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展覧会:「豊かな暮らし」をつくりだした、女性建築家アイノ・アールトの作品と人生
アルヴァ・アールトが手がけた建築に感じられる豊かな空間の質。それは、すぐれた建築家でありインテリア、家具のデザイナーであった妻アイノの力があってこそ実現したものでした。
Junko Kawakami
2016年10月4日
Freelance since 1999.
アルヴァ・アールトといえば、20世紀モダニズム建築における最も重要な建築家の1人だ。近代の住宅建築は理論や思想が際立つものが多いが、アルヴァ・アールトの作品とされる住宅はそこで営まれる暮らしの豊かさを感じさせる点で一線を画している。それは、アルヴァの事務所で建築家、デザイナーとして協働した妻アイノの存在があってこそ、生み出されたものだった。
現在東京で開催中の「AINO AALTO(アイノ・アールト)Architect and Designer―Alvar Aaltoと歩んだ 25 年―」は、これまでは偉大な夫アルヴァの影に隠れ、ガラス器やファブリックなどの一部の作品をのぞけば、一般にはその業績があまり知られていないアイノに光を当てた展覧会だ。建築家、インテリアデザイナー、企業家、写真家として活躍し、アルヴァとともに25年にわたりフィンランドの建築界をリードし続けたアイノの人生と作品をつぶさに知ることができる貴重な機会である。
現在東京で開催中の「AINO AALTO(アイノ・アールト)Architect and Designer―Alvar Aaltoと歩んだ 25 年―」は、これまでは偉大な夫アルヴァの影に隠れ、ガラス器やファブリックなどの一部の作品をのぞけば、一般にはその業績があまり知られていないアイノに光を当てた展覧会だ。建築家、インテリアデザイナー、企業家、写真家として活躍し、アルヴァとともに25年にわたりフィンランドの建築界をリードし続けたアイノの人生と作品をつぶさに知ることができる貴重な機会である。
アイノ・アールト(旧姓マルシオ)は1894年にヘルシンキに生まれた。ヘルシンキ工科大学(現在のアールト大学)で建築を学び、いくつかの建築事務所で仕事をした後、1924年にアルヴァの事務所に就職。半年後に二人は結婚した。
外向的で行動的なアルヴァに対して、控えめで几帳面で実直なアイノ。二人の協働関係は互いを補い合う対等なものであり、アイノは建築図面の多くをとりまとめていた。
外向的で行動的なアルヴァに対して、控えめで几帳面で実直なアイノ。二人の協働関係は互いを補い合う対等なものであり、アイノは建築図面の多くをとりまとめていた。
写真:《ヴィラ・フローラ》(夏の家)1926年
アールト夫妻のが手がけた住宅に感じられる心地よさやぬくもりの源は、アールト家の仲睦まじい暮らしにあった。写真は一家が夏を過ごした小さな別荘《ヴィラ・フローラ》。素朴で明るい佇まいの家には湖に面して屋根付きのポーチがあり、夫妻が生涯にわたり何度も旅し、憧れたイタリアの影響が見られる。屋根も竣工当時は灌木や花が育つようにと芝葺きにしていた。フィンランドの建築雑誌がこの家を紹介した記事には、設計者としてアイノの名が記載されている。
会場では、この家で夏休みを過ごす一家の姿をとらえた貴重な映像や写真も展示している。
アールト夫妻のが手がけた住宅に感じられる心地よさやぬくもりの源は、アールト家の仲睦まじい暮らしにあった。写真は一家が夏を過ごした小さな別荘《ヴィラ・フローラ》。素朴で明るい佇まいの家には湖に面して屋根付きのポーチがあり、夫妻が生涯にわたり何度も旅し、憧れたイタリアの影響が見られる。屋根も竣工当時は灌木や花が育つようにと芝葺きにしていた。フィンランドの建築雑誌がこの家を紹介した記事には、設計者としてアイノの名が記載されている。
会場では、この家で夏休みを過ごす一家の姿をとらえた貴重な映像や写真も展示している。
写真:《リーヒティのアールト邸》1936年。会場でもこのリビングの一部を再現して展示している。
アルヴァとともに精力的に建築設計に携わりながら、アイノはインテリアや家具、食器、ファブリックのデザイナーとしても才能を開花させていく。写真は、ヘルシンキ市内にあった自宅兼事務所の自宅リビングのインテリアだが、木やファブリックなど素材の色や質感を巧みに使った空間だ。シンプルで機能的でありながらあたたかさを感じさせるしつらえは、80年を経た今でも古さを感じさせない。
アルヴァとともに精力的に建築設計に携わりながら、アイノはインテリアや家具、食器、ファブリックのデザイナーとしても才能を開花させていく。写真は、ヘルシンキ市内にあった自宅兼事務所の自宅リビングのインテリアだが、木やファブリックなど素材の色や質感を巧みに使った空間だ。シンプルで機能的でありながらあたたかさを感じさせるしつらえは、80年を経た今でも古さを感じさせない。
アイノがデザインした作品のなかでもっとも有名なのは、おそらくガラスの器《ボルゲブリック》だろう。スウェーデン語で「水面に石を投げ入れたときに広がる水紋」を意味する《ボルゲリック》は1936年のミラノ・トリエンナーレでゴールドメダルを受賞。会場構成も、グランプリを受賞した。《ボルゲリック》は何度か生産が中止されたが、発表から80年が過ぎた今も世界中で販売されている。
左と下の写真:《ボルゲブリック》シリーズのガラスの器、1932年
左と下の写真:《ボルゲブリック》シリーズのガラスの器、1932年
写真:《マイレア邸》1939年
《マイレア邸》はモダニズム建築の名作住宅だが、この作品についてもアイノが協働している。この家を訪れたときの印象を、建築家の内藤廣は次のように記している。「確かに素晴らしいのだが、何が素晴らしいのか、言葉にできない。空間の濃淡、家具や調度の雰囲気、微妙な光、そうしたもののすべてが響き合っているのだが、それをうまく言葉にできない。アールト夫妻の住宅には言葉や理性ではとらえきれない、豊かな空間の質がある。」
アイノはデザインだけでなく、設計事務所の運営や企業経営でも手腕を発揮した。1935年にアールト夫妻は《マイレア邸》の施主であるマイレ・グリクセンと美術批評家ニルス・グスタフ・ハール夫妻とともに家具メーカー〈アルテック〉を創業。アイノは家具デザインを通じて同社の基礎づくりに大きく貢献しただけでなく、戦時中の厳しい時期に同社の責任者となり、経営も担ったのだった。
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写真《レストラン・サヴォイ》
1937年。このインテリアも会場で再現されており、実際に座ってみることができる。
会場内には、アイノが手がけた図面や食器、家具などの作品、インテリアの再現コーナーや作品模型に加え、写真作品も展示。バウハウスで教えていたモホリ=ナギとも交流し、「ニュースクール」の流れを組む大胆な技法の写真を数多く残した、写真家としてのアイノを知ることができる。
男性と同じように学び、働くことが容易ではなかった時代に、アイノは建築、デザイン界の第一線で活躍を続けた。1949年にがんのため54歳という短い生涯を閉じ、以来すでに70年近くが経ったが、アイノに焦点を当てた展覧会は母国フィンランドでもまだ開催されていないという。その意味でも、実に貴重な展覧会である。
参考文献:アルヴァ・アールト財団、アルヴァ・アールト博物館監修、ウッラ・キンヌネン編(小川守之訳)『アイノ・アールト Aino Aalto』TOTO出版、2016年
【展覧会情報】
「AINO AALTO(アイノ・アールト)Architect and Designer―Alvar Aaltoと歩んだ 25年―」
会 期 : 10月31日まで
会 場 : 東京都江東区、ギャラリー A4(エークワッド)
開館時間:10:00-18:00(最終日は 17:00 まで)
休館日 :土、日、祝
入場料:無料
詳しくは展覧会ホームページをご覧ください。
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参考文献:アルヴァ・アールト財団、アルヴァ・アールト博物館監修、ウッラ・キンヌネン編(小川守之訳)『アイノ・アールト Aino Aalto』TOTO出版、2016年
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「AINO AALTO(アイノ・アールト)Architect and Designer―Alvar Aaltoと歩んだ 25年―」
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