Houzzツアー:東京の閑静な住宅地に誕生した現代の長屋《にしはらのながや》
林立する4棟に5戸というユニークな間取りとフォルムをもった集合住宅です。日本の昔の「長屋」のような、あたたかいコミュニティを育む場所をつくりたいという施主の思いが、そのままかたちとなっています。
Naoko Endo
2015年12月16日
出版社、不動産ファンド、代理店勤務を経て、フリーランス・ライター。
個人ブログ「a+e」http://a-plus-e.blogspot.jp/
出版社、不動産ファンド、代理店勤務を経て、フリーランス・ライター。
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古い家を取り壊し、賃貸住宅に建て替えようとするとき、施主の頭をよぎるのが、借りてくれる人が現れてくれるだろうか、コンスタントに家賃収入を持続できだろうかという心配事だろう。シェアハウスという第三の住まい方も台頭してきている昨今、建物の大小に限らず、他所との差異化を図る市場の動きもみられる。
今回紹介する賃貸住宅は「ながや(長屋)」を名乗っている。落語の噺のなかには頻繁に登場する人々の生活舞台だが、現代では珍しい。廊下や階段などの共有部はなく、オーナー住居を含めた5戸それぞれが独立している低層集合住宅。高級住宅地に近く、都心へのアクセスも便利なため、家賃は決して安くない。にもかかわらず、空室期間が1ヶ月あいたことがないという。現地《にしはらのながや》を訪ね、オーナー夫妻と設計者に話を聞いた。
今回紹介する賃貸住宅は「ながや(長屋)」を名乗っている。落語の噺のなかには頻繁に登場する人々の生活舞台だが、現代では珍しい。廊下や階段などの共有部はなく、オーナー住居を含めた5戸それぞれが独立している低層集合住宅。高級住宅地に近く、都心へのアクセスも便利なため、家賃は決して安くない。にもかかわらず、空室期間が1ヶ月あいたことがないという。現地《にしはらのながや》を訪ね、オーナー夫妻と設計者に話を聞いた。
立地は都内の閑静な住宅地の高台。《にしはらのながや》はなんとも不思議なかたちをしている。それぞれ高さの異なる4つの棟が敷地の四隅に建ち、斜めの回廊で繋がっている。壁も上にいくほど傾斜がついている。この4棟に5戸が入っているのだが、間取りがどうなっているのか、外からは見当もつかない。
どんなHouzz?
《にしはらのながや》
居住形態:長屋(オーナー邸+賃貸4戸)
所在地:東京都渋谷区(第一種低層住居専有地域)
設計:O.A.D. 岡 由雨子+有限会社川久保智康建築事務所 川久保智康
施工:岡建工事株式会社
延床面積:270.41平方メートル
竣工:2011年6月
《にしはらのながや》
居住形態:長屋(オーナー邸+賃貸4戸)
所在地:東京都渋谷区(第一種低層住居専有地域)
設計:O.A.D. 岡 由雨子+有限会社川久保智康建築事務所 川久保智康
施工:岡建工事株式会社
延床面積:270.41平方メートル
竣工:2011年6月
建物は地下1階+地上3階建て。 ブルーの部分がオーナー邸で、夫妻とお母様が暮らしている。 外から見えた回廊は共有部ではなく、メゾネット形式の賃貸住宅の一部であった。
こちらがオーナー邸。4メートルほど掘り下げた半地下の奥に玄関がある。石貼りの中庭と一体になるようにして、モルタル土間がダイニング、リビングと連続している。
土間には床暖房が入っており、冬でも暖かい。逆に夏場はひんやりと涼しい。高低差をつけて設置した窓を開け放てば、風が自然と通り抜けていく。この夏の猛暑も、それほどクーラーを使わずに乗り切ったというからうらやましい。
土間には床暖房が入っており、冬でも暖かい。逆に夏場はひんやりと涼しい。高低差をつけて設置した窓を開け放てば、風が自然と通り抜けていく。この夏の猛暑も、それほどクーラーを使わずに乗り切ったというからうらやましい。
敷地の北側に位置しているとは思えないほど室内は明るい。中庭の面した掃き出し窓以外にも、北側に設けられたドライエリア(坪庭)の白い壁をバウンドして、柔らかな光が入ってくるためだ。
かつてこの地には、オーナー夫妻の親戚が住む古い家が建っていた。建て替えることになったとき、専門業者に委託するのが一般的なところ、夫妻は自分たちで計画の絵図面をひいた。
「今の時代、パソコンを使えば個人でもある程度のことは調べられます。建ぺい率や容積率などから最大の延べ床面積を割り出したり、税金負担の少ない建て方を検討したり。どんな物件が近隣で人気が高いのかは、 実際に不動産屋をみてまわりました。それらのデータをもとに、僕らにはできないハードの設計を、建築家に相談したのです。建設費と竣工後の家賃収入のバランスがとれることを第一に、将来は間仕切り壁を変更できたり、設備メンテナンスもしやすい、私たちと借り手が長く住める、真にサステナブルな”ながや”を設計してほしいと。数々の難題に取り組んでくれたのが、O.A.Dの代表を務める岡 由雨子さんでした」(オーナー夫妻談)
「今の時代、パソコンを使えば個人でもある程度のことは調べられます。建ぺい率や容積率などから最大の延べ床面積を割り出したり、税金負担の少ない建て方を検討したり。どんな物件が近隣で人気が高いのかは、 実際に不動産屋をみてまわりました。それらのデータをもとに、僕らにはできないハードの設計を、建築家に相談したのです。建設費と竣工後の家賃収入のバランスがとれることを第一に、将来は間仕切り壁を変更できたり、設備メンテナンスもしやすい、私たちと借り手が長く住める、真にサステナブルな”ながや”を設計してほしいと。数々の難題に取り組んでくれたのが、O.A.Dの代表を務める岡 由雨子さんでした」(オーナー夫妻談)
賃貸住宅のひとつ、Bタイプ(46.19平米)の間取りをみていこう。A棟にある玄関ドアを開けた1階がキッチンとダイニング。隣のB棟につながる階段がのびている。
階段を渡った先がB棟の1階で、トイレと浴室がある。その上の階が寝室、さらに階段を上がっていくと屋上に出る。
小さいながらも視界が360度ひろがり、西の山々と富士山、東の東京スカイツリーまで遠望できる、専有のルーフテラス。高さ1.1メートルの壁(パラペット)で四方が囲われているので、晴れた日にこのウッドテラスに寝転ぶと、青空が四角く切りとられる。ジェームズ・タレルの作品に例えた人もいるという。
北側2棟の屋上は、躯体のパラペットではなく、設計者がデザインしたスチールフェンスで囲われている。隣家の日照を確保する北側斜線の規制をクリアするためだ。傾斜がキツくなる屋根が内部空間を圧迫せずに済み、外観の個性と美しさを保っている。30〜40センチのセットバックをかけて壁を斜めにしたのも、見上げたときの圧迫感を軽減し、陽ざしをより享受しやすくする効果を狙った。
上と下の写真:C棟 1階 Cタイプ 内観(スキップフロアに繋がる階段が左右に分かれている)
建物の規模としては地下1階+地上3階建てだが、そうシンプルに言い切れない構造であることが、読者にもおわかりいただけたと思う。「設計も苦労しましたが、現場の職人さんたちがもっと大変でした」と、岡氏は施工当時を振り返る。墨出しと呼ばれる作業が激増したのに加え、目的のフロアに行くにはどのドアから入ってどの階段をつかえばいいのか、搬入路がわかりにくいのだ。現場作業所に置かれていた白い縮尺模型は、工事が終わる頃には使い込まれて真っ黒になったという。
職人泣かせとなった特異な内外観は、プレゼンの初期段階で、岡さんが見せた4案の模型を前にしたオーナーが「この4つの家が渡り廊下で結ばれたら面白いのでは」と提案したのがきっかけ。「その時は施工が大変なことになるとは思いもしませんでした」と夫妻も岡さんも思わず笑う、何気ないアイデアから、北側の住まいに陽が入るようになり、風も通り道も。なによりも中庭を内包した"ながや"らしい路地空間が誕生した。
職人泣かせとなった特異な内外観は、プレゼンの初期段階で、岡さんが見せた4案の模型を前にしたオーナーが「この4つの家が渡り廊下で結ばれたら面白いのでは」と提案したのがきっかけ。「その時は施工が大変なことになるとは思いもしませんでした」と夫妻も岡さんも思わず笑う、何気ないアイデアから、北側の住まいに陽が入るようになり、風も通り道も。なによりも中庭を内包した"ながや"らしい路地空間が誕生した。
計画当初から夫妻がイメージしていたという"ながや"の原風景は、パリでの生活に遡る。「友人が昔ながらの集合住宅に住んでいたので、何度か遊びに行きました。見た目は外部に対して閉じていても、内部には適度なコミュニティが形成されているのです。休日になると、人々がワインやチーズなどを持ち寄って、会話を楽しむ大人たちのまわりで、子どもたちが元気に駆け回っている。そんな雰囲気が再現できたらいいなと」。
パリで楽しんだパーティを開くことはないが、ここ《にしはらのながや》では、5世帯それぞれの生活が尊重され、ほどよい距離間が保たれている。
パリで楽しんだパーティを開くことはないが、ここ《にしはらのながや》では、5世帯それぞれの生活が尊重され、ほどよい距離間が保たれている。
重要な役割を果たしているのが、互いの視線が交差しないように設計された複雑なスキップフロアと、大小の窓の配置だ。「閉ざしつつも開放感のある住まい」というオーナー夫妻の希望を叶え、視線が交差しないように計算して配置しただけでなく、室内に差し込む陽光が刻々と変化し、季節の移ろいも感じられる窓だと、夫妻は設計者のセンスを絶賛する。
「その日の陽当たりや風の通り具合、その時の気分によって、今日はここで食事をしようとか、階段に座って読書したり、空間をどう使うかは住まい手の自由。その人ならではの居場所をつくれるようにしたつもりです」とオーナー夫妻と岡さんは口を揃える。 計画の初期段階で、夫妻が岡さんに伝えたコンセプトのひとつに「自分が猫になったと仮定して、それでも心地良いと感じるような空間」というのがあったそうだが、後述のエピソードが物語るように、つかず離れず、住まい手同士の距離感もどこか「猫的」なものに。
「その日の陽当たりや風の通り具合、その時の気分によって、今日はここで食事をしようとか、階段に座って読書したり、空間をどう使うかは住まい手の自由。その人ならではの居場所をつくれるようにしたつもりです」とオーナー夫妻と岡さんは口を揃える。 計画の初期段階で、夫妻が岡さんに伝えたコンセプトのひとつに「自分が猫になったと仮定して、それでも心地良いと感じるような空間」というのがあったそうだが、後述のエピソードが物語るように、つかず離れず、住まい手同士の距離感もどこか「猫的」なものに。
「夕暮れどき、いずれかの屋上で、ナイフとフォークを使っているようなカチャカチャという音が、上のほうから聞こえてくることがあります。おそらく誰かが屋上にテーブルを出してディナーを楽しんでいる。建て主としてこのうえない幸せを感じる瞬間です。我が家ではローズマリーの鉢植えを育てているのですが、つい先日、住民のひとりから『このあいだ料理してるときに勝手にいただいちゃいました!』と言われまして。怒るなんてとんでもない。心から嬉しかったです」とオーナー夫妻は満面の笑み。
オーナー夫妻と、その意をくんだ設計者の岡さんのさりげない気配りは、《にしはらのながや》のあちらこちらにみられる。ガラス窓に掛かっているインテリアは、オーナー夫妻がオシャレな目隠しを探して用意したもの。ロナン&エルワン・ブルレック兄弟がデザインした〈Algue〉(アルギュ:海草の意)である。
借り手のことを第一に考える気持ちは、部屋を探している側にも通じるものだ。竣工以来、空きが出ても1ヶ月と経たずに契約が決まるというのも素直に頷ける。
借り手のことを第一に考える気持ちは、部屋を探している側にも通じるものだ。竣工以来、空きが出ても1ヶ月と経たずに契約が決まるというのも素直に頷ける。
夫妻の配慮は周囲の町並みにも。外装は当初、白く塗装する計画だったが、周囲の町並みから浮いてしまうのではないかとの懸念から、最後まで決めかねた。検討を重ねた末、モロッコの土壁建築をイメージした落ち着いた色に。
「旧市街にあるリアドと呼ばれるホテルに泊まったとき、街全体に流れるアザーン(人々に礼拝の時間を告げる呼びかけ)を聴きながら、朝食をとったときの美しい情景が忘れられません。パラペットが立ち上がった屋上テラスは、彼の地の朝の光景と似たものになりました」とオーナー夫妻。《にしはらのながや》がどこか異国的な情緒をまとっているのは、そのためかもしれない。
「旧市街にあるリアドと呼ばれるホテルに泊まったとき、街全体に流れるアザーン(人々に礼拝の時間を告げる呼びかけ)を聴きながら、朝食をとったときの美しい情景が忘れられません。パラペットが立ち上がった屋上テラスは、彼の地の朝の光景と似たものになりました」とオーナー夫妻。《にしはらのながや》がどこか異国的な情緒をまとっているのは、そのためかもしれない。
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オーナーのご夫妻が描いた絵図面をベースに、この住まいが実現したんですか。すごいなあ。
モダンなのに街並みにとけこんでいるように見えて素敵です。