映画『人生フルーツ』:雑木林の家に暮らす、90歳の建築家と妻の豊かなふたり暮らし
雑木林の中、赤い屋根の平屋で暮らす90歳の建築家・津端修一さんと妻・英子さんの日常を追った名作ドキュメンタリーが正月から劇場で公開に。自然とともにある建築を追い求め続ける夫と彼を支える妻の生活は、真に豊かな暮らしとは何かを教えてくれます。
Miki Anzai
2016年12月20日
年を重ねるほど美しくなる人生。それが決して夢物語ではないことを、ゆっくりと、味わい深く、静かに語りかけてくれる映画『人生フルーツ』。愛知県春日井市にある高蔵寺ニュータウンに暮らす90歳の建築家・津端修一さんと87歳の妻・英子さん夫妻の生活に密着したドキュメンタリーだ。ナレーションは、女優の樹木希林さん。2016年3月に東海テレビで放送されて反響を呼んだ評判のドキュメンタリー作品が、いよいよ2017年正月の東京を皮切りに、全国で劇場公開となる。
写真はすべて ©東海テレビ放送
映し出されるのは、ごく平凡な老夫婦の平穏な日常。しかし、二人三脚で実践してきた60年の暮らしの中には、ライフスタイル(住むこと、暮らすこと)の美学と信念が隠されている。
雑木林のような庭をもつ家で、ほぼ自給自足の生活を送る津端夫妻は、食や暮らしに関する著書を出版するなど「スローライフの達人」として知られた存在だ。修一さんは、設計士として数々のニュータウン開発に関わったのち、数校の大学で建築を教えた、自称「自由時間評論家」。妻の英子さんは、「あの人のやりたいことは何でもやらせてあげる」という驚くべき寛容さで、自庭で120種類もの野菜や果実を育て、夫のために料理をふるまっている。
映し出されるのは、ごく平凡な老夫婦の平穏な日常。しかし、二人三脚で実践してきた60年の暮らしの中には、ライフスタイル(住むこと、暮らすこと)の美学と信念が隠されている。
雑木林のような庭をもつ家で、ほぼ自給自足の生活を送る津端夫妻は、食や暮らしに関する著書を出版するなど「スローライフの達人」として知られた存在だ。修一さんは、設計士として数々のニュータウン開発に関わったのち、数校の大学で建築を教えた、自称「自由時間評論家」。妻の英子さんは、「あの人のやりたいことは何でもやらせてあげる」という驚くべき寛容さで、自庭で120種類もの野菜や果実を育て、夫のために料理をふるまっている。
「僕の最高のガールフレンド」と妻のことを呼ぶ修一さん。チャーミングで、仲睦まじい夫妻の出会いのきっかけは、ヨットだった。戦時中は海軍の技術士官であり、学生時代はヨット部に所属した修一さんにとって、海は特別な意味を持っている。
映画は、ル・コルビュジエ、アントニン・ガウディ、フランク・ロイド・ライトという三人の名建築家の言葉を軸に、展開していく。
「家は、暮らしの宝石箱でなくてはいけない」――ル・コルビュジエ
津端夫妻の家は、日本の近代建築に大きく貢献したチェコ系アメリカ人建築家、アントニン・レーモンドが東京・麻布笄町(西麻布)に建てた自宅兼アトリエにならったもの。修一さんは、東京大学工学部建築学科で丹下健三のもとで建築を学び、1951年から3年間レーモンド事務所に所属。竣工直後のレーモンド邸兼アトリエで働き、「建築と自然とを一体化させる」という師の思想に感化された。自ら設計に関わった高蔵寺ニュータウンの一角に敷地を購入し、1976年に建てた家は、師の哲学を形にした家だった。
築40年の建物は、玄関ではなくテラスから出入りをする、庭と一体化した家。杉丸太を剥き出しにした天井、その天井と壁を支える「鋏状(シザース)トラス」とよばれる木組み、陽光を採り込む高窓、障子やサッシを自由に開け放てる「芯はずし」とよばれる手法など、「レーモンド・スタイル」がつまった家だ。
「家は、暮らしの宝石箱でなくてはいけない」――ル・コルビュジエ
津端夫妻の家は、日本の近代建築に大きく貢献したチェコ系アメリカ人建築家、アントニン・レーモンドが東京・麻布笄町(西麻布)に建てた自宅兼アトリエにならったもの。修一さんは、東京大学工学部建築学科で丹下健三のもとで建築を学び、1951年から3年間レーモンド事務所に所属。竣工直後のレーモンド邸兼アトリエで働き、「建築と自然とを一体化させる」という師の思想に感化された。自ら設計に関わった高蔵寺ニュータウンの一角に敷地を購入し、1976年に建てた家は、師の哲学を形にした家だった。
築40年の建物は、玄関ではなくテラスから出入りをする、庭と一体化した家。杉丸太を剥き出しにした天井、その天井と壁を支える「鋏状(シザース)トラス」とよばれる木組み、陽光を採り込む高窓、障子やサッシを自由に開け放てる「芯はずし」とよばれる手法など、「レーモンド・スタイル」がつまった家だ。
修一さんは、1955年、日本住宅公団の発足と同時に入社。第二次世界大戦後の住宅難を解消するために国がつくった公団だ。その胸には、レーモンドが提唱した「自然と共生する住宅」をより多くの日本人のために実現したいという思いがあった。阿佐ヶ谷住宅、多摩ニュータウンの設計に携わったのち、高蔵寺ニュータウンの設計を任される。尾根沿いに住宅棟を配置し、周囲の風景(ビスタ)を重視した、大胆なまでに自然に配慮したマスタープラン(基本計画)を提案し、同僚たちにも衝撃を与えた。しかし、時代の要請は、質より量。効率性と経済性の追求が優先され、修一さんの描いた計画は、反故にされてしまう。映画では、修一さんが建築家として理想を追求し、挑戦し、苦悩したことが浮き彫りにされていく。
そして、取材を続けるなかで、90歳の津端さんに新しい設計の仕事が舞い込む。その行く末は……ぜひ映画のなかでご覧いただきたい。
そして、取材を続けるなかで、90歳の津端さんに新しい設計の仕事が舞い込む。その行く末は……ぜひ映画のなかでご覧いただきたい。
「すべての答えは、偉大なる自然のなかにある」――アントニ・ガウディ
庭の樹木や花、野菜の1つ1つに、修一さんが手づくりしたプレートがつけられている。そして、夫妻が丹精込めて育てた野菜や果物は、英子さんが調理して、津端家の食卓だけでなく、東京に住む娘さんや大学生のお孫さんの元にも届けられる。毎日の食事をおざなりにせず、自然のめぐみに感謝しながら味わいつくすことの大切さが伝わってくる。
庭の樹木や花、野菜の1つ1つに、修一さんが手づくりしたプレートがつけられている。そして、夫妻が丹精込めて育てた野菜や果物は、英子さんが調理して、津端家の食卓だけでなく、東京に住む娘さんや大学生のお孫さんの元にも届けられる。毎日の食事をおざなりにせず、自然のめぐみに感謝しながら味わいつくすことの大切さが伝わってくる。
映画の中で紹介される、修一さんが孫のためにつくったドールハウスは、建物だけでなく家具や調度品にいたるまで、20分の1で精巧に細工してある。何よりも自然素材が大切という思いから、プラスチックを避け、木や布などで仕上げている。
「ながく生きるほど、人生はより美しくなる」――フランク・ロイド・ライト
効率性やスピード、利益ばかりを追い求めがちな現代社会にありながら、自然を慈しみ、日々をコツコツと丁寧に生きる津端夫妻の姿は、理屈抜きに美しい。「特に晩年になっていい顔になったなぁと思う」という英子さんの言葉どおり、修一さんは柔和な表情をたたえて、日々、マイペースに暮らしている。長年連れ添った二人ならではの充実した、潤いあふれる暮らしが、美しい映像でとらえられている。
効率性やスピード、利益ばかりを追い求めがちな現代社会にありながら、自然を慈しみ、日々をコツコツと丁寧に生きる津端夫妻の姿は、理屈抜きに美しい。「特に晩年になっていい顔になったなぁと思う」という英子さんの言葉どおり、修一さんは柔和な表情をたたえて、日々、マイペースに暮らしている。長年連れ添った二人ならではの充実した、潤いあふれる暮らしが、美しい映像でとらえられている。
おすすめの記事
ニュース
【2020年2月】建築・デザイン・工芸の展覧会 & イベント情報
建築を通して未来を考える展覧会やデザインスタジオUMA / design farmの展覧会、名作建築・名作家具を改めて見直す展覧会をご紹介します。
続きを読む
ニュース
【2020年1月】建築・デザイン・工芸の展覧会 & イベント情報
アイノ&アルヴァ・アアルトやブルーノ・タウト、柳宗理などモダンデザインを牽引した巨匠たちや、注目の若手建築家、増田信吾+大坪克亘ユニットの展覧会などをご紹介します。
続きを読む
ニュース
【2019年12月】建築・デザイン・工芸の展覧会 & イベント情報
スティーブン・ホール、吉田鉄郎、堀口捨巳の展覧会のほか、日本のデザイン界を牽引するデザイナーたちの原画展などをご紹介します。
続きを読む
ニュース
【2019年11月】建築・デザイン・工芸の展覧会 & イベント情報
「窓」をテーマにした展覧会やタイニーハウスの展示会、IFFTやJAPANTEXといったトレンドをキャッチできる展示会まで。今月もイベントが目白押しです。
続きを読む
インテリア
行ってみよう!青山周辺の気になるインテリアショップ
上質な家具を扱うブランドのショップが集まる青山とその周辺のエリア。DESIGNART TOKYO 2019をきっかけに、ショップやショールームへ足を運んでみては?
続きを読む
ニュース
【2019年10月】建築・デザイン・工芸の展覧会 & イベント情報
全国各地でインテリアや建築のイベントが盛りだくさんの10月。お出かけ前に展覧会イベント情報のチェックを忘れずに!
続きを読む
ニュース
【2019年9月】建築・デザイン・工芸の展覧会 & イベント情報
バウハウスの教育やADVVT、構造家に着目した展覧会のほか、カリモクの新ブランドやトーネットの名作の展開を知るイベントなどをご紹介します。
続きを読む
ニュース
【2019年8月】建築・デザイン・工芸の展覧会 & イベント情報
暑い夏、涼しいミュージアムで知的好奇心を刺激してくれる作品と出会ってみては? 全国各地の注目の展覧会をご紹介します。
続きを読む
本当に素敵なお話ですね。ついつい効率化やスピードにとらわれ過ぎてしまうことが日々多いですが、最近海外に行った際に、現地の自然に囲まれたゆったりとした空気に言葉では説明できない、不思議な安心感を感じました。早速トレーラーも見て、今度映画館に足を運ぼうかと思います。「特に晩年になっていい顔になったなぁと思う」と言える人生、憧れます。
素敵な記事をありがとうございました。
この映画、とても良かったです。今、自然エネルギーだとか、サスティナブルだとか、叫ばれていますが、その以前から、落ち葉を堆肥にして、土を肥やして、作物を育てる。300坪の土地を雑木林から畑、住まいととても計画的に作られてる、さすが、建築家と思いました。
お二人が、仲良く自然を楽しみながら、ホンワカと生活されている姿に、とても感動しました。
高蔵寺ニュータウンは、私のふるさと。3歳に引越ししてから高校を卒業するまで数年を過ごしました。当時は気付かなかったけれど、団地がランダムに建っていて人車分離された街並みがいかに斬新だったか、映画を見て知りました。ふんだんにあった芝生広場、小さな雑木林...その中で、本当によく遊んだ。間接的に津端さんに育てられたのだと思いました。