東西の建築文化を見事に融合させた、レーモンド設計《旧イタリア大使館別荘》
帝国ホテルの設計に際しフランク・ロイド・ライトの右腕として来日したのをきっかけに、多くの日本人建築家に影響を与えたレーモンド。日光・中禅寺湖畔にたたずむ、彼の住宅作品の名作の1つ《旧イタリア大使館別荘》をご紹介します。

Karen Severns
2017年5月2日
Houzz Contributor. Writer, educator, filmmaker, archi-fanatic
日本を訪れる人を魅了する建築というと、まずは、遥かないにしえの姿をとどめ、ほかの地域には類を見ないような神社仏閣だろう。一方、近代の建築はというと残っているものはそれほど多くないが、ひと握りの住宅建築は保存されており、なかには一般公開されているものもある。そのひとつが、中禅寺湖畔にある旧イタリア大使館別荘だ。東洋と西洋のデザインが美しく融合した、たぐいまれな建築である。
中禅寺湖周辺の奥日光と呼ばれる地域は、涼しい気候、息をのむような美しい自然、東京から北にわずか180キロメートルという地理的条件から、明治時代(1868-1912)後期には国際外交コミュニティに好まれる避暑リゾート地となった。
中禅寺湖周辺の奥日光と呼ばれる地域は、涼しい気候、息をのむような美しい自然、東京から北にわずか180キロメートルという地理的条件から、明治時代(1868-1912)後期には国際外交コミュニティに好まれる避暑リゾート地となった。
往年の中禅寺湖畔の風景。写真提供:日光市立日光図書館
1890年、東京の上野から中禅寺湖の南に位置する小さな町であった日光まで鉄道路線が完成し、2時間ほどで移動が可能になった。それがきっかけとなり、20世紀初頭に日本に住んでいた外国人たちのあいだで日光別荘ブームが起こることになる。
昭和(1925-1989)になると、外国人居住者や大使館に所有される湖畔の別荘は40ほどを数え、夏には国際社交界がこの周辺に集まり、ボート遊びや魚釣り、ハイキング、ピクニックなどに興じたり、地元の夏祭りに参加したりして過ごしていた。
中禅寺湖を訪れる人たちは、道すがら、壮麗豪華な日光東照宮(現在はユネスコ世界遺産となっている)と、岩壁を流れ落ちる雄大な華厳の滝に立ち寄るのが定番だった。1905年、フランク・ロイド・ライトが初来日したときにも日光を訪れ、この地域で初めての西洋風旅館であった金谷ホテルに滞在した。
1890年、東京の上野から中禅寺湖の南に位置する小さな町であった日光まで鉄道路線が完成し、2時間ほどで移動が可能になった。それがきっかけとなり、20世紀初頭に日本に住んでいた外国人たちのあいだで日光別荘ブームが起こることになる。
昭和(1925-1989)になると、外国人居住者や大使館に所有される湖畔の別荘は40ほどを数え、夏には国際社交界がこの周辺に集まり、ボート遊びや魚釣り、ハイキング、ピクニックなどに興じたり、地元の夏祭りに参加したりして過ごしていた。
中禅寺湖を訪れる人たちは、道すがら、壮麗豪華な日光東照宮(現在はユネスコ世界遺産となっている)と、岩壁を流れ落ちる雄大な華厳の滝に立ち寄るのが定番だった。1905年、フランク・ロイド・ライトが初来日したときにも日光を訪れ、この地域で初めての西洋風旅館であった金谷ホテルに滞在した。
若き日のレーモンド。写真提供:北澤建築設計事務所
それから23年後、以前ライトのもとで働いていたアントニン・レーモンドも日光を訪れ、この地に今日まで残る足跡を残すことになる。チェコスロバキア(当時)の在日名誉領事であり、また建築家として東京のフランス、イタリア、アメリカ大使館の設計を手掛けていたことから外交界でよく知られた存在であったレーモンドは、1927年に在日イタリア大使のジュリオ・デラ・トーレ・ディ・ラヴァーニャから中禅寺湖畔の別荘設計を依頼される。イタリア大使館は、大使と賓客が夏を過ごす別荘を建てるため、湖に面した4,056平方メートルの敷地を日本政府から借り入れていた。中禅寺湖が北イタリアのコモ湖を思わせることから、最初にこの地に注目したのはイタリア人だったと言われている。
それから23年後、以前ライトのもとで働いていたアントニン・レーモンドも日光を訪れ、この地に今日まで残る足跡を残すことになる。チェコスロバキア(当時)の在日名誉領事であり、また建築家として東京のフランス、イタリア、アメリカ大使館の設計を手掛けていたことから外交界でよく知られた存在であったレーモンドは、1927年に在日イタリア大使のジュリオ・デラ・トーレ・ディ・ラヴァーニャから中禅寺湖畔の別荘設計を依頼される。イタリア大使館は、大使と賓客が夏を過ごす別荘を建てるため、湖に面した4,056平方メートルの敷地を日本政府から借り入れていた。中禅寺湖が北イタリアのコモ湖を思わせることから、最初にこの地に注目したのはイタリア人だったと言われている。
写真:Koichi Mori /KiSMet Productions (c) 2017 Houzz Japan
チェコに生まれ、のちにアメリカ国籍を取得したレーモンド(1888-1976)が、フランス生まれのアーティストである妻のノエミ・ペルネッサンとともにライトのもとで働き始めたのは、1916年のことだった。1919年、帝国ホテル建設に携わるライトを手伝うため夫妻は東京にやって来る。それから40年以上にわたり日本で過ごすなかで、400件を超える設計を手掛け、レーモンド自身の仕事だけでなく、彼の事務所で働いていた吉村順三や前川國男らの仕事をとおして日本のモダニズム建築に大きな影響を与えることになる。
師のライトと同じく、レーモンドも建物内で使う家具や照明すべてをノエミとともに設計しており、その土地の伝統や風土を尊重することが重要であると理解していた。1921年に独立して事務所を構えると、帝国ホテルと同じ現場打ち鉄筋コンクリートを使いながらも、その中に伝統的な日本の木造建築を思わせるディテールを加えるなど、ライトの影響下から脱する試みを始めている。またレーモンドは、1923年の関東大震災で多くの建物が崩壊してしまった東京で、フランス大使ポール・クローデルなどのために小規模な木造住宅をいくつか設計している。
チェコに生まれ、のちにアメリカ国籍を取得したレーモンド(1888-1976)が、フランス生まれのアーティストである妻のノエミ・ペルネッサンとともにライトのもとで働き始めたのは、1916年のことだった。1919年、帝国ホテル建設に携わるライトを手伝うため夫妻は東京にやって来る。それから40年以上にわたり日本で過ごすなかで、400件を超える設計を手掛け、レーモンド自身の仕事だけでなく、彼の事務所で働いていた吉村順三や前川國男らの仕事をとおして日本のモダニズム建築に大きな影響を与えることになる。
師のライトと同じく、レーモンドも建物内で使う家具や照明すべてをノエミとともに設計しており、その土地の伝統や風土を尊重することが重要であると理解していた。1921年に独立して事務所を構えると、帝国ホテルと同じ現場打ち鉄筋コンクリートを使いながらも、その中に伝統的な日本の木造建築を思わせるディテールを加えるなど、ライトの影響下から脱する試みを始めている。またレーモンドは、1923年の関東大震災で多くの建物が崩壊してしまった東京で、フランス大使ポール・クローデルなどのために小規模な木造住宅をいくつか設計している。
イタリア大使館別荘プロジェクトを引き受けたレーモンドは、ともに帝国ホテル設計にも携わっていた内山隈三、そして伝統的工法だけでなく新しい技術を取り入れることにも抵抗のなかった日光大工の名棟梁・赤坂藤吉と協働して作業を進めていった。赤坂は、オープンプランの間取りにも伝統的な尺貫法による間(けん)を用い、建材選びを助けたほか、天然の木材の扱いにおいて驚くべき能力を発揮した。モダンでありながら日本建築の伝統を反映したレーモンドのデザインは、用いた自然素材と絶妙に一体化しており、永久的に建物が周囲の環境に溶け込んでいるようだ。レーモンドはのちにこう記している。「日本は美しい国だ。ここでは、家のなかに自然を取り込んで人間がその恩恵を受け、身近に自然と触れながら健康的で現代的な生活を送るべきとされており、またそれが可能なのだ。」
建てられた当時は、この別荘の部屋の配置や空間の流れかたは珍しいものと受け止められた。しかし、人と人とのよりインフォーマルな関わりかたをつくることがレーモンドの意図であったことは明らかだ。ステップを上がって伝統的な玄関から中に入ると、すぐに家の中央にあるリビングルームへと続く。大きな窓は西に面している。
1928年に完成したこちらの別荘のもっともユニークな点は、外壁と内壁の両方で、執拗とも言えるほどに広範にわたって地元の木材・日光杉が使用されていることだ。杉は日本の住宅や別荘では一般的に用いられる木材だが、こちらでは屋根のこけら板や壁材にもふんだんに使われ、寄せ棟屋根や軒も杉皮で覆われている。
塗装仕上げは一切なく、杉の柱は砂で磨かれている。内部の壁と天井はじつにさまざまな模様で覆われており、まるで赤坂の率いる職人たちが、どこまで多様なパターンを生み出せるかと挑戦しているかのようだ。杉皮を割り竹で固定し、市松、網代、亀甲、矢羽など多彩な柄のパッチワークで建物全体が仕上げられている。
1階の4つの部屋ではいずれも、大きな窓とベランダから湖の素晴らしい眺めが見える。正面(湖側)のベランダは2.7×17メートルで、建物のほぼ全長に延びている。ベランダは引き戸と雨戸で覆われているが、暖かい日にはこれらを開け放ち、風景をじかに楽しむことができる。室内からの眺めが生み出す効果は絶大だ。日本の伝統的な「借景」の考え方が生きている。
日中はここから外を眺めると、段になったテラス越しに、岩壁から傾斜する小さな砂浜と、透き通った水をたたえた穏やかな湖、その向こうの山々が見える。ドラマチックな夕日を眺めるのに最高の場所だ。暗くなってからは、月の眺めも劣らず美しい。
南東の角、ダイニングルームの裏側にキッチン、パントリー、バスルーム、ユーティリティエリアがある。使用人たちのためには別に動線が設けられており、家の裏手から2階の寝室エリアに上がる階段もある。
南東の角、ダイニングルームの裏側にキッチン、パントリー、バスルーム、ユーティリティエリアがある。使用人たちのためには別に動線が設けられており、家の裏手から2階の寝室エリアに上がる階段もある。
イタリア大使と家族やゲストが本邸に滞在し、大使館スタッフや使用人は本邸裏手の東側にある、同じくレーモンドが設計した別館に滞在した。こちらの小さい建物には、リビング・ダイニング、寝室、バスルーム、キッチンがあり、小さなベランダからは敷地の3方を囲む美しい森の眺めが見渡せる。
風光明媚な中禅寺湖だったが、徐々に外交官たちのあいだでの人気が廃れていった。1997年、所有権は栃木県に移り、県が2年間かけて建物の修復を行ったのち、記念公園の一部として一般公開されている。大きく改修した箇所は、小さなカフェ(元休憩室)とギフトショップが併設されたキッチンと、トイレ、そして展示スペースになっている別館だ。2階でオリジナルの杉皮張りの壁を保っているのは大使寝室のみで、残りの部屋は檜(ひのき)の板で修復されているが、オリジナルの雰囲気を維持するために最大限の努力がされている。
イタリア大使館別荘記念公園は4月1日から11月30日まで開園(月曜休、ただし6月~10月は無休)。ぜひ、別館の国際避暑地歴史館もいっしょに訪れたい。こちらには、外交官たちとその家族が湖中や湖上で余暇を過ごすようすをとらえた1929年の映像展示もある。中禅寺湖に長く突き出した桟橋に立てば、片方にさざ波を立てる湖面と壮麗な山々、もう片方にアントニン・レーモンドによる美しい別荘を望み、季節を問わず忘れられないパノラマを楽しむことができるだろう。
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そんな事実があったのですか、少しも存じ上げませんでした。長い歴史の中でそのご婦人以外にも命を失った方がおられるかもしれません。今後はそうした哀悼の気持ちも込めて美しい建物と湖面の風景を楽しみたいと思います。