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5分でわかるデザイン様式:職人の手仕事への回帰、アーツ&クラフツスタイル
19世紀後半、中世のものづくり精神に立ち返り、手仕事を尊重したアーツ&クラフツスタイルが登場。当時の日本ブームやウィリアム・モリスの活躍を交えて解説します。
西谷典子|Noriko Nishiya
2017年1月28日
アーツ&クラフツ様式は、英国ヴィクトリア時代の後半、1880年代から確立されたスタイルですが、その萌芽は19世紀半ば、画家のダンテ=ガブリエル・ロセッティらが結成した芸術家集団の思想にありました。ミケランジェロやラファエロ以前の時代を題材とした絵画を発表したこの「ラファエル前派」は、中世や自然への回帰を理想としていました。ラファエル前派の解散後、この考えはロセッティを慕って集まった若き芸術家たちによって継承されます。のちに室内装飾家や詩人として多彩な活躍をすることになるウィリアム・モリスと、その友人の美術家、エドワード・バーン=ジョーンズたちです。機械化による大量生産が進むいっぽうで、昔ながらの職人の手仕事がいつの間にか置き去りにされ、質の低い品も出回るようになっていた当時の状況を危惧した彼らは、中世の職人のものづくり精神を理想としたデザイン・制作活動を行います。
理想を掲げたモリスと仲間たちのデザイン会社
写真は1880年代頃のアーツ&クラフツ様式の特徴がよく表れたインテリアです。左手前のドアにはめ込まれたステンドグラスは中世の手仕事をお手本に制作されたタイプで、モチーフはジャポニズムの影響を受けた日本的な花鳥風月です。照明も中世のゴシックテイストを取り入れています。
1861年、モリスはロセッティやバーン=ジョーンズ、建築家フィリップ・ウェッブなど仲間と7人で、家具や装飾品を作る会社を共同設立。彼らのモットーは、職人に公正な賃金を払い、一般の人々にも買えるリーズナブルな商品を作ることであり、機械による大量生産ではなく、中世にならった職人による手作業にこだわりました。近代化による合理化一辺倒の社会風潮に疑問を呈し、高い職人技術が尊重されていたよき時代に戻ろうという思想が背景にあったのです。
写真は1880年代頃のアーツ&クラフツ様式の特徴がよく表れたインテリアです。左手前のドアにはめ込まれたステンドグラスは中世の手仕事をお手本に制作されたタイプで、モチーフはジャポニズムの影響を受けた日本的な花鳥風月です。照明も中世のゴシックテイストを取り入れています。
1861年、モリスはロセッティやバーン=ジョーンズ、建築家フィリップ・ウェッブなど仲間と7人で、家具や装飾品を作る会社を共同設立。彼らのモットーは、職人に公正な賃金を払い、一般の人々にも買えるリーズナブルな商品を作ることであり、機械による大量生産ではなく、中世にならった職人による手作業にこだわりました。近代化による合理化一辺倒の社会風潮に疑問を呈し、高い職人技術が尊重されていたよき時代に戻ろうという思想が背景にあったのです。
アーツ&クラフツスタイルの誕生
彼らのデザインスタイルは、当時リバイバルしていたゴシック様式を簡素化したものがベースでした。建築、ステンドグラス、テキスタイル、家具などの室内装飾品まで、多岐にわたるデザインと制作は、各メンバーの得意分野で役割を分担していました。芸術性も職人技術も高い作品の数々を世に送り出した彼らのスタイルは、その後「アーツ&クラフツスタイル」と呼ばれるようになります。
写真はアーツ&クラフツスタイルの家の典型的な外観です。ゴシック様式の大聖堂の屋根のような急勾配の屋根、チューダー様式の煙突を特徴としたこのタイプの建築は、このあと1920年代まで長く人気を集めました。
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中世に誕生したゴシックデザイン
英国で花開いたチューダースタイル
彼らのデザインスタイルは、当時リバイバルしていたゴシック様式を簡素化したものがベースでした。建築、ステンドグラス、テキスタイル、家具などの室内装飾品まで、多岐にわたるデザインと制作は、各メンバーの得意分野で役割を分担していました。芸術性も職人技術も高い作品の数々を世に送り出した彼らのスタイルは、その後「アーツ&クラフツスタイル」と呼ばれるようになります。
写真はアーツ&クラフツスタイルの家の典型的な外観です。ゴシック様式の大聖堂の屋根のような急勾配の屋根、チューダー様式の煙突を特徴としたこのタイプの建築は、このあと1920年代まで長く人気を集めました。
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建築とインテリアの実験的空間《レッドハウス》
モリスとフィリップ・ウェッブが共同で設計した、モリスの新居《レッドハウス》(写真)も、アーツ&クラフツスタイルを体現した家でした。急な勾配の屋根と赤レンガが特徴の、フランスのゴシック建築をヒントにした外観で、大きく頑丈に作られた煙突はイギリスのゴシック、チューダー様式に見られる特徴です。壁紙、ステンドグラス、家具、ビルトイン式のキャビネットなど、インテリアデザインもすべて仲間で分担し、中世のスタイルを踏襲して手作業で作られました。当時のモリスの自宅は、彼らのビジネスの実験的な空間でもあったのです。
モリスとフィリップ・ウェッブが共同で設計した、モリスの新居《レッドハウス》(写真)も、アーツ&クラフツスタイルを体現した家でした。急な勾配の屋根と赤レンガが特徴の、フランスのゴシック建築をヒントにした外観で、大きく頑丈に作られた煙突はイギリスのゴシック、チューダー様式に見られる特徴です。壁紙、ステンドグラス、家具、ビルトイン式のキャビネットなど、インテリアデザインもすべて仲間で分担し、中世のスタイルを踏襲して手作業で作られました。当時のモリスの自宅は、彼らのビジネスの実験的な空間でもあったのです。
モリスたちは1862年、ロンドンで開かれた万国博覧会に、《レッドハウス》で試作した中世モチーフのペイント家具や装飾品を出展し、成功をおさめました。特にバーン=ジョーンズが手がけたステンドグラスは大好評。中世の製法による厚いガラスを使った、繊細な色の表現が特徴でした。19世紀当時の進化した製法で作られたガラスはフラットで透明度が高く、光の入り方が直線的で、彼らの目指す独特の深みのある色が出なかったのです。モリスたちは当時すっかり忘れ去られていた中世の手作りガラスの再現に取り組み、妥協することなく微妙な色合いにこだわり続けました。
職人技術と植物文様、ジャポニズムの影響
ロンドン万博の展示会場では、元駐日英国大使のプライベートコレクションとして展示された、日本の工芸品が大変な人気を集めていました。長い鎖国を終えたばかりの当時の日本の、精密な彫刻と刷版の技術を結集したカラフルな浮世絵や、漆器に描かれた繊細で美しい植物のモチーフは、西洋人にとって極めて斬新で革命的な芸術だったのです。
ロンドン万博の展示会場では、元駐日英国大使のプライベートコレクションとして展示された、日本の工芸品が大変な人気を集めていました。長い鎖国を終えたばかりの当時の日本の、精密な彫刻と刷版の技術を結集したカラフルな浮世絵や、漆器に描かれた繊細で美しい植物のモチーフは、西洋人にとって極めて斬新で革命的な芸術だったのです。
日本の素晴らしい工芸品は、機械で大量生産されたものを見慣れたヨーロッパ人にとって、忘れかけていた職人による技術の重要性を思い出させるきっかけになり、日本の様式は「ジャポニズム」と呼ばれ、一大ブームになります。日本のクラフツマンシップとともに、木や草花、昆虫や魚などのモチーフを、簡素に美しく描いた浮世絵や掛け軸はこの時期、西洋の芸術文化に大きな影響を与えました。ジャポニズムはやがて、モリスのデザインにも反映されるようになります。
モリス独自のデザインの開花
仲間と別れ、1875年に単独で設立した〈モリス商会〉において、モリスは以後、壁紙やテキスタイル、ステンドグラス、刺繍のタペストリー、カーペットなど室内装飾品のデザインと制作に精力を注ぎます。ジャポニズムから影響された自然の風物や、ルネサンス期のクラシックなデザインを融合し、ウィリアム・モリス独自のスタイルを生み出しました。彼の作品は、アーツ&クラフツ様式の典型的なデザインとして、現代でもよく知られています。
仲間と別れ、1875年に単独で設立した〈モリス商会〉において、モリスは以後、壁紙やテキスタイル、ステンドグラス、刺繍のタペストリー、カーペットなど室内装飾品のデザインと制作に精力を注ぎます。ジャポニズムから影響された自然の風物や、ルネサンス期のクラシックなデザインを融合し、ウィリアム・モリス独自のスタイルを生み出しました。彼の作品は、アーツ&クラフツ様式の典型的なデザインとして、現代でもよく知られています。
たとえば、上の写真の壁紙の柄《いちご泥棒》、左の写真のクッションの柄《ピンパネル》は、いずれもモリスの代表的なテキスタイルデザインです。中世の制作方法にもこだわったモリスは、ファブリックの色を自然の染料で表現し、アカンサス(葉あざみ)の葉や小鳥など、中世のタペストリーに登場するモチーフをデザインに多く取り入れました。
植物や自然の風物をモチーフとしたモリスのテキスタイルには普遍的な魅力があり、デザインされてから百数十年経った今でも多くのファンに愛されています。当時のままのデザインもあれば、現代風のアレンジを施した新デザインも数年ごとに発表され、アーツ&クラフツスタイルの息吹を現代のインテリアに運んでくれます。
田園回帰とカントリー風のデザイン
モリスがそうだったように、この時代、ロンドンに住んでいた芸術家たちが、コッツウォルズや湖水地方、コーンウォールなどの田園地帯にこぞって移住しました。都会から離れ、自然に囲まれた風光明媚な環境に住み、その土地の昔ながらの技法を再発見しながら創作にいそしむ、というライフスタイルに憧れ、実践したのです。芸術家たちのカントリーライフは作品にも影響し、写真の椅子のような凝ったカントリー調デザインの家具も作られました。
モリスがそうだったように、この時代、ロンドンに住んでいた芸術家たちが、コッツウォルズや湖水地方、コーンウォールなどの田園地帯にこぞって移住しました。都会から離れ、自然に囲まれた風光明媚な環境に住み、その土地の昔ながらの技法を再発見しながら創作にいそしむ、というライフスタイルに憧れ、実践したのです。芸術家たちのカントリーライフは作品にも影響し、写真の椅子のような凝ったカントリー調デザインの家具も作られました。
原始的な構造の直線的な家具
アーツ&クラフツ様式の家具のデザインの基本は、高品質の素材を使った、直線的でシンプルなフォルムです。昔ながらの制作方法を尊重し、釘を使わずに木を組み、仕上げに杭で隙間を埋め、固定するという原始的な構造になっています。マホガニー材に繊細な彫刻を施した家具の豪華さとは対照的な、簡素でオーガニックなスタイルも、アーツ&クラフツ様式の家具の大きな特徴です。ジャポニズムの影響で、日本の茶箪笥や格子戸のようなデザインを取り入れた家具も多くあります。
アーツ&クラフツ様式の家具のデザインの基本は、高品質の素材を使った、直線的でシンプルなフォルムです。昔ながらの制作方法を尊重し、釘を使わずに木を組み、仕上げに杭で隙間を埋め、固定するという原始的な構造になっています。マホガニー材に繊細な彫刻を施した家具の豪華さとは対照的な、簡素でオーガニックなスタイルも、アーツ&クラフツ様式の家具の大きな特徴です。ジャポニズムの影響で、日本の茶箪笥や格子戸のようなデザインを取り入れた家具も多くあります。
たとえばこちらは、アーツ&クラフツ様式を取り入れた現代のリビングですが、中世風の黒いアイアンのヒンジ(蝶番)つきのオークキャビネットや、側面に鋲が打たれたコーヒーテーブルなどは、中世の影響を受けたデザインです。格子戸風の窓や照明に、ジャポニズムの影響も見られます。
手仕事を駆使したインテリアアイテム
アーツ&クラフツのインテリア工芸品には、鉄製品のほか、錫製のジャグやゴブレット、銅製の鍋や箱、キャンドルスタンドなど、金属製のものも多くあります。金属の表面に細かくハンマーで打ち跡をつけたものや、エンボスで絵柄を入れたものが典型的なデザインです。また、ケルト民族のデザインや聖書の中で使われた装飾文字などのモチーフ、ハートを逆さにした型抜きなども、この時代の工芸品やテキスタイル、家具によく見られるデザインでした。
アーツ&クラフツのインテリア工芸品には、鉄製品のほか、錫製のジャグやゴブレット、銅製の鍋や箱、キャンドルスタンドなど、金属製のものも多くあります。金属の表面に細かくハンマーで打ち跡をつけたものや、エンボスで絵柄を入れたものが典型的なデザインです。また、ケルト民族のデザインや聖書の中で使われた装飾文字などのモチーフ、ハートを逆さにした型抜きなども、この時代の工芸品やテキスタイル、家具によく見られるデザインでした。
アーツ&クラフツ様式の背景には、昔ながらの技法でハンドメイドされた良質な家具調度品を市民に提供し、その利益は職人たちに還元されるべきだという理想主義がありました。しかし実際問題としては矛盾や課題も多く、やがては近代化の大きな流れに押されていってしまいます。それでも、アーツ&クラフツの精神と、実直で有機的なデザインは、その後ヨーロッパやアメリカにも伝わってさまざまに解釈され、やがてモダニズムのスタイルの基礎として、20世紀に継承されていくことになるのです。
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