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アルモドバル映画における、インテリアデザインの役割とは?
ペドロ・アルモドバル監督による、2020年アカデミー国際長編映画賞ノミネート作品『ペイン・アンド・グローリー』。この作品は、過去のアルモドバル作品におけるインテリアデザインを見つめ直すことから始まりました。
Bea González
2020年2月7日
ペドロ・アルモドバルにとって、セットのインテリアデザインは映画を作るうえでとても重要なものです。それは、2020年のアカデミー国際長編映画賞にノミネートされた最新作『ペイン・アンド・グローリー』(2019)についてもいえます。
「ペドロにとって、インテリアデザインは映画のもう一人の主人公なのです」と語るのは、『ペイン・アンド・グローリー』の美術監督であり、アルモドバルの長年のパートナーであるアンチョン・ゴメス。20世紀的なデザインアイコン、いかにもスペイン風の部屋やオブジェ、赤を中心とした色使いなど、いずれもアルモドバルのセットには欠かせない要素となっています。
「ペドロにとって、インテリアデザインは映画のもう一人の主人公なのです」と語るのは、『ペイン・アンド・グローリー』の美術監督であり、アルモドバルの長年のパートナーであるアンチョン・ゴメス。20世紀的なデザインアイコン、いかにもスペイン風の部屋やオブジェ、赤を中心とした色使いなど、いずれもアルモドバルのセットには欠かせない要素となっています。
『オール・アバウト・マイ・マザー』(1999) 写真:Teresa Isasi
アルモドバル作品においては、空間も登場人物と同じぐらい個性をもっています。
たとえば、『神経衰弱ぎりぎりの女たち』(1988)の、カルメン・マウラ演じるペパ・マルコスのテラス付きの大きなサロンに登場するグリーンのソファや、主人公が用意したガスパチョそっくりのオレンジの壁を思い出してください。
『オール・アバウト・マイ・マザー』(1999)でセシリア・ロス演じるマヌエラが住むバルセロナの家には1970年代の壁紙が使われており、これ自体がひとつのアイコンになっています(上の画像)。また、『ジュリエッタ』(2016)のキッチンの棚には、ガリシア地方の磁器メーカー、サルガデロスの食器が置かれています。
もちろん、最新作『ペイン・アンド・グローリー』でも、マドリードのロサレス通りにあるアルモドバルの家を、家具や本、アート作品にいたるまでゴメスが再現しています。
アルモドバル作品においては、空間も登場人物と同じぐらい個性をもっています。
たとえば、『神経衰弱ぎりぎりの女たち』(1988)の、カルメン・マウラ演じるペパ・マルコスのテラス付きの大きなサロンに登場するグリーンのソファや、主人公が用意したガスパチョそっくりのオレンジの壁を思い出してください。
『オール・アバウト・マイ・マザー』(1999)でセシリア・ロス演じるマヌエラが住むバルセロナの家には1970年代の壁紙が使われており、これ自体がひとつのアイコンになっています(上の画像)。また、『ジュリエッタ』(2016)のキッチンの棚には、ガリシア地方の磁器メーカー、サルガデロスの食器が置かれています。
もちろん、最新作『ペイン・アンド・グローリー』でも、マドリードのロサレス通りにあるアルモドバルの家を、家具や本、アート作品にいたるまでゴメスが再現しています。
『オール・アバウト・マイ・マザー』(1999)写真:Teresa Isasi
どうしてアルモドバルはそれほどまでにセットデザインにこだわるのか。「それは古典的ハリウッド映画の影響でしょう。この世界では、作り出されたものこそが重要なのです。だから、彼は作品のなかでハリウッド黄金期のセットを思い出して、もう一度作ろうとしているのです。
もちろん、ペドロ自身がオブジェや絵画などアート全般に関心をもつ洗練された人である、という事もありますが」と説明するのは『オール・アバウト・マイ・マザー』(写真)、『トーク・トゥ・ハー』(2002)、『私が、生きる肌』(2011)、そして『ペイン・アンド・グローリー』の美術監督を務めてきたアンチョン・ゴメスは説明します。
どうしてアルモドバルはそれほどまでにセットデザインにこだわるのか。「それは古典的ハリウッド映画の影響でしょう。この世界では、作り出されたものこそが重要なのです。だから、彼は作品のなかでハリウッド黄金期のセットを思い出して、もう一度作ろうとしているのです。
もちろん、ペドロ自身がオブジェや絵画などアート全般に関心をもつ洗練された人である、という事もありますが」と説明するのは『オール・アバウト・マイ・マザー』(写真)、『トーク・トゥ・ハー』(2002)、『私が、生きる肌』(2011)、そして『ペイン・アンド・グローリー』の美術監督を務めてきたアンチョン・ゴメスは説明します。
『ペイン・アンド・グローリー』(2019) 写真: Manolo Pavón
「私の仕事は物語が展開される空間を決めることです。それは、屋外のこともあれば、スタジオ内のセットのこともあります。そして、インテリアデザインは私の仕事の重要なパートを占めており、個人的には映画そのものよりもデザインやインテリアの仕事をしていると感じています」というゴメス。ゴメスは、アルモドバルが脚本を最初に共有する中心スタッフの一人で、毎作品、6ヵ月もの期間を作業に費やしているそうです。
下の写真は、『ペイン・アンド・グローリー』の主人公のキッチンで、やはりアルモドバルのマドリードの家のキッチンを再現したものです。チェアはピート・ヘイン・イークがデザインしたもので、右側に見える壁にかかった絵画はマルーハ・マロ(Maruja Mallo)の《El Racimo de uvas》(1944)という作品です。
「私の仕事は物語が展開される空間を決めることです。それは、屋外のこともあれば、スタジオ内のセットのこともあります。そして、インテリアデザインは私の仕事の重要なパートを占めており、個人的には映画そのものよりもデザインやインテリアの仕事をしていると感じています」というゴメス。ゴメスは、アルモドバルが脚本を最初に共有する中心スタッフの一人で、毎作品、6ヵ月もの期間を作業に費やしているそうです。
下の写真は、『ペイン・アンド・グローリー』の主人公のキッチンで、やはりアルモドバルのマドリードの家のキッチンを再現したものです。チェアはピート・ヘイン・イークがデザインしたもので、右側に見える壁にかかった絵画はマルーハ・マロ(Maruja Mallo)の《El Racimo de uvas》(1944)という作品です。
『ペイン・アンド・グローリー』(2019) 写真: Manolo Pavón
アルモドバルは作品のなかでセットをどのように使うのか
これまで20本以上の映画作品を手がけてきたアルモドバルですが、そこには「アルモドバル的」といえるセットの演出スタイルがあります。さまざまな要素が混じりあい、色彩豊かでとても賑やかですが、近年の作品では色鮮やかさにくわえて静謐さも備わっています。
『ペイン・アンド・グローリー』の中で、アルモドバルの生き写しのようなアントニオ・バンデラス演じるサルバドール・マロ(写真)は、たくさんのアート作品に囲まれて暮らしています。写真では、マルーハ・マロのシュルレアリスム絵画《Máscaras diagonal》(1951)やマン・レイのモノクロ写真、さらにはヘリット・リートフェルトのソファ《Utrecht》、ディス・ベルリンのトーテムポール、CLOT×Levi’s×メディコム・トイのコラボによる《Strawberry Bearbrick》(2008)、パトリシア・ウルキオラがモローゾのためにデザインした白いチェア《Fjord H》が見られます。こうしたものはアルモドバルの知識の深さをうかがわせます。
また、部屋にある家具や小物類の背景にあるそれぞれのストーリーは、アルモドバルの個人的な体験や登場人物の感情に寄り添い、補強する役目を担っています。
エル・パイス紙が映画公開後に公開した記事によれば、先ほど触れたマルーハ・マロの油絵《El Racimo de uvas》は、ラ・マンチャ地方出身のこの映画作家が長年愛してきた作品で、2017年にマドリードのアートギャラリー「galeria Guillermo de Osma」で開かれたマロ作品の回顧展で見たときに、一目惚れをしたそうです。
パトリシア・ウルキオラがつくる変幻自在のデザインの世界
アルモドバルは作品のなかでセットをどのように使うのか
これまで20本以上の映画作品を手がけてきたアルモドバルですが、そこには「アルモドバル的」といえるセットの演出スタイルがあります。さまざまな要素が混じりあい、色彩豊かでとても賑やかですが、近年の作品では色鮮やかさにくわえて静謐さも備わっています。
『ペイン・アンド・グローリー』の中で、アルモドバルの生き写しのようなアントニオ・バンデラス演じるサルバドール・マロ(写真)は、たくさんのアート作品に囲まれて暮らしています。写真では、マルーハ・マロのシュルレアリスム絵画《Máscaras diagonal》(1951)やマン・レイのモノクロ写真、さらにはヘリット・リートフェルトのソファ《Utrecht》、ディス・ベルリンのトーテムポール、CLOT×Levi’s×メディコム・トイのコラボによる《Strawberry Bearbrick》(2008)、パトリシア・ウルキオラがモローゾのためにデザインした白いチェア《Fjord H》が見られます。こうしたものはアルモドバルの知識の深さをうかがわせます。
また、部屋にある家具や小物類の背景にあるそれぞれのストーリーは、アルモドバルの個人的な体験や登場人物の感情に寄り添い、補強する役目を担っています。
エル・パイス紙が映画公開後に公開した記事によれば、先ほど触れたマルーハ・マロの油絵《El Racimo de uvas》は、ラ・マンチャ地方出身のこの映画作家が長年愛してきた作品で、2017年にマドリードのアートギャラリー「galeria Guillermo de Osma」で開かれたマロ作品の回顧展で見たときに、一目惚れをしたそうです。
パトリシア・ウルキオラがつくる変幻自在のデザインの世界
『ペイン・アンド・グローリー』(2019) 写真: Manolo Pavón
「アルモドバルのどの作品にも、まぎれもなく彼個人の刻印が押されています。赤い色だけでなく、ブルーグレー、アッシュグリーン、アプリコットもあります。白は好まないですし、ローズやモーブも使いません。近年の作品では、より多くの色を用いています。舞台をベースとなる色を塗ったキャンバスに見立て、そこにオブジェを置くことで、これらは印象深いものとなりました」と語るゴメスは、『ペイン・アンド・グローリー』で2019年度のヨーロッパ映画賞最優秀プロダクション・デザイナー賞を、スティーブン・ソダーバーグの『チェ』で2008年度のゴヤ賞も受賞しています。
上の画像は、アシエル・エチェアンディア演じるアルベルト・クレスポが住むマドリード郊外のエル・エスコリアルにある家の居間で、『ペイン・アンド・グローリー』のもうひとつの重要な空間です。部屋の隅に置かれたフロアランプはサンタ&コールの《Dórica》で、ジョルディ・ミラベルとマリオナ・ラベントスがデザインしたものです。サイドボードにはルイス・ペレス・デ・ラ・オリーバ(Luis Pérez de la Oliva)の《Fase Boomerang 2000》(1968)というデスクランプがあります。壁には、マリーア・アスンシオン・ラベントスが手がけた1970年代のタペストリーがあり、写真右手には、ヴェルナー・パントンの照明《Fun 1STM》も見られます。
知っておきたい名作家具:「パントンチェア」のある12のインテリア
「アルモドバルのどの作品にも、まぎれもなく彼個人の刻印が押されています。赤い色だけでなく、ブルーグレー、アッシュグリーン、アプリコットもあります。白は好まないですし、ローズやモーブも使いません。近年の作品では、より多くの色を用いています。舞台をベースとなる色を塗ったキャンバスに見立て、そこにオブジェを置くことで、これらは印象深いものとなりました」と語るゴメスは、『ペイン・アンド・グローリー』で2019年度のヨーロッパ映画賞最優秀プロダクション・デザイナー賞を、スティーブン・ソダーバーグの『チェ』で2008年度のゴヤ賞も受賞しています。
上の画像は、アシエル・エチェアンディア演じるアルベルト・クレスポが住むマドリード郊外のエル・エスコリアルにある家の居間で、『ペイン・アンド・グローリー』のもうひとつの重要な空間です。部屋の隅に置かれたフロアランプはサンタ&コールの《Dórica》で、ジョルディ・ミラベルとマリオナ・ラベントスがデザインしたものです。サイドボードにはルイス・ペレス・デ・ラ・オリーバ(Luis Pérez de la Oliva)の《Fase Boomerang 2000》(1968)というデスクランプがあります。壁には、マリーア・アスンシオン・ラベントスが手がけた1970年代のタペストリーがあり、写真右手には、ヴェルナー・パントンの照明《Fun 1STM》も見られます。
知っておきたい名作家具:「パントンチェア」のある12のインテリア
『ボルベール〈帰郷〉』(2006) 写真:Paola Ardizzoni, Emilio Pereda
すでに見てきたように、セットはアルモドバル作品の中で、導線を担うものです。しかしそれは、ポップな色彩で室内を染め上げることだけでなく、象徴性やオブジェの意味を与える事なのです。
赤い色の他には、プリント生地やアート作品、様々なオブジェやキッチュな雰囲気の中にスペインの文化を感じさせる小物たち、例えばカギ編みのじゅうたんや暗い色のバロックスタイルの家具、掃除用のプロントの缶などがあります。
すでに見てきたように、セットはアルモドバル作品の中で、導線を担うものです。しかしそれは、ポップな色彩で室内を染め上げることだけでなく、象徴性やオブジェの意味を与える事なのです。
赤い色の他には、プリント生地やアート作品、様々なオブジェやキッチュな雰囲気の中にスペインの文化を感じさせる小物たち、例えばカギ編みのじゅうたんや暗い色のバロックスタイルの家具、掃除用のプロントの缶などがあります。
『トーク・トゥ・ハー』(2002) 写真: Miguel Bracho
「どの作品にも花瓶が登場しますが、花はあることもないこともあります。ふっくらしたソファは、はっきりとしたレッドやオレンジの様な暖色系にしています。ただ、同じものは繰り返さないようにしています。たとえばあるオブジェを使えば、次作では使わないようにします」と語るゴメスは、上の写真にある『トーク・トゥ・ハー』(2002)でも美術監督を務め、ガエ・アウレンティのテーブル《Tour》やエリオ・マルティネリがデザインしたテーブルランプ《Serpiente》を採用しています。
また、鍵となる場面を撮影するために選ばれた建物は、スペインの建築を知るうえでの手がかりとなります。たとえば、バレンシアにあるパテルナの洞窟から、マドリードにある「トーレ・ピカソ」、環状線M-30沿いの集合住宅、フェルナンド・イゲーラスが手がけた「コロナ・デ・エスピナス」、バルセロナのモダニズム建築「カーサ・ラモス」、そしてラ・マンチャの街の家々…。でも、これはまたの機会にお話ししましょう。
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「どの作品にも花瓶が登場しますが、花はあることもないこともあります。ふっくらしたソファは、はっきりとしたレッドやオレンジの様な暖色系にしています。ただ、同じものは繰り返さないようにしています。たとえばあるオブジェを使えば、次作では使わないようにします」と語るゴメスは、上の写真にある『トーク・トゥ・ハー』(2002)でも美術監督を務め、ガエ・アウレンティのテーブル《Tour》やエリオ・マルティネリがデザインしたテーブルランプ《Serpiente》を採用しています。
また、鍵となる場面を撮影するために選ばれた建物は、スペインの建築を知るうえでの手がかりとなります。たとえば、バレンシアにあるパテルナの洞窟から、マドリードにある「トーレ・ピカソ」、環状線M-30沿いの集合住宅、フェルナンド・イゲーラスが手がけた「コロナ・デ・エスピナス」、バルセロナのモダニズム建築「カーサ・ラモス」、そしてラ・マンチャの街の家々…。でも、これはまたの機会にお話ししましょう。
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