作るタイプの、レンガを積み上げた小さな池もいいでしょう。そしてどんな水場でも、周囲に草を植えることで動きを出すことができます」
こちらの写真が、草の部分を横から見た眺め。フロミス・ルッセリアナ、ジェラニウム、アキギリ属(セージなど)、エキナセア・パリダなどの植物が使われている。「この雰囲気を作るには、まとめてたくさん植えることが大切です」と、ド・ヨングさんは説明する。「1種類の植物を15株、またはそれ以上でも、ためらわずに植えてください。それから、色は遠くに行くにつれて徐々に淡くなるようにすること。鮮やかな色は、視線を止めてしまいますから」
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季節ごとの庭づくりやメンテナンス、どうすればいい?1年のガーデニングまとめ
文/藤間紗花
季節によって、必要となる庭の手入れや、植え付けられる植物などは異なります。シーズンごとのガーデニングについて、これまでご紹介した記事をまとめてお届けします。
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造園・ガーデニング
庭づくりをプロに依頼する前に知っておきたい、コストとメリット
文/藤間紗花
庭づくりをプロに依頼するのには、どのようなメリットあるのでしょう?また、どのくらいの費用が必要になるのでしょう?4人の専門家の方々にインタビューしました。
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造園・ガーデニング
お手入れが楽な庭をつくるには?
文/舩村佳織
忙しいと、ついつい後回しになってしまう庭のお手入れ。育てやすい植物や、水まきのアイテムなど、お手入れを少しでも楽にするためのアイデアをご紹介します。
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植物
冬にしかできない作業を忘れずに行い、来春に備えよう【12月のガーデニング】
文/舩村佳織
庭仕事の中でも大切な剪定や土づくりの時期。地味な作業をしっかり行って来春の景色をより良いものにしましょう。
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造園・ガーデニング
専門家が教える、来年の庭を劇的に変える秋の庭仕事
文/舩村佳織
庭づくりを始めるのに、秋は遅すぎると思っていませんか? 秋の庭仕事は、来年の庭を美しく演出してくれます。
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植物
バスルームで観葉植物を育てるポイント
文/舩村佳織
一日の始まりや終わりにリラックスするバスルーム。浴室の環境でも育てやすい観葉植物を取り入れて、より充実したバスタイムを楽しんでみましょう。
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Hello!
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