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現代の住まいとして甦った茅葺き民家「大前家住宅」
家族との思い出がつまった住まいを使い続けるために、移築再生した事例。古材を再利用し、昔ながらの技術で茅葺き屋根を作り上げました。
Miki Anzai
2021年10月25日
兵庫県神戸市北区を走る丹波街道(通称くらがり街道)沿いに、ひときわ目をひく茅葺き屋根の家が佇んでいます。新名神高速道路の建設にともない、江戸時代後期に建てられたご実家を、取り壊すか移築するかの選択をせまられた末、大前延夫さんが移築再生させた住まいです。
茅葺き民家としては珍しく、格子の建具のある町家風の趣がある建物は、1997年には「大前家住宅」として、神戸市の登録有形文化財の第1号に登録されていました。多くの茅葺き民家が姿を消す中、大前さんは、解体・移築後も文化財として認定されるように、市内でも古民家再生に定評のあるいるか設計集団に設計を託しました。
茅葺き民家としては珍しく、格子の建具のある町家風の趣がある建物は、1997年には「大前家住宅」として、神戸市の登録有形文化財の第1号に登録されていました。多くの茅葺き民家が姿を消す中、大前さんは、解体・移築後も文化財として認定されるように、市内でも古民家再生に定評のあるいるか設計集団に設計を託しました。
圧巻の茅葺き屋根は、大前さんたっての希望で復元されました。「亡き母が、京都・美山の茅葺き集落を訪ねて以降、その素晴らしさを折に触れて語っていたので、私の代で途絶えさせたくありませんでした」という大前さん。大学卒業時までご家族と暮らし、二十数年前に空き家になった後も、週末に訪れては、お母様の残された家と畑の手入れをされていました。
大前さんは、「できる限り、思い出あふれる家の古材を再利用し、畑仕事も続けたい」との想いで、移築再生プロジェクトをスタートさせました。
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大前さんは、「できる限り、思い出あふれる家の古材を再利用し、畑仕事も続けたい」との想いで、移築再生プロジェクトをスタートさせました。
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旧街道に面した玄関です。
古材を再利用した建具からも、懐かしい町家の風情が感じられます。軒下の腰掛け台は、昔の町家でよくみられた床几(しょうぎ)台で、長年ご実家で使っていたものです。脚の部分だけ、新居に合わせて、大工さんが付け替えてくれました。
外構の石も、すべて旧家から運んで来ました。
古材を再利用した建具からも、懐かしい町家の風情が感じられます。軒下の腰掛け台は、昔の町家でよくみられた床几(しょうぎ)台で、長年ご実家で使っていたものです。脚の部分だけ、新居に合わせて、大工さんが付け替えてくれました。
外構の石も、すべて旧家から運んで来ました。
かつての家の構造は、「石場建て」とよばれる、石の上に木の柱がのっているだけでした。再生後も、同じような構造に見えますが、実はコンクリートの基礎が打設されています。「昔ながらの意匠性をいかすために、(柱と基礎を固定する)ホールダウン用のアンカーボルトを、あらかじめ穴を開けておいた束石(つかいし)を通して、下のコンクリート基礎に落とし込んでいます」(設計者の殿井さん)。こうすることで、石場建ての雰囲気を保ちながら、現行法に適合した構造を実現できました。
こちらの附属棟のモルタル壁は、墨(スミ)を混ぜて、土壁のような手作業の雰囲気を出して仕上げています。
こちらの附属棟のモルタル壁は、墨(スミ)を混ぜて、土壁のような手作業の雰囲気を出して仕上げています。
旧家に使われていた古材は可能な限り再利用する予定でしたが、専門家にみてもらったところ、雨漏りや虫喰い腐食が進んでおり、全体の30%程度しか使えませんでした。
それでも、朽ち果てた梁から、取れる限りの寸法で、囲炉裏の框(かまち、木製外枠)をつくったり、防虫措置を施した後に床下に敷き詰めることで断熱材に流用するなど工夫をこらしました。
それでも、朽ち果てた梁から、取れる限りの寸法で、囲炉裏の框(かまち、木製外枠)をつくったり、防虫措置を施した後に床下に敷き詰めることで断熱材に流用するなど工夫をこらしました。
石庭の隣にある移築した畑。ここで大前さんは、ご先祖のお墓のある丘陵を眺めながら、たくさんの野菜や、お母様が大事にされていたダリヤを育てています。
リビングのモニュメント壁には、土木エンジニアの大前さんの研究分野でもあるコンクリートの混和材を工夫したフライアッシュ(FA)・コンクリートを採用しました。もともとダムの水和熱を低減減衰させる効果により、コンクリートの耐久性能を向上するために開発された材なので、「この家が高耐久性の高い建物になるようにとの願いもこめて使ってもらいました」(大前さん)。
厚さ22cmもある壁は、FAの「F」をかたどってデザインされています。
厚さ22cmもある壁は、FAの「F」をかたどってデザインされています。
リビング奥の書斎スペースには、「いつでもゴロンと寝転べるように」畳を入れてもらいました。
大前さんは、主に夏場は、茅葺き屋根の下で、田んぼを渡ってくる涼しい風を受けながらお昼寝をし、厳寒期には、薪ストーブや冷暖房が完備された附属棟で、快適に暮らしているそうです。
大前さんは、主に夏場は、茅葺き屋根の下で、田んぼを渡ってくる涼しい風を受けながらお昼寝をし、厳寒期には、薪ストーブや冷暖房が完備された附属棟で、快適に暮らしているそうです。
浴室の壁天井は、ヒバの板張り仕上げにしました。
「草むしりや畑仕事で汗をかいた後、ヒバの木の心地よい薫りに包まれながらのバスタイムは最高の贅沢です」(大前さん)
「草むしりや畑仕事で汗をかいた後、ヒバの木の心地よい薫りに包まれながらのバスタイムは最高の贅沢です」(大前さん)
以前の家では、屋内から茅葺き屋根を眺めることはできませんでした。それが、今では附属棟から、四季折々、さまざまな天候のもとでの「茅葺きの風情を存分に味わえるようになりました」と喜ぶ大前さん。特に雨の日は、雨水が茅をつたう様子をゆっくりと眺めて愉しんでおられます。
大前家住宅の移築再生プロジェクトは、実地調査から竣工まで3年の歳月がかかりました。建て主の大前さんを筆頭に、たくさんの人々の「風景も建物も技術も、そして、地域とのつながりも、大切に継続させていきたい」という強い想いがあったからこそ実現したと言えるでしょう。その甲斐あって、「大前家住宅」の茅葺き棟は、移築後も、引き続き神戸市の文化財として登録されています。
「茅葺き屋根の寿命は15〜30年ですが、差し茅や葺き替えなど、手入れをしていけば、いつまでも存続させられます。コロナが収束したら、たくさんの人に来てもらって、令和の時代によみがえった茅葺き民家の素晴らしさを、さらに伝えていきたいです」(大前さん)。
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「茅葺き屋根の寿命は15〜30年ですが、差し茅や葺き替えなど、手入れをしていけば、いつまでも存続させられます。コロナが収束したら、たくさんの人に来てもらって、令和の時代によみがえった茅葺き民家の素晴らしさを、さらに伝えていきたいです」(大前さん)。
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