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日本の左官壁〜人の手がつくり出す多彩な世界
日本の職人ならではの温かみと風合が感じられる「左官壁」。Houzzに掲載されたさまざまなプロジェクトを通じて、調湿などの機能も備えながら、多彩な美しさをみせる塗り壁事例の数々を紹介します。
Naoko Endo
2015年9月18日
出版社、不動産ファンド、代理店勤務を経て、フリーランス・ライター。
個人ブログ「a+e」http://a-plus-e.blogspot.jp/
出版社、不動産ファンド、代理店勤務を経て、フリーランス・ライター。
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先の特集で、ニッポンの住まいの「外壁材」に着目し、さまざまなマテリアルを紹介した。外壁は雨風や住まい手のプライバシーを守る材という側面が強いが、室内にはそれとは別の機能と表情が求められる。それは自然なことだ。なかでも「左官」もしくは「左官壁」と呼ばれる塗り壁は、日本建築の伝統であり、職人の手技ならではのあたたかみが感じられる仕上げでもある。
土で壁や家をつくり上げる工法は、世界各地にみられるが、日本では職人が使う鏝(こて)の種類がとりわけ多い。塗る材料の種類も、生まれる壁の表情も、実に多彩だ。ここで紹介するのは、そのごく一部だが、さまざまな事例から、ニッポンの住まいを取り巻く現状も見えてくる。
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素材を通してニッポンの住まいを考える〜「外装材」part2
土で壁や家をつくり上げる工法は、世界各地にみられるが、日本では職人が使う鏝(こて)の種類がとりわけ多い。塗る材料の種類も、生まれる壁の表情も、実に多彩だ。ここで紹介するのは、そのごく一部だが、さまざまな事例から、ニッポンの住まいを取り巻く現状も見えてくる。
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ダイナミックな左官壁
《諏訪の家》
設計:haco建築設計事務所 / 羽柴 順弘
住み慣れた日本家屋を建て替える際、施主が望んだ木材と左官壁の内装で一新されたリビングである。庭に面し、天井高もあって開放的な空間を引き立てる白い壁。その一面につけられたダイナミックな表現がひときわ目をひく。
設計者である建築家の羽柴順弘氏に話を聞いた。「この波状の壁は、左官職人の久住有生さん(左官株式会社 代表)の仕事です。以前、久住さんの講演を聴いたことがあり、過去のいろいろな作品も見て、それまで知らなかった左官壁の表現と可能性に強く惹かれていました。この家のリビングの顔となるような壁の制作を依頼し、昼と夜、時間帯や季節によって、ひとつとない陰影の美しさを堪能できる空間となりました」
リビングの壁はどの面も同じ「白」に見えるが、材料と仕上げに明確な違いがある。三方は石灰系の白漆喰による金鏝(かなごて)押さえで平滑に、波状の壁は外装にも用いられるセメントに寒水石を混ぜた材で凹凸を出している。凸部分の厚みは最大で50mm。表面はワイヤーブラシの掻き落とし仕上げでざっくりと粗い表情をつけた。二種類の壁の境には、見切りと呼ばれる木材を入れず、リビング全体をすっきりとまとめあげている。
参考:
Houzz特集記事:素材を通してニッポンの住まいを考える〜外装材(白漆喰による《White Cave House》を紹介)
《諏訪の家》
設計:haco建築設計事務所 / 羽柴 順弘
住み慣れた日本家屋を建て替える際、施主が望んだ木材と左官壁の内装で一新されたリビングである。庭に面し、天井高もあって開放的な空間を引き立てる白い壁。その一面につけられたダイナミックな表現がひときわ目をひく。
設計者である建築家の羽柴順弘氏に話を聞いた。「この波状の壁は、左官職人の久住有生さん(左官株式会社 代表)の仕事です。以前、久住さんの講演を聴いたことがあり、過去のいろいろな作品も見て、それまで知らなかった左官壁の表現と可能性に強く惹かれていました。この家のリビングの顔となるような壁の制作を依頼し、昼と夜、時間帯や季節によって、ひとつとない陰影の美しさを堪能できる空間となりました」
リビングの壁はどの面も同じ「白」に見えるが、材料と仕上げに明確な違いがある。三方は石灰系の白漆喰による金鏝(かなごて)押さえで平滑に、波状の壁は外装にも用いられるセメントに寒水石を混ぜた材で凹凸を出している。凸部分の厚みは最大で50mm。表面はワイヤーブラシの掻き落とし仕上げでざっくりと粗い表情をつけた。二種類の壁の境には、見切りと呼ばれる木材を入れず、リビング全体をすっきりとまとめあげている。
参考:
Houzz特集記事:素材を通してニッポンの住まいを考える〜外装材(白漆喰による《White Cave House》を紹介)
色土を混ぜた漆喰壁
《クリの大黒柱の家》
設計:コウ設計工房 / 大沢 宏
作品名にも表れているが、自然の材にこだわった建てられた住まいである。写真をクリックした先で確認してほしいのだが、室内のほとんどの壁は白い左官壁である。日本で主流の消石灰ではなく、イタリア産の生石灰に砂などを混ぜた砂漆喰で、表面をスタイロフォームでこすった仕上げとなっている。
写真の赤茶色の壁は、寝室の一部である。ベッドの枕元に近い部分はより自然な風合にしたいと施主が希望し、同じイタリア産の生石灰に赤い色土と砂を混ぜた塗り材によるもの。表面は木鏝(きごて)押さえによるラフな仕上がり。日本の茶室などの数寄屋空間にもみられる、塗り土に含まれる藁スサを浮かび上がらせた職人仕事である。
左官壁の魅力は、このような風合を出せることに加え、材によっては実用性があることが挙げられる。漆喰には高い耐火性能があり、また原料となる石灰は多孔質構造をもつため、室内の水分を適度に吸収・発散してくれる。いわゆる"壁が呼吸する"際に、調湿、消臭、殺菌効果が期待できるのだ。建って10年近くになるが、梅雨どきでも室内の空気はサラサラで、いたって快適とのこと。
《クリの大黒柱の家》
設計:コウ設計工房 / 大沢 宏
作品名にも表れているが、自然の材にこだわった建てられた住まいである。写真をクリックした先で確認してほしいのだが、室内のほとんどの壁は白い左官壁である。日本で主流の消石灰ではなく、イタリア産の生石灰に砂などを混ぜた砂漆喰で、表面をスタイロフォームでこすった仕上げとなっている。
写真の赤茶色の壁は、寝室の一部である。ベッドの枕元に近い部分はより自然な風合にしたいと施主が希望し、同じイタリア産の生石灰に赤い色土と砂を混ぜた塗り材によるもの。表面は木鏝(きごて)押さえによるラフな仕上がり。日本の茶室などの数寄屋空間にもみられる、塗り土に含まれる藁スサを浮かび上がらせた職人仕事である。
左官壁の魅力は、このような風合を出せることに加え、材によっては実用性があることが挙げられる。漆喰には高い耐火性能があり、また原料となる石灰は多孔質構造をもつため、室内の水分を適度に吸収・発散してくれる。いわゆる"壁が呼吸する"際に、調湿、消臭、殺菌効果が期待できるのだ。建って10年近くになるが、梅雨どきでも室内の空気はサラサラで、いたって快適とのこと。
天井も同じ左官仕上げで
《seki house》
設計:SEKI DESIGN STUDIO / 関 洋
都内のマンションにおけるフル・リノベーション事例である。設計者の自宅兼アトリエである。
「目指したのは、都会に居ながらにして、自然に抱かれたような安らぎが感じられる住まいです。生まれ育った、美しい西伊豆の海と砂浜をイメージしました」と関 洋氏。天井と壁を同じ左官仕上げとし、包容感を演出すると同時に、広がりのある空間となっている。
塗り材は、石灰に砂と雲母(うんも)などの天然素材を配合したオリジナル。誕生したニュートラルな色調は、日本人の肌の色でもある。同じ日本人でも肌の色は微妙に異なるので、施工の際には、設計者としても現場に立ち会った関氏の手のひらの色と照らし合わせながら作業したとのこと。
天然素材にこだわった《seki house》においても、年間を通じて湿度は安定している。「仮に裸ですごしても、安心できる、居心地が良い、そんな室内空間です」。これは「住まいとは、人それぞれの心と身体に密接であるべき」という、関氏が常日頃から掲げるコンセプトのあらわれでもある。写真からは、浜に寄せる波音が聴こえてくるようだ。
《seki house》
設計:SEKI DESIGN STUDIO / 関 洋
都内のマンションにおけるフル・リノベーション事例である。設計者の自宅兼アトリエである。
「目指したのは、都会に居ながらにして、自然に抱かれたような安らぎが感じられる住まいです。生まれ育った、美しい西伊豆の海と砂浜をイメージしました」と関 洋氏。天井と壁を同じ左官仕上げとし、包容感を演出すると同時に、広がりのある空間となっている。
塗り材は、石灰に砂と雲母(うんも)などの天然素材を配合したオリジナル。誕生したニュートラルな色調は、日本人の肌の色でもある。同じ日本人でも肌の色は微妙に異なるので、施工の際には、設計者としても現場に立ち会った関氏の手のひらの色と照らし合わせながら作業したとのこと。
天然素材にこだわった《seki house》においても、年間を通じて湿度は安定している。「仮に裸ですごしても、安心できる、居心地が良い、そんな室内空間です」。これは「住まいとは、人それぞれの心と身体に密接であるべき」という、関氏が常日頃から掲げるコンセプトのあらわれでもある。写真からは、浜に寄せる波音が聴こえてくるようだ。
珪藻土の壁
「賃貸マンションのリノベーション事例」
設計:coto Inc.
珪藻土(けいそうど)とは、珪藻という植物プランクトンが化石化したもの。漆喰と同様に多孔質構造で、調湿、消臭、耐火性能が期待できる。今ではあまり見かけないが、七輪や耐火レンガの材、また漆器の下塗材としても用いられてきた歴史がある。
写真の塗り材は、天然素材にこだわったメーカーによる流通品で、珪藻土に固化材として石灰を混ぜたもの。細かい砂粒を含み、職人の鏝さばきひとつで、写真のような模様もつけやすい。全体のバランスをみながら、草原のさざなみのような表情を壁に与えた。
珪藻土による施工事例を続けて紹介するが、材の細かい配合や仕上げによって違いがあることがわかる。仮に同じ塗り材を使っても、鏝を握る職人が違えば、同じ壁はふたつとできないという。表現は無限といっても過言ではない。仮にプロでなくとも、次のようなオリジナリティーあふれる壁をつくり出せるのがまた良い。
「賃貸マンションのリノベーション事例」
設計:coto Inc.
珪藻土(けいそうど)とは、珪藻という植物プランクトンが化石化したもの。漆喰と同様に多孔質構造で、調湿、消臭、耐火性能が期待できる。今ではあまり見かけないが、七輪や耐火レンガの材、また漆器の下塗材としても用いられてきた歴史がある。
写真の塗り材は、天然素材にこだわったメーカーによる流通品で、珪藻土に固化材として石灰を混ぜたもの。細かい砂粒を含み、職人の鏝さばきひとつで、写真のような模様もつけやすい。全体のバランスをみながら、草原のさざなみのような表情を壁に与えた。
珪藻土による施工事例を続けて紹介するが、材の細かい配合や仕上げによって違いがあることがわかる。仮に同じ塗り材を使っても、鏝を握る職人が違えば、同じ壁はふたつとできないという。表現は無限といっても過言ではない。仮にプロでなくとも、次のようなオリジナリティーあふれる壁をつくり出せるのがまた良い。
竣工の記念に
《A邸》子供部屋のリノベーション
設計:萩野建築設計 / 萩野 正明
2人の子の成長にあわせ、子供部屋を新しくした喜びを、珪藻土の壁に家族4人が揃って印したもの。その時の情景がありありと浮かぶ1枚だ。左官材は水分を含むため、塗った後に乾燥のための養生期間が必要となるが、それをポジティブに反転させた事例である。
「右端の大きな手形がお父さん、それから中学1年生と小学4年生の姉妹、そしてお母さんの順です」(設計者である建築家の萩野正明氏談)。姉妹が仲良く使う部屋の、秘密基地のようなロフトがつくられた空間の奥、木の梯子を上がった真正面の壁に、この手形がつけられている。姉妹の手のひらは、やがてこれよりも大きくなっていくが、この壁を見る度に、この部屋が出来た日のことを、色褪せることなく鮮やかに思い出すに違いない。職人仕事ではないが、それを上回って余りある、微笑ましい"施工例"である。
下地さえしっかりしていれば、戸建て・マンション、新築・リノベーションを問わず、左官仕上げの壁は可能だ。注意したいのは、左官壁は工期がかかり、その分だけ費用もかかることだが、材や仕上げの選択次第では、その両面を抑えることができる。
《A邸》子供部屋のリノベーション
設計:萩野建築設計 / 萩野 正明
2人の子の成長にあわせ、子供部屋を新しくした喜びを、珪藻土の壁に家族4人が揃って印したもの。その時の情景がありありと浮かぶ1枚だ。左官材は水分を含むため、塗った後に乾燥のための養生期間が必要となるが、それをポジティブに反転させた事例である。
「右端の大きな手形がお父さん、それから中学1年生と小学4年生の姉妹、そしてお母さんの順です」(設計者である建築家の萩野正明氏談)。姉妹が仲良く使う部屋の、秘密基地のようなロフトがつくられた空間の奥、木の梯子を上がった真正面の壁に、この手形がつけられている。姉妹の手のひらは、やがてこれよりも大きくなっていくが、この壁を見る度に、この部屋が出来た日のことを、色褪せることなく鮮やかに思い出すに違いない。職人仕事ではないが、それを上回って余りある、微笑ましい"施工例"である。
下地さえしっかりしていれば、戸建て・マンション、新築・リノベーションを問わず、左官仕上げの壁は可能だ。注意したいのは、左官壁は工期がかかり、その分だけ費用もかかることだが、材や仕上げの選択次第では、その両面を抑えることができる。
石膏系の左官仕上げ
《東平の家》
設計:伊藤瞬建築設計事務所
2棟に分かれて増改築を重ねてきた、およそ築60年の店舗兼住宅をリノベーションした事例である。
玄関の脇に新たにしつらえた四畳の和室の壁を左官で仕上げた。下地は石膏(せっこう)ボードで、その上から石膏系下地調整材(SSプラスター)を塗っている。さらに塗りを重ねる場合もあるが、ざらりとした表情をつけやすい石膏の特長を生かし、そのまま木鏝(きごて)でラフに仕上げた。工期を短縮できるほか、石膏は塗った後の乾燥収縮が小さいのでクラック(ひび割れ)が発生しにくいという長所もある。グレーの着色は、保護膜と艶消しを兼ねたEP塗装によるもの。
現代の建材と施工技術に支えられた左官事例をみてきたが、伝統構法についても触れておこう。昔ながらの建て方では、竹や細い木を十字に組んだ木舞壁を壁の芯として、その上から、下塗り(荒壁)、中塗り、上塗りと重ね、乾燥具合をみながら仕上げていくのが主流。下の写真は、9年前に行なわれた施工風景である。
《東平の家》
設計:伊藤瞬建築設計事務所
2棟に分かれて増改築を重ねてきた、およそ築60年の店舗兼住宅をリノベーションした事例である。
玄関の脇に新たにしつらえた四畳の和室の壁を左官で仕上げた。下地は石膏(せっこう)ボードで、その上から石膏系下地調整材(SSプラスター)を塗っている。さらに塗りを重ねる場合もあるが、ざらりとした表情をつけやすい石膏の特長を生かし、そのまま木鏝(きごて)でラフに仕上げた。工期を短縮できるほか、石膏は塗った後の乾燥収縮が小さいのでクラック(ひび割れ)が発生しにくいという長所もある。グレーの着色は、保護膜と艶消しを兼ねたEP塗装によるもの。
現代の建材と施工技術に支えられた左官事例をみてきたが、伝統構法についても触れておこう。昔ながらの建て方では、竹や細い木を十字に組んだ木舞壁を壁の芯として、その上から、下塗り(荒壁)、中塗り、上塗りと重ね、乾燥具合をみながら仕上げていくのが主流。下の写真は、9年前に行なわれた施工風景である。
伝統的な竹木舞による下地
《神ノ前アトリエ》
設計:田中博昭建築設計室
職人の指導のもと、1階の外壁の下塗り(荒壁づくり)の手伝いをしている子どもたち。地元産の土をベースに、135mmの柱の間に「真壁(しんかべ)」と呼ばれる壁をつくっているところだ。片側45mm厚で荒壁を塗り、雨風があたる外壁はこの上から腰板を張り、家の中は1階は土壁による中塗り仕舞い、2階は同様の中塗りの後、漆喰で仕上げている。材料は土だけで約1.5立米(およそ2tトラック1台分)、施工から完成まで乾燥期間を挟んで2か月ほどかかっている。
分量や施工日数を聞くと「そんなにかかるのか」と感じるかもしれないが、ひと昔前の家づくりはそれが当たり前だった。建築・土木を指す「普請」とは「普(あまね)く大衆に請うて堂塔の建築などの労役に従事してもらうこと」の意が転じたものであり(広辞苑第二版補訂版より)、住民総出で屋根の葺き替えを行なうのも、決して珍しい光景ではなかった。
同様に、人の手によって、できるだけ自然素材を使うことにこだわって建てられた住まいをもうひとつ紹介する。
《神ノ前アトリエ》
設計:田中博昭建築設計室
職人の指導のもと、1階の外壁の下塗り(荒壁づくり)の手伝いをしている子どもたち。地元産の土をベースに、135mmの柱の間に「真壁(しんかべ)」と呼ばれる壁をつくっているところだ。片側45mm厚で荒壁を塗り、雨風があたる外壁はこの上から腰板を張り、家の中は1階は土壁による中塗り仕舞い、2階は同様の中塗りの後、漆喰で仕上げている。材料は土だけで約1.5立米(およそ2tトラック1台分)、施工から完成まで乾燥期間を挟んで2か月ほどかかっている。
分量や施工日数を聞くと「そんなにかかるのか」と感じるかもしれないが、ひと昔前の家づくりはそれが当たり前だった。建築・土木を指す「普請」とは「普(あまね)く大衆に請うて堂塔の建築などの労役に従事してもらうこと」の意が転じたものであり(広辞苑第二版補訂版より)、住民総出で屋根の葺き替えを行なうのも、決して珍しい光景ではなかった。
同様に、人の手によって、できるだけ自然素材を使うことにこだわって建てられた住まいをもうひとつ紹介する。
土壁と版築
《みらいのいえ》
設計:遠野未来建築事務所
薪ストーブの背面の地層のようなR曲線の壁は版築、そのまわりは荒壁で、どちらも土を材とした伝統構法である。 海と緑に恵まれた環境で、自然と一体となった暮らしを送ろうと、この地に引っ越してきた施主一家の想いを受け止める壁でもある。
版築とは、型枠に土に砂や砂利、少量の石灰を混ぜた材を入れ、上から突き固めて壁をつくるやり方。この事例では、壁厚15〜24cmでR曲面の特性型枠を組み、その中に入れた土の層が12cmから7cmにまで突き固める作業を繰り返して、巾90cm、高さ約2mの版築壁を4日がかりで完成させた。倒れ止めとして壁の中に丸竹が埋設され、壁の表情を出すために籾殻(もみがら)も混ぜられている。写真は5年前、2010年の竣工当時のもので、荒壁はいわば下塗りの状態。風合ある表情をしばらくは楽しみ、昨年になって仕上げの上塗りが施された。
施工に関して特筆すべき点は、版築も荒壁も、インターネット上で一般公募されたワークショップの案内をみて集まった人々が、職人の指導のもと、一致協力してつくりあげたものだということ。建築を学ぶ学生や、家づくりに興味がある人だったり。初めて手にしたかもしれない荒壁用の塗り土は、相撲(すもう)の土俵にも用いられる荒木田(あらきだ) 土と藁(わら)を混ぜてつくったもの。施工する前に、施主一家が全身どろだらけになって混ぜ、半年間発酵させてできあがった。こちらも"手づくり"である。
こうしてたちあがったR曲面の壁は、木造2階建ての1階フロアをうねるように横断している。調湿効果があり、熱容量も大きい土壁の特長を最大限活かす配置だ。夏はひんやりと涼しく、冬はその逆。正面から差し込む太陽の熱と、薪ストーブの熱を蓄えてくれる。就寝時間中はゆっくりと放熱し、家全体を温める効果も土壁にはある。
《みらいのいえ》
設計:遠野未来建築事務所
薪ストーブの背面の地層のようなR曲線の壁は版築、そのまわりは荒壁で、どちらも土を材とした伝統構法である。 海と緑に恵まれた環境で、自然と一体となった暮らしを送ろうと、この地に引っ越してきた施主一家の想いを受け止める壁でもある。
版築とは、型枠に土に砂や砂利、少量の石灰を混ぜた材を入れ、上から突き固めて壁をつくるやり方。この事例では、壁厚15〜24cmでR曲面の特性型枠を組み、その中に入れた土の層が12cmから7cmにまで突き固める作業を繰り返して、巾90cm、高さ約2mの版築壁を4日がかりで完成させた。倒れ止めとして壁の中に丸竹が埋設され、壁の表情を出すために籾殻(もみがら)も混ぜられている。写真は5年前、2010年の竣工当時のもので、荒壁はいわば下塗りの状態。風合ある表情をしばらくは楽しみ、昨年になって仕上げの上塗りが施された。
施工に関して特筆すべき点は、版築も荒壁も、インターネット上で一般公募されたワークショップの案内をみて集まった人々が、職人の指導のもと、一致協力してつくりあげたものだということ。建築を学ぶ学生や、家づくりに興味がある人だったり。初めて手にしたかもしれない荒壁用の塗り土は、相撲(すもう)の土俵にも用いられる荒木田(あらきだ) 土と藁(わら)を混ぜてつくったもの。施工する前に、施主一家が全身どろだらけになって混ぜ、半年間発酵させてできあがった。こちらも"手づくり"である。
こうしてたちあがったR曲面の壁は、木造2階建ての1階フロアをうねるように横断している。調湿効果があり、熱容量も大きい土壁の特長を最大限活かす配置だ。夏はひんやりと涼しく、冬はその逆。正面から差し込む太陽の熱と、薪ストーブの熱を蓄えてくれる。就寝時間中はゆっくりと放熱し、家全体を温める効果も土壁にはある。
苦労して建てた我が家なればこそ、ずっと長く住み続けたいし、染み付いた思い出と一緒に次の代に受け継いでほしい。リノベーションは、その手助けとなる解のひとつである。最後に紹介する壁は、長いあいだ忘れ去られていた家の"記憶"が、リノベーションによって現代によみがえった事例である。
再生された聚落壁
《ガエまちや》
設計:一級建築士事務所 河井事務所 / 河井 敏明
屋根裏の梁下に「明治肆拾参年睦月吉日」の墨書きが残る、2階建ての京町家の1室である。京都のまちなかに100年を超えて建ち続けてきたこの家を、4年前にリノベーションした際、解体工事中に剥がした壁の後ろから、この焦げ茶色の壁が現われた。明治43年=1910年に建てられた当時の聚楽壁である。
聚楽壁とは、豊臣秀吉が建てた《聚楽第》があった場所付近で採れる良質な土を材に用いた、薄塗りの左官仕上げをいう。京都を代表する左壁壁でもある。
この焦げ茶色の壁は、隣のダイニングにも繋がっているのだが、そちらの壁の色はもっと淡く、薄い茶色をしている。同じ聚楽壁には見えない(写真をクリックした先で見比べて欲しい)。寝室として改修されたこちらの空間の壁だけが、古木と見紛うほどに黒ずんでいる。なぜか。
学生時代から京都で建築活動を行なっている設計者の河井敏明氏に、リノベーション当時の話を聞いた。
《ガエまちや》
設計:一級建築士事務所 河井事務所 / 河井 敏明
屋根裏の梁下に「明治肆拾参年睦月吉日」の墨書きが残る、2階建ての京町家の1室である。京都のまちなかに100年を超えて建ち続けてきたこの家を、4年前にリノベーションした際、解体工事中に剥がした壁の後ろから、この焦げ茶色の壁が現われた。明治43年=1910年に建てられた当時の聚楽壁である。
聚楽壁とは、豊臣秀吉が建てた《聚楽第》があった場所付近で採れる良質な土を材に用いた、薄塗りの左官仕上げをいう。京都を代表する左壁壁でもある。
この焦げ茶色の壁は、隣のダイニングにも繋がっているのだが、そちらの壁の色はもっと淡く、薄い茶色をしている。同じ聚楽壁には見えない(写真をクリックした先で見比べて欲しい)。寝室として改修されたこちらの空間の壁だけが、古木と見紛うほどに黒ずんでいる。なぜか。
学生時代から京都で建築活動を行なっている設計者の河井敏明氏に、リノベーション当時の話を聞いた。
「京町家は間口が狭く奥に細長い。いわゆる”うなぎの寝床”です。玄関から最深部の坪庭まで"走り庭"という土間の吹き抜け空間が一直線に続き、階上への直線の階段と、その下にはだいたい”おくどさん”という台所がセットでつきます。この家も同様に、この聚楽壁とは反対の西側に、走り庭と鉄砲階段があったのですが、解体してスケルトンの状態まで戻してみると、かつては東側に”走り庭”があったことが判明しました。つまり、聚楽壁の黒い色は、"おくどさん"さんから上がる煮炊きの煤 (すす)がこびりついたものだったのです。2本の柱の黒さも同様の経年変化によるものです」。
大正、昭和期に住み手が何代か変わり、その都度、増改築を重ねてきたと思われる痕跡は、屋根裏部屋ほかでもみられた。平成の世に新たな住人となった施主夫妻は、それらを全て消し去らずに、リノベーションによって再生し、受け継ぐことを、購入当初から希望したという。本を読みながら就寝する夫妻のために、読書灯をつけたヘッドボードを新設しただけで、寝室となった空間の聚楽壁も、この家ならではの記憶として残した。横桟の上から土が塗りこめられ、表面が少し波打っているのも味わいのひとつとして。
次第に風合を増すのも、やがて傷むのも、等しい経年変化。住まい手の記憶が刻まれ、積み重なって層となり、人の手が入り続けることで輝きを増す。多くのものを失ったであろう今日では、つい忘れてしまいそうになるが、この記事を読んでそのことを感じていただければ幸いである。
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