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アーティストのアトリエを独自の切り口で撮る。南仏出身の写真家フランソワ・アラール
40年にわたりサイ・トゥオンブリー、ルイーズ・ブルジョワら著名アーティストの部屋を撮影してきた写真家が、NYの写真家ソール・ライターの部屋を撮影。そのインテリア写真からは、創作活動の痕跡だけでなく、アーティストの内面までもが伝わってきます。
河内タカ|Taka Kawachi
2017年10月31日
河内タカ 高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し、展覧会のキュレーションや写真集の編集を数多く手がけ2011年に帰国。アマナの写真コレクションのディレクターに就任。2016年には自身の体験を通したアートや写真のことを綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行した。現在は、京都便利堂において写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した業務に携わっている。
河内タカ 高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し、展覧会のキュレーションや写真集の編集を数多く手がけ2011年に帰国。アマナの写真コレクションのディレクターに就任... もっと見る
ぼくは20代から30代初めまでニューヨークに住みながら絵を描く日々を送っていたことがある。最初のアトリエがブルックリンのユダヤ人街のど真ん中、それから晴れてマンハッタンのチェルシーホテルの目の前にあったビルの10階、その後はイーストヴィレッジに移ってしばらく制作をしていた。しかしながら、次第に自分の才能に限界を感じてしまいやがて絵を描くことを辞めてしまったわけだが、今でも油絵の溶き油の匂いを嗅ぐと反射的に当時のアトリエでの生活を懐かしく思い出してしまう。
あの頃、同年代のアーティストたちのアトリエを頻繁に訪れ、時には著名な画家のスタイリッシュなスタジオにも行ったこともあった。どのアトリエにも共通していたことは、壁に好きな作品のポストカードや新聞の切り抜きなどがランダムに貼られ、床にはパレットではなく絵の具を入れたプラスティックのコップや紙皿が点在し、テーブルには開きっぱなしの画集や小説や詩集、そして心地よいクラシックや乗りのいいロックミュージックがガンガン流れていたことだ。一方、絵を描かない場所、つまりリビングルームやベッドルームには自らの審美眼で選んだ品々や思い出の詰まった骨董品や家具や照明に加えてお気に入りの自作も飾ってあり、ものを生み出すクリエイター特有の空間作りがさりげなく演出されていた。そう、アーティストたちにとってアトリエはただの作業場ではなく自分の内面を表す場でもあるのだ。
そんなアーティストたちのアトリエや自宅をすでに40年近くも撮り続けているのが、南仏アルル出身の写真家フランソワ・アラールだ。これまで数多くの写真集を出版してきたアラールが撮る作品が魅力に溢れているのは、好きな画家や写真家たちのことをもっと知りたいというどこか子供のような探究心があり、その延長として彼らの個性や内面までもアトリエ撮影を通して写しているに他ならない。例えば、イタリアで生涯に渡って制作し続けていたサイ・トォンブリーのアトリエ写真は、まるで画家の視線と日常生活に同化するかのように、自然光に満ちた部屋の中に置かれた何気ない静物や外界のぼんやりとした風景などを撮っていたりしてそれがなぜか心に残ってしまうのである。
アラールの写真はインテリア雑誌に載っているような類のものとは異なり、どことなくアンニュイさが漂っていたりするのが特徴といえば特徴なのだが、ぼくには彼がなにを意図としてそういった写真を撮っているのか分かる気がする。それは、なんというか、ぼく自身がアーティストたちのアトリエに訪れたときに抱く印象をそのまま写真にしているような、よくあるピントがあって構図が整っている室内写真とは一線を画する一種独特ともいえる場の雰囲気と温度感に満ちているのだ。
“アーティストの気持ちが理解できる写真家” であるそのアラールが、今回新たに撮り下ろしたアトリエというのが、商業写真の表舞台から自ら姿を消したことで知られ、今年の春に東京で展覧会が行われセンセーションを巻き起こしたニューヨークの画家であり写真家だったソール・ライターのアトリエ兼住まいだ。ソール・ライターは2013年に89歳ですでに亡くなってしまったのだが、商業カメラマンとしての輝かしいキャリアを58歳でぱったりと閉じ表舞台から姿を消した後、亡くなるまでの30年の間、イーストヴィレッジのアパートで絵を描き、好きな写真を自由気ままに撮りながら愛猫と静かに暮らしていた。
今も生前の頃に近い状態で残されているその空間を、アラールは2015年の雪の降る冬の日を選んで撮影を敢行した。それが今回『Saul Leiter』というタイトルで写真集が出版されたわけだが、壁や天井のペンキが剥げた年季の入った部屋をいつもの温かみのある色合いによって撮り下ろしている。「無視されることは偉大な特権である」と生前語っていたライターゆえに、もし彼が生きていたら自分のアトリエを撮影するアラールの横で「こんな散らかり放題の家を撮ってなにが面白いんだ」と訝しがる姿を想像してしまったりもするわけだが……。
世捨て人的な半生を送ったライターが残した痕跡を静かに炙り出すかのように撮ったアラールの写真を繰り返し見ていると、前述したようにアーティストのアトリエというのは自分の内面が現れる場所だということがよく分かる。だからだろうか、ぼく自身は自分のアトリエをじっくりと見られることが正直恥ずかしかったけれど、しかし今思えば、あの頃の自分を一番表現していたのがまさに朝から晩まで絵を描いていた絵の具の匂いに満ちたアトリエであったということは間違いなく、アラールの写真を見ながらニューヨーク時代の思い出にしばし浸ってしまったのである。
フランソワ・アラール François Halard(写真家)
1961年フランスのアルル生まれ。これまでサイ・トゥオンブリーやルイーズ・ブルジョワ、近年ではルイジ・ギッリやリチャード・アヴェドン、ジュリアン・シュナーベルといったアーティストたちのアトリエや自宅などを撮影してきた。米版ヴォーグやニューヨーク・タイムズ、AD(Architectural Digest) などで活躍し、世界で最も卓越した建築写真家の一人と評価されている。光と影によって彩られる雰囲気が漂うアラールの作品はこれまで数多くの写真集となり、世界中のギャラリーや美術館の展覧会などで展開されてきた。最新作として、今回の記事で紹介されているソール・ライターの自宅を撮った写真集『Saul Leiter』がスウェーデンとパリを拠点とする出版社LIBRARYMANより今秋に刊行されたばかり。
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