「左官壁」という芸術:左官職人久住有生氏インタビュー
多彩な色、装飾、質感をもつ日本の「左官壁」は、単なる「土壁」を超える、芸術的な壁であり、長く厳しい修業のたまものだ。国内はもちろん海外でも活躍する左官職人・久住有生氏に、左官壁の美とそれを生み出す伝統の技について語ってもらった。

Naoko Endo
2015年12月3日
出版社、不動産ファンド、代理店勤務を経て、フリーランス・ライター。
個人ブログ「a+e」http://a-plus-e.blogspot.jp/
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その土壁は、都内にあるデパートの地下にあり、広いフロアを囲っている。積層をイメージした壁は、古い洋館の下見板張りのようでもある。私はつい最近まで、淡路で祖父の代から続く左官職人の久住有生(くすみ・なおき)氏の仕事と気付かずに、何度も前を通り過ぎていた。
本来、土壁は、私たち日本人の住まいのなかに古くから存在した。私たちが「左官」と聞くとイメージする漆喰壁も、左官職人が鏝を握り、土壁の表面を白く美しく装飾したものだ。三和土の床、版築による土塀も、職人の手と技がつくり出す。
英語では左官壁を「plasterwall」と記す。漆喰仕上げに限らず、久住氏がつくり出す壁は、なにやら地面からそのまま立ち上がってくるような迫力があり、それでいて表面は繊細で、美しい。 卓越した技術力とデザインセンスに裏付けされた仕事への評価は高く、設計事務所や建築家からのオファーも多い。30代のときに淡路に加えて東京にも拠点を構え、多忙な日々を過ごしている。
本来、土壁は、私たち日本人の住まいのなかに古くから存在した。私たちが「左官」と聞くとイメージする漆喰壁も、左官職人が鏝を握り、土壁の表面を白く美しく装飾したものだ。三和土の床、版築による土塀も、職人の手と技がつくり出す。
英語では左官壁を「plasterwall」と記す。漆喰仕上げに限らず、久住氏がつくり出す壁は、なにやら地面からそのまま立ち上がってくるような迫力があり、それでいて表面は繊細で、美しい。 卓越した技術力とデザインセンスに裏付けされた仕事への評価は高く、設計事務所や建築家からのオファーも多い。30代のときに淡路に加えて東京にも拠点を構え、多忙な日々を過ごしている。
左官屋の家に生まれて
久住氏は1972年生まれ。 父の章氏はその頃から「カリスマ左官」と呼ばれ、有生氏と弟の誠氏が未だ幼い頃から”左官の英才教育”を施した。息子が小学生になると、夕食前に畳一枚ほどの壁を土で塗って仕上げるように申し付ける。遊び盛りの年頃なのに、それも毎日。
「これがもう嫌で嫌で」と久住有生氏は幼少期を振り返る。「苦労して塗り終えた土壁を自分の手で壊して、剥がした土を捏ねて翌日また同じ壁を塗るんです。面白いわけがない。塗ったフリをしてごまかそうとしたら、あっさりバレて、晩メシ抜きに。しかたなく、中学に上がるまでは続けました」。これが後に大きな財産になるのだが、当時は左官を継ぐ気は毛頭なく、将来の夢はパテシェ。それが180度変換したのは、高校三年生の夏休みのこと。
久住氏は1972年生まれ。 父の章氏はその頃から「カリスマ左官」と呼ばれ、有生氏と弟の誠氏が未だ幼い頃から”左官の英才教育”を施した。息子が小学生になると、夕食前に畳一枚ほどの壁を土で塗って仕上げるように申し付ける。遊び盛りの年頃なのに、それも毎日。
「これがもう嫌で嫌で」と久住有生氏は幼少期を振り返る。「苦労して塗り終えた土壁を自分の手で壊して、剥がした土を捏ねて翌日また同じ壁を塗るんです。面白いわけがない。塗ったフリをしてごまかそうとしたら、あっさりバレて、晩メシ抜きに。しかたなく、中学に上がるまでは続けました」。これが後に大きな財産になるのだが、当時は左官を継ぐ気は毛頭なく、将来の夢はパテシェ。それが180度変換したのは、高校三年生の夏休みのこと。
ガウディとの出逢い
「若いうちに本物を見てこいと、父にリストを渡されて、1ヶ月半の間、ヨーロッパ旅行に出されたんです。最初に訪れたのがバルセロナ、ガウディの《サグラダファミリア》。衝撃的でした。 造形もですが、100年も昔から、人の手でこれを延々とつくり続けているのかと。ほかにもいろいろと見てまわりましたが、ガウディを知って、左官屋になろうと決心しました。父の策にまんまとハマった訳です」と久住氏は笑う。
高校を卒業後、久住氏は本格的な修行期間を経て、1994年に親方として独り立ちする。弟子を教える立場である一方で、京都で茶室を専門に手掛ける棟梁のもとで日本の伝統家屋についてイチから学ぶ。海外にも出かけ、当地の職人たちとも交流した。住宅、茶室、寺社、飲食店から公共施設など、さまざまな壁や天井をその手で仕上げてきた。
上と下の写真は《日本平ホテル》のエントランス。この大空間へと降りていく階段部分もふくめた左右の壁を、久住氏が代表を務める左官株式会社で請け負った。 積層をイメージした壁で、表面の塗り土の厚みは1センチに満たない。
「若いうちに本物を見てこいと、父にリストを渡されて、1ヶ月半の間、ヨーロッパ旅行に出されたんです。最初に訪れたのがバルセロナ、ガウディの《サグラダファミリア》。衝撃的でした。 造形もですが、100年も昔から、人の手でこれを延々とつくり続けているのかと。ほかにもいろいろと見てまわりましたが、ガウディを知って、左官屋になろうと決心しました。父の策にまんまとハマった訳です」と久住氏は笑う。
高校を卒業後、久住氏は本格的な修行期間を経て、1994年に親方として独り立ちする。弟子を教える立場である一方で、京都で茶室を専門に手掛ける棟梁のもとで日本の伝統家屋についてイチから学ぶ。海外にも出かけ、当地の職人たちとも交流した。住宅、茶室、寺社、飲食店から公共施設など、さまざまな壁や天井をその手で仕上げてきた。
上と下の写真は《日本平ホテル》のエントランス。この大空間へと降りていく階段部分もふくめた左右の壁を、久住氏が代表を務める左官株式会社で請け負った。 積層をイメージした壁で、表面の塗り土の厚みは1センチに満たない。
「参加するプロジェクトでは、自由にデザインしてくれと任されることが多いですね。でも、個人邸の場合は施主の好みを聞いて、その人が喜んでくれるものを第一に考えます」と久住氏。「壁というよりは、環境をつくっているつもりです」とも。
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《土と木》
例えば、相模湾をのぞむ真鶴に建てられたセカンドハウスの壁は、敷地から一望できる、煌めく海原の美しさにインスピレーションを得たものだが、施主の趣味が自転車と聞き、愛車を手入れをするシーンを想定しながらつくった。
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例えば、相模湾をのぞむ真鶴に建てられたセカンドハウスの壁は、敷地から一望できる、煌めく海原の美しさにインスピレーションを得たものだが、施主の趣味が自転車と聞き、愛車を手入れをするシーンを想定しながらつくった。
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施主は時々、何をするでもなく、この壁を黙って眺めていることがあるという。別の個人邸の施主からは『久住有生の壁は酒が飲める』と評されたこともある。
《青い壁》
この壁は「青い壁がほしい」という施主の希望を叶えたもの。 顔料にインディゴを加えている。艶のある独特の表情は、左官の伝統的な技のひとつ「磨き」によるものだ。薄く塗った壁の表面に、幅広の鏝で圧をかけ、布と手のひらで撫でる作業を繰り返す。やがて壁が光を帯び始める。
この壁は「青い壁がほしい」という施主の希望を叶えたもの。 顔料にインディゴを加えている。艶のある独特の表情は、左官の伝統的な技のひとつ「磨き」によるものだ。薄く塗った壁の表面に、幅広の鏝で圧をかけ、布と手のひらで撫でる作業を繰り返す。やがて壁が光を帯び始める。
「磨き壁が光るのは、石を割ると表面がツルっとして光っているのと同じです」と説明されても、素人にはなかなか想像がつかない。だが熟練した左官職人は、壁と対話ができるのだ。材の調合から、作業場の温度や湿度によって壁の乾き具合を見定める、化学者のようでもある。
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海外の「plasterwall」との違い
「塗り壁」はもちろん世界各地にあり、古代文明の時代まで遡る。日本の左官との違いは、「鏝千本」と形容される道具の多さだ。鏝台と呼ばれる金属部分のほか、持ち手の柄(え)の形状にも微妙な差異がある(下の写真は「本焼中塗り鏝」。金属に硬度があり、漆喰の塗りつけ、押さえ、仕上げに使う)。これら多種多様な鏝を、塗り材と仕上げに応じて使いこなせるのが日本の左官職人なのだ。
「塗り壁」はもちろん世界各地にあり、古代文明の時代まで遡る。日本の左官との違いは、「鏝千本」と形容される道具の多さだ。鏝台と呼ばれる金属部分のほか、持ち手の柄(え)の形状にも微妙な差異がある(下の写真は「本焼中塗り鏝」。金属に硬度があり、漆喰の塗りつけ、押さえ、仕上げに使う)。これら多種多様な鏝を、塗り材と仕上げに応じて使いこなせるのが日本の左官職人なのだ。
「磨き壁はイタリアにもありますが、塗り材も仕上げも日本とは違います。海外の職人の目には、日本人はやらなくてもいい手間を増やしているだけと映っているかもしれませんが、精密に段階を踏んでいかないと仕上がらない壁が、日本はとにかく多い。それができる職人個々の能力が、贔屓目でなく、高いのです」。
変わりゆく日本の住まい
そんな職人たちがつくる日本の住まいは、一昔前は一年以上をかけて建てるのが当たり前だった。竣工後も近所の左官屋が足しげく通い、乾燥具合をみながら壁や天井を仕上げていった。そんな施主は今では少ない。壁の下地は竹や木による伝統的な小舞ではなく、プラスターボードが殆ど。家であれ商業施設であれ、優先されるは工期の短縮である。 使う側の私たちにしても、手の込んだ仕事をまっとうに評価できる目を失って久しい。
そんな職人たちがつくる日本の住まいは、一昔前は一年以上をかけて建てるのが当たり前だった。竣工後も近所の左官屋が足しげく通い、乾燥具合をみながら壁や天井を仕上げていった。そんな施主は今では少ない。壁の下地は竹や木による伝統的な小舞ではなく、プラスターボードが殆ど。家であれ商業施設であれ、優先されるは工期の短縮である。 使う側の私たちにしても、手の込んだ仕事をまっとうに評価できる目を失って久しい。
土壁は乾燥すれば驚くほど硬くなるが、突き崩せば土に戻る。だが、そんな繊細な壁であればこそ、人は丁寧に扱うものだ。久住氏はこう考えている。「小さなトイレであっても、なにかひとつ良い壁が家のなかにあれば、できるだけ長く住み続けようとしてくれるのではないか」と。自分たちの仕事が、昔のようにモノを大事にする心を取り戻すきっかけとなれば、そう久住氏は考えている。
職人として、親方として
とはいえ今日、伝統の技を継承していくのは難儀なことだ。自分にできることとして、久住氏は現場にこだわり、ひとつでも多くの仕事を残し、「黙して語らず」が美徳とされた職人の世界にあっても、自ら情報発信もする。アーティストとのコラボレーションや、大学でのワークショップを引き受けるのも、建築業界以外の人々、若い世代にも、左官について知ってもらいたいがゆえだ。
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とはいえ今日、伝統の技を継承していくのは難儀なことだ。自分にできることとして、久住氏は現場にこだわり、ひとつでも多くの仕事を残し、「黙して語らず」が美徳とされた職人の世界にあっても、自ら情報発信もする。アーティストとのコラボレーションや、大学でのワークショップを引き受けるのも、建築業界以外の人々、若い世代にも、左官について知ってもらいたいがゆえだ。
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日本の職人のさらなる可能性
インタビューの最後に、今後やってみたいことを尋ねると、答えは即、返ってきた。「海外でもっと仕事をしたい」と。それは、日本が誇る「plasterwall」を広く知らしめたいという、個人の領域を越えた願いでもある。
上と下の写真は、シンガポールに昨年竣工した超高層ビル《キャピタグリーン》のエントランスホールである。久住氏は伊東豊雄建築設計事務所からの依頼でこの壁を仕上げている。現場に実際に立ってみて、久住氏は日本の職人の仕事ぶりを改めて見直したという。
インタビューの最後に、今後やってみたいことを尋ねると、答えは即、返ってきた。「海外でもっと仕事をしたい」と。それは、日本が誇る「plasterwall」を広く知らしめたいという、個人の領域を越えた願いでもある。
上と下の写真は、シンガポールに昨年竣工した超高層ビル《キャピタグリーン》のエントランスホールである。久住氏は伊東豊雄建築設計事務所からの依頼でこの壁を仕上げている。現場に実際に立ってみて、久住氏は日本の職人の仕事ぶりを改めて見直したという。
「日本から腕利きの職人を20人くらい連れていったのですが、どこかのんびりとした現場の雰囲気が、僕らが作業を始めると一変するんです。ピリッと締まる。言葉は通じずとも、ものづくりにかける一生懸命さが伝わって、現地雇いの職人たちの意識も徐々に変わっていきました。興味深い体験でした」
日本の職人は、単に技術を備えているだけでなく、そんな目に見えない力も備えている。
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キャピタグリーンのエントランスホールは圧巻ですね。
画像でも仕事の良さを感じられます。一度実際に見たいです。
日本の建築技術は世界で一番!!アメリカに30年滞在、家が気に入らなくなり、リモデルをしても、その大工さんから始まり、左官屋さんにしても、腕前もその創造性も限界がある。こちらが要求しても満足いくものはできない。日本の美的感性と合理的なアメリカ、特にここカリフォルニアの違いでしょう。