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絶対に知っておきたい名作モダン住宅:マイレア邸
さまざまな工夫と美意識が融合した、アルヴァ・アアルトによる名作住宅。

John Hill
2015年7月6日
フランク・ロイド・ライトと並び、歴史性と同時代性を融合させた個性的なモダニズム建築で有名な、フィンランド人建築家アルヴァ・アアルト。ライトが南北戦争終結から数年後に生まれ19世紀末には初期の作品を残している一方、アアルト(1898–1976)はちょうどヨーロッパにモダニズムが広まっていった頃にキャリアをスタートさせた。アアルトの初期の建築は北欧古典主義に沿ったものだったが、すぐにヨーロピアンモダニズムのスカンジナビア版とも言える機能主義へと移行した。しかしまもなく厳格な機能主義を投げうち、歴史とフィンランドの自然にインスピレーションを受けた独自のモダニズム建築を打ち立てた。
アアルトがこのスタイルで設計したプロジェクトはマイレア邸が最初ではないが(1936年に自邸を建てている)、クライアントのために建てたものとしては最初の作品で、20世紀住宅建築の傑作のひとつに数えられている。ほかのモダニズム住宅のようなはっきりした秩序のあるデザインではないし、典型的な伝統建築スタイルでもないため、ひと目見てその素晴らしさがわかる、というものではない。しかしじっくり見ていけば、経験・雰囲気・メタファーを重視して作られたアアルトの家の良さが存分に感じられるだろう。
アアルトもクライアントも、大衆住宅に応用できるデザインを取り入れた実験的なプロジェクトとしてこの家を捉えていた。2つの大戦に挟まれたこの時代、大衆のための住宅は多くの建築家にとって重要なテーマだったのだ。アアルトは、家を豊かなものにする個性的なタッチが大衆住宅には欠けており、画一的で味気ないものになっていると感じていた。つまりアアルトは様式やイデオロギーよりも(初期モダニズム建築の基盤であるところの)機能を求めたということであり、その意味でマイレア邸はモダニズムに分類される他の住宅よりさらにモダンと言えるだろう。
マイレア邸とは?
竣工年:1939年
建築家:アルヴァ・アアルト
所在地:フィンランドのノルマルク
見学情報:見学ツアーは事前予約が必要
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名作住宅シリーズ:
サヴォア邸/ファンズワース邸/落水荘/イームズ邸/グラスハウス
アアルトがこのスタイルで設計したプロジェクトはマイレア邸が最初ではないが(1936年に自邸を建てている)、クライアントのために建てたものとしては最初の作品で、20世紀住宅建築の傑作のひとつに数えられている。ほかのモダニズム住宅のようなはっきりした秩序のあるデザインではないし、典型的な伝統建築スタイルでもないため、ひと目見てその素晴らしさがわかる、というものではない。しかしじっくり見ていけば、経験・雰囲気・メタファーを重視して作られたアアルトの家の良さが存分に感じられるだろう。
アアルトもクライアントも、大衆住宅に応用できるデザインを取り入れた実験的なプロジェクトとしてこの家を捉えていた。2つの大戦に挟まれたこの時代、大衆のための住宅は多くの建築家にとって重要なテーマだったのだ。アアルトは、家を豊かなものにする個性的なタッチが大衆住宅には欠けており、画一的で味気ないものになっていると感じていた。つまりアアルトは様式やイデオロギーよりも(初期モダニズム建築の基盤であるところの)機能を求めたということであり、その意味でマイレア邸はモダニズムに分類される他の住宅よりさらにモダンと言えるだろう。
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竣工年:1939年
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実業家ハッリ・グリクセンの妻、マイレ・グリクセンとアアルトが出会ったのは1935年。アアルトの仕事仲間ニルス・グスタフ・ハールを通じてだった。のちに夫妻はノールマルックの土地にマイレア邸の建築を依頼することになるのだが、それ以前に、アアルト、妻アイノ、ハール、マイレの4人は共同で家具会社アルテック〈Artek〉を立ち上げていた。同社は現在もアアルトのデザインした椅子やガラス製品などを作り続けている。お互いの友好関係、そして芸術と社会に対する価値観が共通していたことから、クライアントからアアルトへの指示は「実験的住宅だと思って取り組んでほしいと言ったんです。もし上手くいかなくても、責任は負わなくていい」というきわめてゆるやかなものだった。
アアルトが初期に出した案の一つは、片持ち構造を取り入れた、フランク・ロイド・ライトの落水荘を連想させる計画だった。マイレア邸に着手した1937年、アアルトは専門誌でプロジェクト段階にあった落水荘を目にしていた。
アアルトが初期に出した案の一つは、片持ち構造を取り入れた、フランク・ロイド・ライトの落水荘を連想させる計画だった。マイレア邸に着手した1937年、アアルトは専門誌でプロジェクト段階にあった落水荘を目にしていた。
落水荘に似たデザインの前には、伝統的な農家建築のようなスタイルも提案していた。アアルトはこの最初の思いつきを捨ててしまうのではなく、さらに歴史的な建築を模索し、(富裕なグリクセン夫妻に似つかわしく)貴族階級の住宅によく使われていた北欧的L字型デザインを取り入れた。L字型デザインを使うとプライベートな屋外空間をゆるやかに定義することができ、マイレア邸ではこの空間にプールとサウナ小屋がある。家とサウナは通路でつながっていて、通路の天井部分は芝土で覆われている。
設計が終わり、クライアントのOKを得て、森の中で建設工事が始まってからも、アアルトは設計に変更を加えた。古いものと新しいものを融合させた、絵画的コラージュとも呼ばれる有機的なアアルト流モダニズムが、いかに柔軟に変化に対応できるかがよくわかる例だ。
設計が終わり、クライアントのOKを得て、森の中で建設工事が始まってからも、アアルトは設計に変更を加えた。古いものと新しいものを融合させた、絵画的コラージュとも呼ばれる有機的なアアルト流モダニズムが、いかに柔軟に変化に対応できるかがよくわかる例だ。
森を進んでいくと、まず見えてくるのは木立の間の白い箱のような家。だが近づいてよく見るとさまざまな要素が重なりあっていて、単純な解釈では収まり切らない。まず、白い壁から飛び出した箱のような木造構造(ハッリの書庫とリビングがある部分)。2階には斜めになった窓が並び、玄関では非対称な形の張り出し屋根が前面に長く突き出している。
マイレア邸の正面とグロピウス邸の正面を比べてみてほしい。両者ともキャノピー(張り出し屋根)とらせん階段があるが、アアルトの手法はリラックスした雰囲気であるのに比べ、グロピウスには厳格な趣がある。アアルト建築の外観というのは多数の要素を組み合わせながらも素晴らしい効果を生み出しており、私はいつも感銘を受ける。
マイレア邸の正面とグロピウス邸の正面を比べてみてほしい。両者ともキャノピー(張り出し屋根)とらせん階段があるが、アアルトの手法はリラックスした雰囲気であるのに比べ、グロピウスには厳格な趣がある。アアルト建築の外観というのは多数の要素を組み合わせながらも素晴らしい効果を生み出しており、私はいつも感銘を受ける。
正面から家の角を少し曲がれば、さらにいろいろな要素が見えてくる。しかもそれらがみんな調和しているのだ。ここから見るとリビング部分の木造構造は石の基礎の上に建っているのがわかる。最上部にあるパーゴラはマスターベッドルームのテラス用。2階の湾曲したダークウッドの構造はマイレのスタジオ。家の裏側から見ても存在感のある部分だ。
裏側を見ていく前に、正面のディテールをいくつかご紹介しよう。リビングルーム部分(写真左)は、石の土台の上に木製フレームの大きな窓があり、外壁も木材をはっている。窓の下のスチールロッドはガラスを保護するシャッターを受けるため。写真右はL字型構造の角となる部分で、角を曲がるとキッチンエリアへとつながる。白い壁の上には木の棒が並び、傾斜した出窓があるのは子供たちのベッドルーム。木を使った装飾というのはアアルトの森のメタファーの一環で、建物の内でも外でも、木の垂直な線が壁面や柱などに表されている。
家の裏側のデザインは表側よりも目立った特徴が少なく、さらにリラックスした雰囲気だ。白く硬い質感の壁面が大半を占めるが、リビングとダイニングの大きなガラス窓と、正面からも見えていたマイレのスタジオのダークウッドが硬さを和らげている。
マイレのスタジオの下にはウィンターガーデンがあり、外から出入りする。上階のスタジオバルコニーの床部分と木の柵が、ピアノのような曲線を描いている。構造を支えているのはモダニズムに特徴的な白いピロティだが、これも木を連想させ、合理的というよりはメタファーとしての意味合いが強い。
左の写真の背景にはサウナが見える。
左の写真の背景にはサウナが見える。
家の中に入ると森のメタファーはさらに強まる。特に柱や装飾的に取り付けられた棒は、形が木に似ているというだけではない。何もなければオープンな空間だが、こういった柱や棒の集まる部分があることで空間を定義し、中で人が動くときの空間のとらえ方にも影響を与えるのだ。空間は線と面によって編み出され、ほかのモダニズム建築に見られるように規則的な柱と壁面で構成される空間ではない。比喩的な表現を用いて古いものと新しいものを織り交ぜ、柱などの建築要素を自由に活用するアアルトの技が生み出す効果だ。
この写真では向かって右に玄関が位置し、左に階段、その間にダイニングへ抜ける部分がある。外観と同じくさまざまな要素が含まれているが(木の柱、入口近くのカーブした白い壁、床の高さの変化)、すべてが総合的に働いて個々の部分以上の効果を生み出している。
この写真では向かって右に玄関が位置し、左に階段、その間にダイニングへ抜ける部分がある。外観と同じくさまざまな要素が含まれているが(木の柱、入口近くのカーブした白い壁、床の高さの変化)、すべてが総合的に働いて個々の部分以上の効果を生み出している。
前の写真から180度振り返ると、リビングと角の暖炉が見える。白いレンガの壁の向こうにはウィンターガーデンがあるのだが、まるで外壁のような加工をされている。手前にはこの家で一番有名なディテールともいえる、ラタンを巻いた2本の柱。この柱によって空間が3つにゾーニングされている。ほかの部屋には2本一緒にラタンで巻いて縛っている柱もある。
この家には、「エピソード」の連続、という表現が合うだろう。屋内の多くはつながった空間だが(とくに1階部分)、各所に特徴的な素材、質感、構造、開口部などのディテールがあり、そしてそれらが繰り返されるのではなく深いレベルで一致しているのだ。(アアルトはマイレア邸制作と同時期に2度の万博でフィンランド館をデザインしており、そこから伝統建築の影響が強まったとも思われるのだが、)伝統建築をモダニズム住宅に組み入れたことが、多様なディテールや引用的表現にまとまりを持たせるための効果的なひとつの手段となっている。
この家には、「エピソード」の連続、という表現が合うだろう。屋内の多くはつながった空間だが(とくに1階部分)、各所に特徴的な素材、質感、構造、開口部などのディテールがあり、そしてそれらが繰り返されるのではなく深いレベルで一致しているのだ。(アアルトはマイレア邸制作と同時期に2度の万博でフィンランド館をデザインしており、そこから伝統建築の影響が強まったとも思われるのだが、)伝統建築をモダニズム住宅に組み入れたことが、多様なディテールや引用的表現にまとまりを持たせるための効果的なひとつの手段となっている。
比較的知られていないディテールとしては、玄関ドアのハンドルとガラスの覗き窓(左)や、設計技師たちが「アアルトの耳」と呼んだリビングの暖炉にくり抜かれた開口部が挙げられる。この2点にはアートからの影響が見られるが、それだけではなく、多様なディテールや素材を(それぞれが独立した要素であっても)まとまりのあるデザインの中に組み込むことのできるアアルトの技量と、そうすることでモダンでありながらもイデオロギーにしばられない建築が可能であることを示している。
マイレア邸はアルヴァ・アアルト・ミュージアムが管理しており、事前予約すればツアーに参加できる。マイレア邸の建築に興味がある方はミュージアムのウェブサイトを訪れてみてほしい。家に関する詳細な情報や図面、写真も豊富に掲載されている。
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参考文献
- Curtis, William J.R. Modern Architecture Since 1900. Prentice-Hall, third edition, 1996 (first published in 1982).
- Giedion, Sigfried. Space, Time and Architecture: The Growth of a New Tradition. Harvard University Press, fourth edition, 1963 (first published in 1941).
- Pallasmaa, Juhani. Encounters 1: Architectural Essays. Rakennustieto, 2012 (second edition).
- St. John Wilson, Colin. The Other Tradition of Modern Architecture: The Uncompleted Project. Black Dog Publishing, 2007 (first published in 1995).
- Villa Mairea (Alvar Aalto Museum exhibition, 2008–2009).
- Weston, Richard. Alvar Aalto. Phaidon, 1995.
- Weston, Richard. Villa Mairea: Alvar Aalto. Phaidon, 1992.
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