「庭園もまた一幅の絵画である」。足立美術館の庭園の魅力とは?
アメリカの日本庭園専門誌のランキングで14年連続1位を獲得している庭園、島根県安来市の「足立美術館」。どの季節に行っても美しいというその魅力に迫ります。
舩村佳織
2017年4月8日
造園会社にて個人邸外構・庭の設計施工を行うプランナーとして勤務後、ニュージーランドにて現地の植物ナーセリー勤務及び園芸関係のボランティアを1年間経験。現在は静岡県富士市を中心に自然素材を使った庭づくりを行っています。
二児の子育て中でもあり、家族みんなが楽しめる庭造りが得意です。設計者として、主婦としての目線から、暮らしやすさに寄り添います。
造園会社にて個人邸外構・庭の設計施工を行うプランナーとして勤務後、ニュージーランドにて現地の植物ナーセリー勤務及び園芸関係のボランティアを1年間経験。現在は静岡県富士市を中心に自然素材を使った庭づくりを行っています... もっと見る
『古事記』や『万葉集』にも登場する、神話と伝説のまち島根県安来市。県の東端に位置しており、田畑が広がり山々が織りなす風光明媚なまちだ。JR安来駅から車で20分程の場所に建つ足立美術館は、決して交通の便が良いとは言えないが、昨年の9月には来場者数1800万人を突破した、山陰の観光の要所である。なぜならばこの足立美術館、横山大観ら近代日本画のコレクションのすばらしさもさることながら庭園が大変美しいことで知られているからだ。足立美術館はアメリカの日本庭園専門誌のランキングで14年連続1位に選ばれ、フランスの旅行ガイド「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン」では3つ星として掲載されている。なぜ国内外から高い評価を受け、人々をここまで魅了するのだろうか? 足立美術館にある主要な4つの庭園を訪ねながら、その庭園の魅力をお伝えしたい。
photo by 足立美術館 「枯山水庭」
足立美術館が立つこの場所は、もとは創設者・足立全康氏の生家のあった場所だ。山々に抱かれ、四季折々、また朝夕ごとに違った表情を見せる自然豊かな地である。都会から離れた立地が足立美術館に静けさを与えている。
創設者である足立全康氏(1899年〜1990年)は、一代にして実業家として成功し、有名な日本画のコレクターとなった。足立美術館の創設当初からの方針は、庭園を通して四季の美を感じてもらい、その心をもって日本画への感動を深めてもらいたい、というものだ。そんな彼は「庭園もまた一幅の絵画である」という言葉を遺している。この言葉を聞いてから足立美術館の庭を眺めていると、何度となくこの言葉が頭をよぎる。
足立美術館が立つこの場所は、もとは創設者・足立全康氏の生家のあった場所だ。山々に抱かれ、四季折々、また朝夕ごとに違った表情を見せる自然豊かな地である。都会から離れた立地が足立美術館に静けさを与えている。
創設者である足立全康氏(1899年〜1990年)は、一代にして実業家として成功し、有名な日本画のコレクターとなった。足立美術館の創設当初からの方針は、庭園を通して四季の美を感じてもらい、その心をもって日本画への感動を深めてもらいたい、というものだ。そんな彼は「庭園もまた一幅の絵画である」という言葉を遺している。この言葉を聞いてから足立美術館の庭を眺めていると、何度となくこの言葉が頭をよぎる。
苔庭
館内に入り、最初に目に入るのは、柔らかな杉苔を主体とした「苔庭」。アカマツやモミジが植えられた、繊細で雅な庭である。実際に中を歩くことはできないが、眺めているだけで、飛び石を伝い白砂の海に架かる橋を渡っていく気分が味わえるような、すばらしい見立ての庭である。
日本庭園というと、丸く刈られた樹木に石組みというイメージを持つかもしれないが、足立美術館の庭園は自然の木姿を意識したつくりとなっている。整然とまっすぐ植えるのでは樹木にとって苦痛となるため、樹木にとって楽な、山で生えていた形のままに庭へと植えこんでいるのだ。これは庭師の一種の哲学と言えよう。
館内に入り、最初に目に入るのは、柔らかな杉苔を主体とした「苔庭」。アカマツやモミジが植えられた、繊細で雅な庭である。実際に中を歩くことはできないが、眺めているだけで、飛び石を伝い白砂の海に架かる橋を渡っていく気分が味わえるような、すばらしい見立ての庭である。
日本庭園というと、丸く刈られた樹木に石組みというイメージを持つかもしれないが、足立美術館の庭園は自然の木姿を意識したつくりとなっている。整然とまっすぐ植えるのでは樹木にとって苦痛となるため、樹木にとって楽な、山で生えていた形のままに庭へと植えこんでいるのだ。これは庭師の一種の哲学と言えよう。
松に苔という古典的な組み合わせながら柔らかな景色は、日本庭園の見方に詳しくなくても、美しいと感じられる。押し付けることなく、自然の美しさが心を打つ庭である。
白砂の海に面して、灯篭がひとつ置かれている。これは岬灯篭といい灯台を見立てたもので、灯台として見立てた上で、水(ここでは白砂)に面して置かれるものである。これを意識すると、この白砂が大海となり、まるで自分の体が小さくなったように錯覚する。小舟でこの白砂に漕ぎ出し、巡ってみたいものだ。
白砂の海に面して、灯篭がひとつ置かれている。これは岬灯篭といい灯台を見立てたもので、灯台として見立てた上で、水(ここでは白砂)に面して置かれるものである。これを意識すると、この白砂が大海となり、まるで自分の体が小さくなったように錯覚する。小舟でこの白砂に漕ぎ出し、巡ってみたいものだ。
茶室寿立庵の庭
苔庭を過ぎると、長い延段が茶室へと誘う。桂離宮の松琴亭のおもかげを写した寿立庵である。寿立庵の庭には、「真・行・草」の美学が効果的に使われている。これは書の型をもとにした考えで、真はきっちりとした基本的な型、行はやや砕けた柔らかい型、草はさらに砕け自由な型である。
この延段は自然石と切り石を組み合わせたもので、「行」の延段と呼ばれる。門をくぐり茶室が見えると、延段は切り石のみを使用した「真」へと変化する。「真」の延段は格式が高い場所に使われることが多い。来訪者は門をくぐった後、心を正し茶室へと向かう。
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涼を呼び込む「露地」の基礎知識
苔庭を過ぎると、長い延段が茶室へと誘う。桂離宮の松琴亭のおもかげを写した寿立庵である。寿立庵の庭には、「真・行・草」の美学が効果的に使われている。これは書の型をもとにした考えで、真はきっちりとした基本的な型、行はやや砕けた柔らかい型、草はさらに砕け自由な型である。
この延段は自然石と切り石を組み合わせたもので、「行」の延段と呼ばれる。門をくぐり茶室が見えると、延段は切り石のみを使用した「真」へと変化する。「真」の延段は格式が高い場所に使われることが多い。来訪者は門をくぐった後、心を正し茶室へと向かう。
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茶庭は伝統的な二重露地となっている。待合から中門を経て、蹲、茶室へ入る躙り口(にじりぐち)を見ることができ、茶事に沿った構成となっている。庭に降りて散策することが可能だ。
茶事において、露地は歩くごとに俗世から抜け出し、清らかな心で主と臨むための装置である。そのため、寿立庵の庭も華美な部分は一切なく、日本の精神性を深く表している。
茶事において、露地は歩くごとに俗世から抜け出し、清らかな心で主と臨むための装置である。そのため、寿立庵の庭も華美な部分は一切なく、日本の精神性を深く表している。
茶室の正面にある蹲(つくばい)。ここで客人は心身を清め、躙り口から茶室に入っていく。二重ます形手水鉢と呼ばれる型で、桂離宮の松琴亭にあるものと同じ型で、ここからも松琴亭のおもかげが見て取れる。
足立美術館内の庭園では、この他にもいくつかの蹲を見つけることができる。いずれもフォーカルポイントとして、目を引く存在だ。庭園鑑賞のひとつのポイントとして、それぞれの蹲の風情を楽しむのもよいだろう。
足立美術館内の庭園では、この他にもいくつかの蹲を見つけることができる。いずれもフォーカルポイントとして、目を引く存在だ。庭園鑑賞のひとつのポイントとして、それぞれの蹲の風情を楽しむのもよいだろう。
茶室である寿立庵自体も見所である。床の間には掛け軸と季節を感じさせる花がさり気なく飾られている。豪華に飾り立てずに客人を歓迎する空間に、主の品が垣間見える。
壁は菜種油を練りこんだ油壁で、その油によって年月とともに鈍い黒が浮き上がってきている。
壁は菜種油を練りこんだ油壁で、その油によって年月とともに鈍い黒が浮き上がってきている。
建物の外壁は蛍壁と呼ばれているもので、鉄を含ませた土壁が年月とともに酸化し、蛍が飛んでいるような模様が浮き出ることから名付けられた。建物も年月とともに変化し続け、一見今にも朽ち果てそうにも見える様は、わびさびの美意識を感じさせる。
photo by 足立美術館 「生の額絵」
枯山水庭
足立美術館の主庭である枯山水の庭。その名の通り、水を用いずに山水を表現した庭である。遠く背景に借景の山々を背負う広大なスケールの庭は、なかなか見られるものではない。生の額絵として美術館内から鑑賞する庭は、「庭園もまた一幅の絵画である」という言葉をそのまま体現している。
この枯山水と対峙したとき、まるで自分が雄大な山々の前に、広がる大きな海に抱かれているように感じさせる。見事な石組みながら他の要素と調和しており、それがこの雄大な包容力の源ではないだろうか。
枯山水庭
足立美術館の主庭である枯山水の庭。その名の通り、水を用いずに山水を表現した庭である。遠く背景に借景の山々を背負う広大なスケールの庭は、なかなか見られるものではない。生の額絵として美術館内から鑑賞する庭は、「庭園もまた一幅の絵画である」という言葉をそのまま体現している。
この枯山水と対峙したとき、まるで自分が雄大な山々の前に、広がる大きな海に抱かれているように感じさせる。見事な石組みながら他の要素と調和しており、それがこの雄大な包容力の源ではないだろうか。
石組みの見事さはもちろんだが、この借景も語られるべき大きな要素である。枯山水庭を前にして眺めると、神々しさを感じるほどである。人間がコントロール出来ない自然というものに、畏敬の念を感じずにはいられない。
四季の美を庭園を通じて感じてほしいという創設者の思いが伝わる、足立美術館の顔にふさわしい庭である。
四季の美を庭園を通じて感じてほしいという創設者の思いが伝わる、足立美術館の顔にふさわしい庭である。
白砂青松庭
枯山水庭に次ぐ、足立美術館の顔とも言うべき白砂青松庭。日本画の巨匠・横山大観の名画『白沙青松』を庭で表現したものである。足立全康氏は横山大観の絵を特に愛していた。
流れを挟み、右手にはクロマツ、左手にはアカマツを植栽し、それぞれの松の特徴が強調されている。
枯山水庭に次ぐ、足立美術館の顔とも言うべき白砂青松庭。日本画の巨匠・横山大観の名画『白沙青松』を庭で表現したものである。足立全康氏は横山大観の絵を特に愛していた。
流れを挟み、右手にはクロマツ、左手にはアカマツを植栽し、それぞれの松の特徴が強調されている。
クロマツは小さく仕立てられながらも一本一本が大木の風情を漂わせている点は、盆栽に通じており、この庭園を実際以上に広々と感じさせている。
白砂青松庭の右手奥には、細く流れる滝が見える。これは「亀鶴の滝」という名の人工の滝で、横山大観の名画「那智乃瀧」を表したものである。前述の「白沙青松」とともに「那智乃瀧」も足立美術館に所蔵されているので、庭と絵を見比べてみるのも、楽しみ方のひとつだ。次回の『白沙青松』『那智乃瀧』の展示は、平成29年6月1日〜8月30日を予定している。
白砂青松庭の右手奥には、細く流れる滝が見える。これは「亀鶴の滝」という名の人工の滝で、横山大観の名画「那智乃瀧」を表したものである。前述の「白沙青松」とともに「那智乃瀧」も足立美術館に所蔵されているので、庭と絵を見比べてみるのも、楽しみ方のひとつだ。次回の『白沙青松』『那智乃瀧』の展示は、平成29年6月1日〜8月30日を予定している。
白砂青松庭の横には寿楽庵という茶室がある。ここからは「生の双幅対(一対になっている掛け軸)」を通して白砂青松庭を見ることが出来る。壁に掛け軸の形をした窓があり、生きた景色を掛け軸として見ることができる。
足立美術館内に残された足立全康氏の生家にある、「生の掛軸」が窓を通して庭を絵画のように鑑賞するというアイデアの始まりである。足立全康氏は壁に穴をあけて庭園を掛軸としてはどうか、と思いつき、すぐに自ら金槌を握り壁に穴を開けたそうだ。伝統を重んじながらも、新たな試みに臆さずに挑戦していく彼の作った庭は、時を経ても我々に新鮮な驚きを与えてくれる。
足立美術館内に残された足立全康氏の生家にある、「生の掛軸」が窓を通して庭を絵画のように鑑賞するというアイデアの始まりである。足立全康氏は壁に穴をあけて庭園を掛軸としてはどうか、と思いつき、すぐに自ら金槌を握り壁に穴を開けたそうだ。伝統を重んじながらも、新たな試みに臆さずに挑戦していく彼の作った庭は、時を経ても我々に新鮮な驚きを与えてくれる。
茶室寿楽庵の床の間。
photo by 足立美術館
庭園づくりと日本美術の蒐集に並々ならぬ情熱を注いだ足立全康。毎夜目をつむるとまぶたに理想の庭が浮かぶほど庭づくりに熱中し、朝夕庭に立ち理想の庭の追求に心血を注いでいたという。彼の精神は現在も引き継がれ、庭師による日々の手入れは通常の庭管理からは想像も出来ないほど細かな部分にまで及んでいる。
伝統的な型や技術を用いているが、現代人の感覚でも素直に美しいと思える庭園ばかりだ。西洋の庭は人の手で自然を制御して美をつくりだすが、日本の庭園は自然をめざす。そんな日本の美意識を具現化した庭園群であるからこそ、日本庭園についての知識がなくても、眺めているだけで、自然に対する感動を思い起こすだろう。
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モダン/コンテンポラリー/和室・和風/トラディショナル/北欧/トランジショナル/アジアン/カントリー/ラスティック/インダストリアル/エクレクティック/ビーチスタイル/ミッドセンチュリー/地中海/ヴィクトリアン/トロピカル/サウスウェスタン/シャビーシック
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足立美術館に行ったことがある方は、コメント欄でぜひ感想をお聞かせください! また、他にもおすすめの庭園があれば教えてください。
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(維持管理の想い入れも大変なものと・・・・・。)
私も足立美術館には何度か行っていますが、茶室があるのは知りませんでした! どの季節に行っても美しい庭園ってすごいですね。
こちらのお庭は素晴らしいです。全てが絵になるように工夫されていて、一日中いても飽きません。またカフェもとても素敵です。