Houzzツアー:「まるで洞窟のよう」だった空間を、緑と共に新たに生長していく住まいに
新築よりも低価格な中古マンションは、リノベーション次第で、内装や設備も一新でき、好みの空間に変えられるのが最大の魅力。だが時には思わぬハードルが現われることも。それを逆転の発想で乗り越えた住まいを紹介する。
Naoko Endo
2015年8月27日
出版社、不動産ファンド、代理店勤務を経て、フリーランス・ライター。
個人ブログ「a+e」http://a-plus-e.blogspot.jp/
出版社、不動産ファンド、代理店勤務を経て、フリーランス・ライター。
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場所は閑静な住宅街。都心にも郊外にもアクセスしやすい駅に近く、近隣には大きな公園も整備されている。理想的な立地だ。この地に永く住もうと、築40年ほどのマンションの1室を購入したA夫妻。和室付き3LDKだった間取りをワンルームに変更して、自分たちらしい暮らしを具現化しようと考えた。友人である建築家を共同設計者に迎え、フル・リノベーションに着工したのは昨年の秋のこと。
壁や天井の仕上げを取り払い、スケルトンの状態になったとの連絡を受け、現場を訪れたある日、玄関口から眺めた光景に、夫妻は少なからず不安を覚えた。奥のベランダから差し込む光に照らされた未来の我が家は、洞窟のように不気味で、良く言えばとてもワイルドな空間に見えたからだ。そして、躯躰があらわになったことで、予期せぬ問題も浮かび上がっていた。
壁や天井の仕上げを取り払い、スケルトンの状態になったとの連絡を受け、現場を訪れたある日、玄関口から眺めた光景に、夫妻は少なからず不安を覚えた。奥のベランダから差し込む光に照らされた未来の我が家は、洞窟のように不気味で、良く言えばとてもワイルドな空間に見えたからだ。そして、躯躰があらわになったことで、予期せぬ問題も浮かび上がっていた。
どんなHouzz?
所在地:東京都内
居住者: 30代の夫婦
設計: 松島潤平建築設計事務所 +青山文吾
グリーンコーディネイト: 中口昌子(cabbege flower styling)
規模: 82.26平方メートル
竣工年: 1976年頃(リノベーションは2015年2月竣工)
写真: 長谷川健太(cabbege flower styling提供の2点を除く)
所在地:東京都内
居住者: 30代の夫婦
設計: 松島潤平建築設計事務所 +青山文吾
グリーンコーディネイト: 中口昌子(cabbege flower styling)
規模: 82.26平方メートル
竣工年: 1976年頃(リノベーションは2015年2月竣工)
写真: 長谷川健太(cabbege flower styling提供の2点を除く)
上の写真は、玄関側からベランダ・リビングを見通したもの。
今でこそ、ストイックで美しい、インダストリアルスタイル的でもある空間に仕上がっているこちらの住まい。だが、工事の真っ最中では様子がまるで違った。
現場を見慣れていない目には、コンクリート打ち放しのがらんどうが、何やらワイルドに映るのは無理からぬこと。問題の"ハードル"とは、フラットであるべき天井と壁に、およそ今日ではありえないような"歪み”がみられたこと。コンクリートを打設する際、合板の型枠で壁や床の厚みをつくるのだが、約40年前に行なわれた工事は、構造的に問題はないものの、想像以上に荒々しいものだったらしい。
顔を壁に近付け、左と右を見渡してみれば、型枠ごとに微妙な凹凸がある。平らな壁とはとても言い難い。見上げた天井は一面パッチワーク模様。型枠のサイズと材にバラつきがあったことは一目瞭然だった。
今でこそ、ストイックで美しい、インダストリアルスタイル的でもある空間に仕上がっているこちらの住まい。だが、工事の真っ最中では様子がまるで違った。
現場を見慣れていない目には、コンクリート打ち放しのがらんどうが、何やらワイルドに映るのは無理からぬこと。問題の"ハードル"とは、フラットであるべき天井と壁に、およそ今日ではありえないような"歪み”がみられたこと。コンクリートを打設する際、合板の型枠で壁や床の厚みをつくるのだが、約40年前に行なわれた工事は、構造的に問題はないものの、想像以上に荒々しいものだったらしい。
顔を壁に近付け、左と右を見渡してみれば、型枠ごとに微妙な凹凸がある。平らな壁とはとても言い難い。見上げた天井は一面パッチワーク模様。型枠のサイズと材にバラつきがあったことは一目瞭然だった。
「下地と仕上げ材で見えなくなるので、当時はそれで諾とされたのでしょう。この荒々しすぎる躯躰を再び覆い隠すのは簡単でしたが、水平垂直を確保するだけでかなりのボリュームをとられてしまう。ワンルームに変えたとしても、無駄に狭くなることは明らかでした。そこで、壁と天井はこのまま家の個性として生かすことにしたのです」と、建築家の松島潤平さんは当時を振り返る。
40年前の状態をありのまま、空間の記憶としても残し、リノベーションを続行したこちらの住まい。作品名の《Text》には、テクスチャー以前のテクスト=オリジナルの原本に還る、という意味が込められている。
玄関に敷かれていた味のあるタイルも再利用し、フローリングとの段差は以前よりも低く抑えた。天井は"パッチワーク"の上からじかに照明のレールや配線などを敷設、少しでも空間の確保に努めた。
残すもの/新しくするものの線引きを調整しながら、空間(松島さんの表現では気積)を1.15倍に増やすことに成功した。リノベーション前にはなかった開放感も同時に生まれている。
40年前の状態をありのまま、空間の記憶としても残し、リノベーションを続行したこちらの住まい。作品名の《Text》には、テクスチャー以前のテクスト=オリジナルの原本に還る、という意味が込められている。
玄関に敷かれていた味のあるタイルも再利用し、フローリングとの段差は以前よりも低く抑えた。天井は"パッチワーク"の上からじかに照明のレールや配線などを敷設、少しでも空間の確保に努めた。
残すもの/新しくするものの線引きを調整しながら、空間(松島さんの表現では気積)を1.15倍に増やすことに成功した。リノベーション前にはなかった開放感も同時に生まれている。
エアコンはベランダ側の1カ所だけ。玄関の扉を開けておけば、自然に風が通り抜けていく。冬場は、引っ越す前の住まいで使い慣れていたガスストーブを、以前と同様に要所に配置。この家で迎えた初めての冬も問題なく越した。
色をつけたのは唯一、外部に繋がる玄関まわりと、ベッドを置いた空間のみ。"寝室"側の壁と天井は白く塗装し、床も材は同じだがオイル仕上げの色だけ片方に白を加えた。
たったこれだけのことで、見た目にも、そして心理的にも、「ここから先はプライベート」という仕切りが生じる。
たったこれだけのことで、見た目にも、そして心理的にも、「ここから先はプライベート」という仕切りが生じる。
何か物理的な仕切りが欲しい時には、キャスター付きキャビネットを動かして目隠しに。棚板を左右に寄せ、両側から使えるようにしたオリジナル家具だ。タイヤの部分が赤いキャスターは、共同設計者である施主が海外のプロダクトのなかから探し出してきたもの。
壁に面して置かれたワークテーブルはアルミニウム製で、溶接された天板のへりに"Pit Pal Products"の刻印がある。アメリカのガレージプロダクトメーカーのもの(国内取り扱い:PACIFIC FURNITURE SERVICE)で、こちらも施主の見立て。
壁に面して置かれたワークテーブルはアルミニウム製で、溶接された天板のへりに"Pit Pal Products"の刻印がある。アメリカのガレージプロダクトメーカーのもの(国内取り扱い:PACIFIC FURNITURE SERVICE)で、こちらも施主の見立て。
色が切り替わるポイントに立つと、違いがハッキリするが、ベランダ側からの眺めでは、両者の差はほとんどなくなる。空間がずっと奥まで続き、抜けていく。
この家に住むようになってから、夫妻はモノをひとつ買うにしても、「これは白いエリアに置くと映えるかな」と考えてみるようになったそうだ。
収納は造作家具のほかにみあたらない。躯躰壁の反対側に設けたクローゼットにスッキリとまとめている。扉に把手はつけず、開閉はプッシュ式で、どこまでもシンプルに仕上げた。
収納は造作家具のほかにみあたらない。躯躰壁の反対側に設けたクローゼットにスッキリとまとめている。扉に把手はつけず、開閉はプッシュ式で、どこまでもシンプルに仕上げた。
ひとつだけ把手がわかりやすくなっている扉のひとつを開くと、中は水まわり空間がひとまとまりに。洗面・脱衣室とトイレ、その奥にバスルームがある。
真っ白さがとても気持ちいいバスルーム。換気用に元から開けられていた小さな開閉窓はFIXに変え、壁の向こう側にあるキッチンを通して光を採り込む。
白いタイルが貼り直された壁の向こうがバスルーム。
キッチンはIKEAのもの。同社のキッチンは、台輪と呼ばれる底の部材の高さが2種類あり、どちらかを選んで、天板(ワークトップ)までの高さを850mmあるいは900mmとするオーダーシステム(寸法は当時のもの)で、施主は高い方を選択した。実際に使ってみて、想定通りで特に問題ないとのこと。
ベースキャビネットの端を境として、床材の濃淡が切り替わっているのがわかるだろうか。寝室付近での仕掛けと同様の"仕切り"がここでも。
キッチンはIKEAのもの。同社のキッチンは、台輪と呼ばれる底の部材の高さが2種類あり、どちらかを選んで、天板(ワークトップ)までの高さを850mmあるいは900mmとするオーダーシステム(寸法は当時のもの)で、施主は高い方を選択した。実際に使ってみて、想定通りで特に問題ないとのこと。
ベースキャビネットの端を境として、床材の濃淡が切り替わっているのがわかるだろうか。寝室付近での仕掛けと同様の"仕切り"がここでも。
ところで、もはや愛すべきこのコンクリート壁にはもうひとつの"主張"があった。打設の際に使われるセパレーターという固定金具が、六角形の座金からネジ頭が顔を出している状態で壁に残っていたのだ。
セオリーでは、出っ張り部分をカットしてモルタルで埋めてしまえばいい。だがこの《Text》においては、ネジ頭と座金を削り、壁の面とフラットになるように表面を研磨して、壁の中に残した。何のために? マグネットのフックを取り付けられるようにしたのだ(下の写真:棚板の右側に、その六角座金が写っている。ページのトップ、躯躰壁をアップで撮った写真にも)。
壁に掛けられた絵の額や、壁から生え出ているかのように見える植物も、マグネットフックで固定している。
セオリーでは、出っ張り部分をカットしてモルタルで埋めてしまえばいい。だがこの《Text》においては、ネジ頭と座金を削り、壁の面とフラットになるように表面を研磨して、壁の中に残した。何のために? マグネットのフックを取り付けられるようにしたのだ(下の写真:棚板の右側に、その六角座金が写っている。ページのトップ、躯躰壁をアップで撮った写真にも)。
壁に掛けられた絵の額や、壁から生え出ているかのように見える植物も、マグネットフックで固定している。
「これは万物想、あれはミクロソリウム、ロングアイビー。壁に掛かっているのはコウモリランこと麋角羊歯」と、珍しい植物の名前をスラスラを教えてくださった奥様は、グリーンコーディネイターの仕事をしている。道理で、見た目にも個性豊かな植物たちに囲まれているわけだ。
天井に敷かれたレール式スポットライトは、光が不可欠な"この子たち"のために用意されたもの。細い株がまとまって育っている、珍しいウンベラータの鉢植えも、フローリングの床をズルズルと引き摺って窓際まで移動させずとも、照明をスライドすれば済む。
天井に敷かれたレール式スポットライトは、光が不可欠な"この子たち"のために用意されたもの。細い株がまとまって育っている、珍しいウンベラータの鉢植えも、フローリングの床をズルズルと引き摺って窓際まで移動させずとも、照明をスライドすれば済む。
そのうち3つのスポットライトは、調光もできるようになっているというから本格的だ。ON/OFFはトグルで切り替え、光の強弱はダイヤルをひねるだけ。
このスイッチは、オーダーメードでオーディオアンプを製作している小松音響研究所によるもの。代表の小松進さんは施主の友人であり、音響の世界では内外に知られたエンジニアとのこと。
もうひとつ、当初のプランから盛り込まれていたのがハンモック。専用の金具を天井に打ち付ける予定だったのだが、頑丈なフックが元から取り付けられていたという。《Text》らしい個性といえる。
このスイッチは、オーダーメードでオーディオアンプを製作している小松音響研究所によるもの。代表の小松進さんは施主の友人であり、音響の世界では内外に知られたエンジニアとのこと。
もうひとつ、当初のプランから盛り込まれていたのがハンモック。専用の金具を天井に打ち付ける予定だったのだが、頑丈なフックが元から取り付けられていたという。《Text》らしい個性といえる。
天井の一点から吊られているこのハンモックが一番の特等席となるのは、間違いなく春だろう。ベランダから手が届く距離に、桜の木が枝を伸ばしているからだ。自宅に居ながら楽しめる花見ほど、日本人にとって贅沢な娯楽はない。サッシを開け放てば、春風がピンクの花びらを運んでくれる。
工事の途中で思わぬ壁にぶつかったものの、プラスに転化させることはできる。リノベーションに限らず、住宅や空間を元からつくり出す醍醐味がここにある。今でこそ笑い話だが、そんな苦労があったればこそ、満足のいく住まいにリノベーションできたのだろう。
当初は荒々しかったという空間だが、40年という歳月は感じさせない。たくさんの緑に囲まれ、力強い産声さえ聴こえてくるようだ。
工事の途中で思わぬ壁にぶつかったものの、プラスに転化させることはできる。リノベーションに限らず、住宅や空間を元からつくり出す醍醐味がここにある。今でこそ笑い話だが、そんな苦労があったればこそ、満足のいく住まいにリノベーションできたのだろう。
当初は荒々しかったという空間だが、40年という歳月は感じさせない。たくさんの緑に囲まれ、力強い産声さえ聴こえてくるようだ。
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