小さくても豊かな暮らし。「タイニーハウス」の量産化を目指す若手建築家
ノマド暮らしを実現する、広さ9平方メートルの移動可能な住宅。世界各地に登場する日も遠くないかもしれません。
Laura Tallarida
2018年6月13日
学校を卒業し建築家となったレオナルド・ディ・キアラさんは、新たに手にした自由な時間を活かして、世界の大都市を訪れ、実際に暮らしながら仕事をし、各都市の環境を体験してみたいと考えた。とはいえ、これは簡単に実行できる夢ではない。街を移るたびに住む場所を見つけたり荷造りをしたりする必要が出てくるからだ。そこでディ・キアラさんは、一風変わった斬新なアプローチで問題を解決することにした。設計のスキルを活かし《aVOID》という、広さ9平方メートルの実験的な住宅を生み出したのだ。車で牽引すればまるでスーツケースを転がすようにどこへでも行ける、コンパクトで移動可能な住宅だ。
どんなHouzz?
住まい手:建築家のレオナルド・ディ・キアラさん
所在地: 世界のあちこち
竣工:2017年
規模:約9平方メートル
建築費用:56,000米ドル(約610万円)。現在、量産によって価格を下げる方法を模索中
《aVOID》は現在、試作品の研究開発段階にある。社会学者のジグムント・バウマンの言う「液状化」する新たな社会に合わせて設計された住宅だという。バウマンは「リキッド・モダニティ―液状化する社会」の中で現代の社会はミニマルさと環境への配慮を原則にしながら、サステナビリティを念頭に、かつてない速度で変化し続けていると論じている。
プロジェクトには多彩な顔ぶれのパートナーが参加し、これまでに30の企業、建築関係者、アーティスト、学校、大学が、デザインや実験の面でさまざまな協力を提供している。特筆すべきは、必要な建材はすべて、これからのタイニーハウスに投資しようと考えた企業からの寄付でまかなわれている点だ。
住まい手:建築家のレオナルド・ディ・キアラさん
所在地: 世界のあちこち
竣工:2017年
規模:約9平方メートル
建築費用:56,000米ドル(約610万円)。現在、量産によって価格を下げる方法を模索中
《aVOID》は現在、試作品の研究開発段階にある。社会学者のジグムント・バウマンの言う「液状化」する新たな社会に合わせて設計された住宅だという。バウマンは「リキッド・モダニティ―液状化する社会」の中で現代の社会はミニマルさと環境への配慮を原則にしながら、サステナビリティを念頭に、かつてない速度で変化し続けていると論じている。
プロジェクトには多彩な顔ぶれのパートナーが参加し、これまでに30の企業、建築関係者、アーティスト、学校、大学が、デザインや実験の面でさまざまな協力を提供している。特筆すべきは、必要な建材はすべて、これからのタイニーハウスに投資しようと考えた企業からの寄付でまかなわれている点だ。
《aVOID》は1970年代のアメリカで起きたタイニーハウスのムーブメントに着想を得ている。当時この動きを牽引したのは、できるだけ自給自足をめざし、サステナブルで、大量消費ではないライフスタイルを追求しようとした人々だった。
ディ・キアラさんはこのムーブメントにずっと魅かれてきたが、一方で社会に背を向け孤立した世界に安住の地を求めることには懸念を抱いていたという。当時のタイニーハウスの運動には確かにそうした価値観があった。《aVOID》が1軒でぽつんと立っていると、何かが欠けているように感じるデザインにしたのにはその要素を払拭したかったからだ。「《aVOID》には長手方向に窓を設けませんでした。複数の家が互いに隣り合っているテラスハウスと同じデザインにしたので、周りにほかの家がないと不完全に感じるのです」
テラスハウスと違うのは、シャーシ(牽引用の車台)がついている住宅であり、新しいつながりやコミュニティを求めて移動できる点だ。
ディ・キアラさんはこのムーブメントにずっと魅かれてきたが、一方で社会に背を向け孤立した世界に安住の地を求めることには懸念を抱いていたという。当時のタイニーハウスの運動には確かにそうした価値観があった。《aVOID》が1軒でぽつんと立っていると、何かが欠けているように感じるデザインにしたのにはその要素を払拭したかったからだ。「《aVOID》には長手方向に窓を設けませんでした。複数の家が互いに隣り合っているテラスハウスと同じデザインにしたので、周りにほかの家がないと不完全に感じるのです」
テラスハウスと違うのは、シャーシ(牽引用の車台)がついている住宅であり、新しいつながりやコミュニティを求めて移動できる点だ。
《aVOID》の中へ入ると、そこはいわば文字どおり「空白(void)」だ。何もない空間を自由自在に住まいにでき、自分らしい世界を創造できる。「この室内空間は空白のページと位置づけています。建築家である私にとって、空白はインスピレーションなんです」
一見したところ、中はまったくの空っぽの空間に見える。住まいとしての要素はすべて四面の壁の中に造作で収められ、引き出すと必要なものがメインの住空間に姿を現すしくみだ。各部分を「起動」させると、部屋が姿を変えるだけでなく、冷たい印象のグレーの壁に囲まれていた空間に対抗するように、木の面材が現れる。
一見したところ、中はまったくの空っぽの空間に見える。住まいとしての要素はすべて四面の壁の中に造作で収められ、引き出すと必要なものがメインの住空間に姿を現すしくみだ。各部分を「起動」させると、部屋が姿を変えるだけでなく、冷たい印象のグレーの壁に囲まれていた空間に対抗するように、木の面材が現れる。
ディ・キアラさんは個別にさまざまな要素を請け負ってくれた各企業とつながった。例えば〈シューコー〉はアルミ製の窓枠を提供し、〈ハーフェレ〉は家具類を折りたたんだり動かしたりする金物類を提供してくれた。いずれもこのプロジェクトに関心を寄せ、製品を無償で提供するだけでなく、この住居に取り入れるために必要になる調整にも協力している。「この実験的試みは、私個人だけでなく一緒に協力してくれる人たちの試みでもあります。協力企業にとってもリサーチになるからです。協力してくれた会社の多くが、この空間に合わせるために自社の製品に手を加えなくてはいけませんでしたから」
こうした多方面とのコラボレーションでもうひとつディ・キアラさんが目指したのが、今後、製造元になってもらえるかもしれない相手との対話だった。ディ・キアラさんは今後、既製品を使った都心向けタイニーハウスを量産する体制を作れないか、可能性を探りたいと考えている。実現すれば、どこにいても手に入りやすいサステナブルな選択肢として、自由に移動でき、土地に束縛されていない個人が集まった、現在拡大しつつあるコミュニティのニーズに答えられる可能性がある。
こうした多方面とのコラボレーションでもうひとつディ・キアラさんが目指したのが、今後、製造元になってもらえるかもしれない相手との対話だった。ディ・キアラさんは今後、既製品を使った都心向けタイニーハウスを量産する体制を作れないか、可能性を探りたいと考えている。実現すれば、どこにいても手に入りやすいサステナブルな選択肢として、自由に移動でき、土地に束縛されていない個人が集まった、現在拡大しつつあるコミュニティのニーズに答えられる可能性がある。
ほかのタイニーハウスからヒントを得、家の枠組には木材を使った。木材が優れているのは、軽く柔軟性の高い構造材のため、作業を進めていく過程で変更を加えられる点だ。
家具はすべて木製で、空間にあたたかみを添えている。素材はオクメ(ガブーン)材のマリン合板。建材として優れているほか、湿気やカビにも強い。木材、中でも低密度繊維木材は、遮音にも断熱材としても優れているので壁に使っている。
地域気候を考慮し、光や熱、空気の流れをコントロールすることで環境負荷低減や快適性の向上をはかるバイオクライマティックデザインを意識して、できるだけエネルギー効率をあげるよう努めている。
家具はすべて木製で、空間にあたたかみを添えている。素材はオクメ(ガブーン)材のマリン合板。建材として優れているほか、湿気やカビにも強い。木材、中でも低密度繊維木材は、遮音にも断熱材としても優れているので壁に使っている。
地域気候を考慮し、光や熱、空気の流れをコントロールすることで環境負荷低減や快適性の向上をはかるバイオクライマティックデザインを意識して、できるだけエネルギー効率をあげるよう努めている。
「一番の難関だったのは全体をひとつにまとめあげることでした。すべての要素が相互に関わり合っているので、どれもミリ単位で設計しています。そのため、どこかに変更を加えると全体を考え直さなくてはならなくなります」
例えばベッドとマットレスはそれぞれディ・キアラさんが設計した2つの試作モデルがあり、それらの製作を依頼した。ベッドが収まる壁の構造はふたつに分かれている。ひとつは壁から引き出すと寝台になり、もうひとつは壁から引き出すと、引き出した部分が机になり、仕事や読書スペースとなる。
マットレスもふたつに分かれるため、シングルベッドとしてもダブルベッドとしても使える。
例えばベッドとマットレスはそれぞれディ・キアラさんが設計した2つの試作モデルがあり、それらの製作を依頼した。ベッドが収まる壁の構造はふたつに分かれている。ひとつは壁から引き出すと寝台になり、もうひとつは壁から引き出すと、引き出した部分が机になり、仕事や読書スペースとなる。
マットレスもふたつに分かれるため、シングルベッドとしてもダブルベッドとしても使える。
椅子は唯一ディ・キアラさん自身でデザインしなかったもの。バーチの合板でできた折りたたみ椅子は〈アンビバレンツ〉のもので、マルト・グリーブさんが手がけた。
バスルームは家の前面に位置し、全体を木材で仕上げた。設備類をすべて隠したデザインで、鏡と水栓も扉の後ろに隠れている。トイレはコンポスト式。堆肥化と脱水により排泄物の処理に水を使用しなくてすむうえ、手軽に使える肥料もできる。目隠しにはロールスクリーンを設置した。
シャワーは通常のものとは異なる。水を再利用するシャワーシステム《シャワーループ》をベースにディ・キアラさんが製作し、《トロリータンク》と名づけた。きれいな水用、使用済み水用の容量60リットルの袋をふたつ備え、持ち運びできるタンクの中にセットしてある。水を使うと一方の袋が徐々に空になり、もう一方の袋に水が入っていく。いっぱいになればタンクを外し、通常は公共の水道につないで水を捨てる。このしくみにより、ある程度の期間は公共の水道に頼らなくてもすむ。
シャワーは通常のものとは異なる。水を再利用するシャワーシステム《シャワーループ》をベースにディ・キアラさんが製作し、《トロリータンク》と名づけた。きれいな水用、使用済み水用の容量60リットルの袋をふたつ備え、持ち運びできるタンクの中にセットしてある。水を使うと一方の袋が徐々に空になり、もう一方の袋に水が入っていく。いっぱいになればタンクを外し、通常は公共の水道につないで水を捨てる。このしくみにより、ある程度の期間は公共の水道に頼らなくてもすむ。
キッチンは小さいが機能はそろっていて、水栓金具は扉で隠されている。シンクには木製のふたがあり、作業スペースやまな板代わりになる。IHコンロと冷蔵庫も備え、冷蔵庫はかなり小型だが、「冬は屋外に食料を保管しておけばいいので」という。棚はパントリーとして活用している。
キッチンの上部は、鉢植えのハーブを並べた小さな温室スペースだ。ここは暖かく、勾配屋根にあけた天窓から自然光が差し込む。
キッチンの上部は、鉢植えのハーブを並べた小さな温室スペースだ。ここは暖かく、勾配屋根にあけた天窓から自然光が差し込む。
ディ・キアラさんがキッチン上部を開け、ハーブを見せてくれた。
ディ・キアラさんは2017年7月からこの家で暮らしている。その間、数少ない本当に必要なものだけでいかに暮らしていけるか、本当に必要ではないものをどうすれば増やさず、無駄にせず生活できるかを学んできた。できるだけ自分自身で生活できるようにし、どこの町でも自立した生活を可能にするつもりだ。自治体当局には一時滞在の許可をもらえるよう掛け合っている。
ディ・キアラさんは2017年7月からこの家で暮らしている。その間、数少ない本当に必要なものだけでいかに暮らしていけるか、本当に必要ではないものをどうすれば増やさず、無駄にせず生活できるかを学んできた。できるだけ自分自身で生活できるようにし、どこの町でも自立した生活を可能にするつもりだ。自治体当局には一時滞在の許可をもらえるよう掛け合っている。
建物の短手方向の片面は完全に解放できる全面ガラス張りの扉にし、ぬくもりある自然光が室内にあふれる。屋根に設けた天窓には110度の角度がつけてあるが、この角度は太陽光をできるだけ採り入れる目的のほか、屋根にあがって窓に寄りかかり、快適に過ごすためでもあった。この窓のおかげで、家全体に風が通り抜ける。
まもなく、赤外線輻射式パネルヒーターと組み合わせたソーラーパネルを設置する予定だ。
まもなく、赤外線輻射式パネルヒーターと組み合わせたソーラーパネルを設置する予定だ。
《aVOID》で試験的に生活するのはディ・キアラさんだけではない。興味のある人は問い合わせれば、誰でもこの新しい形の住宅を体験できる。そうしたいわば「生活してみての実地試験」を行うことで、ディ・キアラさんは現在の試作モデルの構造やツール、性能についてフィードバックを集めている。
「人間がこれだけ水蒸気を発しているというのは認識していませんでした。ドアや窓を閉めた密閉状態で中に人がいるとかなりの結露が発生するので、対策が必要です」。この点は、換気装置を導入し、熱を分散させずに室内外の空気を入れ替えられるようにするつもりだ。
「人間がこれだけ水蒸気を発しているというのは認識していませんでした。ドアや窓を閉めた密閉状態で中に人がいるとかなりの結露が発生するので、対策が必要です」。この点は、換気装置を導入し、熱を分散させずに室内外の空気を入れ替えられるようにするつもりだ。
現段階の《aVOID》は移動式住宅として試験や届出を行っている。欧州の法規制では、牽引フックを取りつけたSUVやオフロード車、バンなどの適切な車両に引かせる形にし、トレーラーの牽引が可能な運転免許を持つ人なら、どこへでも牽引して移動することができる。
最初の試験走行では、設計を行ったイタリア中東部のペザロからドイツのベルリンまで、1200キロを移動した。「実際の道路に出て走ることが最大の難関だったので、先延ばしにしたい気持ちでした」とディ・キアラさんは振り返る。「バウハウス・キャンパス・ベルリン(バウハウス資料館の実験的プロジェクト)のあるベルリンまで行かなくてはと思っていましたが、道中、家がダメージをうけないかと不安だったんです」
バウハウス・キャンパスへ向かったのは「タイニーハウス・ユニバーシティ(Tiny U)」に参加するため。公式サイトによると、「Tiny Uとは、設計者と活動家、難民の集合体で、クリエイティブな形でソーシャルコミュニティを探求するプロジェクト」だ。
結果、《aVOID》は無事ベルリンに到着した。Tiny U の参加者からのフィードバックを得て、今後もさらなる進化を遂げていく。
最初の試験走行では、設計を行ったイタリア中東部のペザロからドイツのベルリンまで、1200キロを移動した。「実際の道路に出て走ることが最大の難関だったので、先延ばしにしたい気持ちでした」とディ・キアラさんは振り返る。「バウハウス・キャンパス・ベルリン(バウハウス資料館の実験的プロジェクト)のあるベルリンまで行かなくてはと思っていましたが、道中、家がダメージをうけないかと不安だったんです」
バウハウス・キャンパスへ向かったのは「タイニーハウス・ユニバーシティ(Tiny U)」に参加するため。公式サイトによると、「Tiny Uとは、設計者と活動家、難民の集合体で、クリエイティブな形でソーシャルコミュニティを探求するプロジェクト」だ。
結果、《aVOID》は無事ベルリンに到着した。Tiny U の参加者からのフィードバックを得て、今後もさらなる進化を遂げていく。
おすすめの記事
地域別特集
美しい伝統を守りながら、現代的技術で暮らしを快適に。京都に建つ14の住まい
文/藤間紗花
Houzzでみつけた、京都市内に建つ住まいの事例を、手がけた専門家の解説とともにご紹介します。
続きを読む
写真特集
Houzzでみつけた日本の都市に建つ家まとめ
文/藤間紗花
国内12エリアに建つ住まいの特徴を、各地域の専門家の解説とともにご紹介してきたシリーズ。これまでご紹介した記事を、専門家から伺った各都市の住まいの特徴とともに、まとめてお届けします。
続きを読む
地域別特集
地域の自然と眺望を活かした、明るく気持ちのいい空間。仙台に建つ13の住まい
文/藤間紗花
宮城県中部に位置する仙台市。Houzzでみつけた仙台市内に建つ住まいの事例を、手がけた専門家の解説とともにご紹介します。
続きを読む
地域別特集
少ない日照時間でも明るさを取り込む。新潟市の家11選
文/藤間紗花
新潟県北東部に位置する新潟市。Houzzでみつけた新潟市内に建つ住まいの事例を、手がけた専門家の解説とともにご紹介します。
続きを読む
地域別特集
唯一無二の眺めと自分らしいデザインを楽しむ。広島市に建つ14の住まい
文/藤間紗花
広島県西部に位置する広島市。Houzzでみつけた広島市内に建つ住まいの事例を、手がけた専門家の解説とともにご紹介します。
続きを読む
地域別特集
風と光を気持ちよく届けるデザインを都市部で実現。大阪に建つ12の住まい
文/藤間紗花
近畿地方の中心都市である、大阪府・大阪市。Houzzでみつけた大阪市内に建つ住まいの事例を、手がけた専門家の解説とともにご紹介します。
続きを読む
建築・デザイン
日本的感性を象徴する「茶室」の伝統と革新性
茶道とともに成立し500年にわたり発展してきた茶室。茶聖・千利休が伝統建築を革新して生まれた茶室は、今も「利休の精神」により革新され続け、新しい表現を生み出し続けている建築形式です。
続きを読む
この狭さ意外と癖になりそうだが・・・Such a tiny space may be
addictive for me?