映画『もしも建物が話せたら』:建物の心の声に耳を傾ける
「無口なものこそ雄弁だ」――ヴィム・ヴェンダース監督製作総指揮のもと、6人の映画監督が思い入れのある建物に心の声を語らせたオムニバスのドキュメンタリーが公開に。
Junko Kawakami
2016年2月13日
Freelance since 1999.
「もしも建物が話せたら、私たちにどのような言葉を語り掛けるのだろうか」――そんな問いかけをきっかけとして、ヴィム・ヴェンダースが製作総指揮を執った映画『もしも建物が話せたら』が2月20日(土)から全国で順次公開される。ヴェンダースを含む6人の映画監督が、それぞれに思い出のある建物を撮影したオムニバス映画だ。
建物とはなんだろうか。その土地の文化を反映し、社会を映し出す鏡である。もっと基本的には、人間がつくるものであり、人間の生が営まれるものであり、ときに苛酷になる自然から人間を守ってくれるものでもある。ふだん建物の中にいるとき、私たちは常に建物を意識しているわけではない。だが、建物のほうは、私たちを絶えず見守っている。「建築は沈黙の教育である」という言葉があるが、好むと好まざるとにかかわらず、私たちは周囲の環境の、つまり屋内にいるときには建築から何かしらの影響を受けている。6人の監督が紡ぐ建物たちの心の声は、建築がいつも沈黙のうちに私たちに伝えている人間と生と社会の理想、美しさ、喜びを静かに雄弁に語っている。
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ベルリン・フィルハーモニー
監督・ヴィム・ヴェンダース
ヴェンダースは、1963年にハンス・シャロウンの設計により竣工したコンサートホールを題材として選んだ。ホールを紹介しながら、分断された都市ベルリンの歴史も振り返っていく。「建物は、あなたが考えている以上に世界に影響を与えている。外から見れば私は小さいが、開かれた社会という理想郷 (ユートピア)が私の中に実現している」とホールは語る。名作『ベルリン・天使の詩』でも、人間には聞こえない天使たちの語りを通して人間の生の喜びを描いたヴェンダースが、今回はコンサートホールの声を通して音楽の喜びを伝える。
Photo: ©Wim Wenders
監督・ヴィム・ヴェンダース
ヴェンダースは、1963年にハンス・シャロウンの設計により竣工したコンサートホールを題材として選んだ。ホールを紹介しながら、分断された都市ベルリンの歴史も振り返っていく。「建物は、あなたが考えている以上に世界に影響を与えている。外から見れば私は小さいが、開かれた社会という理想郷 (ユートピア)が私の中に実現している」とホールは語る。名作『ベルリン・天使の詩』でも、人間には聞こえない天使たちの語りを通して人間の生の喜びを描いたヴェンダースが、今回はコンサートホールの声を通して音楽の喜びを伝える。
Photo: ©Wim Wenders
ロシア国立図書館
監督・ミハエル・グラウガー
ドキュメンタリー映画の制作に生涯をかけたグラウガー監督の遺作となった作品。1795年にエカテリーナ2世が建造したロシア最古の公共図書館であるロシア国立図書館。正確な数もわからないほどのたくさんの蔵書を抱える図書館だ。図書館の言葉を通して、人間と書物の歴史を振り返る。
Photo: ©Wolfgang Thaler
監督・ミハエル・グラウガー
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Photo: ©Wolfgang Thaler
ハルデン刑務所
監督・マイケル・マドセン
『100,000年後の安全』で高い評価をうけたマドセン監督は、「世界一人道的な刑務所」として知られるノルウェーのハルデン刑務所を撮影。ハンス・ヘンリック・ホイルンが設計したこの刑務所は、2010年の竣工以来、世界中の刑務所関係者が見学に訪れる一方、ときに「受刑者を甘やかしている」という批判を受けることもある刑務所だ。マドセン監督が刑務所を選んだのは「いろいろな意味でその国の社会や文化が凝縮されている」場所だから。精神分析医の女性による語りを通して、刑務所という場所の意義、建築と社会の関係が描き出されている。
Photo: ©Heikki Färm
監督・マイケル・マドセン
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Photo: ©Heikki Färm
ソーク研究所
監督・ロバート・レッドフォード
レッドフォードは自身が11歳のときにかかったポリオの予防接種を開発したソーク研究所を題材に選んだ。圧倒的な存在感を誇る建物は、設立者でありポリオワクチンの開発者であるジョナス・ソーク博士が、名建築家ルイス・カーンに依頼して建てられたものであり、カーンの代表作として知られている。2人の天才のコラボレーションにフォーカスしながら、傑作建築が生まれるまでを描いていく。人生とは芸術であり、「創造的な仕事をするには創造的な環境が不可欠だ」と考えたソーク博士の求めに対し、「理想の表現」としての建築をカーンが実現したことがよくわかる。
Photo: ©Alex Falk
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オスロ・オペラハウス
監督・マルグレート・オリン
ノルウェー出身のオリンが選んだのは、2008年にオスロ市の海辺に建てられたオスロ・オペラハウスである。設計を手がけたスノヘッタ建築事務所は、誰もが自由に平等に、気軽に入ることのできる社会民主主義的な建物としてこの建築を考案し、コンペを勝ち取った。緩やかなスロープをなす外壁は、そのまま登れば屋上から美しい街並みやフィヨルドの風景を見渡すことができる。バレエダンサーのダンスと建物の姿を織物のように美しくあわせた作品だ。
Photo: ©Øystein Mamen
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ポンピドゥー・センター
監督・カリム・アイノズ
1970年に建設が決定され、1977年に竣工した、レンゾ・ピアノとリチャード・ロジャース設計によるハイテク建築の金字塔、ポンピドゥー・センターを選んだのはブラジル出身のカリム・アイノスだ。美術館、劇場、映画館、情報図書館を含む、多様な文化を一堂に集めた巨大な複合施設に惹かれた、とカリムは話す。また、敷地の3分の2を大きな広場にし、街との調和を実現した卓越した計画でもある。「建物に魂はあるし、建物は肉体と同じ」と考えるカリムは、ポンピドゥー・センターのユニークな個性を見事にとらえている。
Photo: ©Ali Olcay Gozkaya
公開情報
2016 年 2月20日(土)より渋谷アップリンクほか全国で順次公開
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