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彫刻のような曲面に守られた、光あふれる都心のメゾネット
都内の高級住宅地に建てられた「長屋」。彫刻のような壁の裏側には、極上のプライベート空間が広がっていました。
Naoko Endo
2020年2月6日
出版社、不動産ファンド、代理店勤務を経て、フリーランス・ライター。
個人ブログ「a+e」http://a-plus-e.blogspot.jp/
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東京・世田谷区の閑静な住宅街で、異彩を放つこちらの建物。独特の形状をした壁の内に、8戸の住宅をおさめています。竣工から今年で8年、空室率は限りなくゼロという、高い人気を誇ります。
設計したのは、アールテクニック一級建築士事務所の代表を務める井手孝太郎さん。竣工以来、2-3階のメゾネットに奥さまとお住まいです。1階には事務所も構えています。
下の写真は、井手邸のリビングで撮影した一枚です。抱いているのは愛犬のJuJuちゃん。イームズチェアは20代に買ったものだそうです。
設計したのは、アールテクニック一級建築士事務所の代表を務める井手孝太郎さん。竣工以来、2-3階のメゾネットに奥さまとお住まいです。1階には事務所も構えています。
下の写真は、井手邸のリビングで撮影した一枚です。抱いているのは愛犬のJuJuちゃん。イームズチェアは20代に買ったものだそうです。
「四角い壁に三角屋根を乗せて、窓と扉をつけておしまい、そんな記号のような家を私はつくりたくありません。このBREEZEも、収益物件として付加価値が必要だったということもありますが、ただそこにあるだけで美しいと思える建物にしたかった。『外観で冒険したね』とよく言われますが、実はそうではない。さまざまな要因に対応した、必然的な形状なのです」
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どんなHouzz?
所在地:東京都世田谷区
主要用途:事務所併用住宅(事務所+8戸)
敷地面積:915.84㎡
延床面積:1136.63㎡
階数:地下1階+地上3階
主体構造:鉄筋コンクリート造
設計・設備・管理:アールテクニック一級建築士事務所
竣工年月:2012年6月
写真:ジミー・コールセン フォトグラフィー、Nacasa & Partners Inc.(アールテクニックのプロジェクト内のもの)
所在地:東京都世田谷区
主要用途:事務所併用住宅(事務所+8戸)
敷地面積:915.84㎡
延床面積:1136.63㎡
階数:地下1階+地上3階
主体構造:鉄筋コンクリート造
設計・設備・管理:アールテクニック一級建築士事務所
竣工年月:2012年6月
写真:ジミー・コールセン フォトグラフィー、Nacasa & Partners Inc.(アールテクニックのプロジェクト内のもの)
地上フロアは3つ、住宅はメゾネット形式で、1-2階と2-3階にそれぞれ4戸ずつという配置です。
1階はテラス側の天井高が最大で4メートルもあります。「単なる四角い吹き抜けにはしたくなかった」と井手さん。天井には傾斜がついています。開口部が大きくなり、採光も大きく、空間にも広がりがでます。
躯体を同じくする階上にあるメゾネットの専用庭(屋上緑化)にも、この傾斜がつきます。
下の写真は、2階の室内からの眺めです。
躯体を同じくする階上にあるメゾネットの専用庭(屋上緑化)にも、この傾斜がつきます。
下の写真は、2階の室内からの眺めです。
このように、2-3階の住宅では、目に入る緑のボリュームが大きくなり、植栽も高くなります。住宅密集地における目隠しとしても有効です。傾斜の効果か、雑草がほとんど生えないそうです。
建物の南側はこのような造り。前面道路からは想像もできませんね。
ところで、この建物は法規上、共同住宅ではありません。長屋に分類されます。廊下などの共有部をつくらないことで生まれた空間を、内部と外部に機能的に割り当てています。
そして、この特徴的なコンクリート壁は、建物の外壁ではありません。いわば緩衝帯で、後述するさまざまな役目を担っています。
そして、この特徴的なコンクリート壁は、建物の外壁ではありません。いわば緩衝帯で、後述するさまざまな役目を担っています。
住宅の玄関は、緩衝帯の裏側に隠れるようにして用意されています。1階はL字に曲がった通路の先に、2階は階段の上に。このわかりにくさは、前述の「記号化した家」をよしとしない、設計者の意図のうちです。
1階と2階、どちらの玄関に向かっても、両側を壁に挟まれて、洞窟を歩いているかのようにドラマチックです。
玄関の前までくると、前と後ろの視界がパッとひらけました。屋根もあり、コートを脱ぎ着したり、濡れた傘を折りたたむなどの身支度ができます。
玄関の前までくると、前と後ろの視界がパッとひらけました。屋根もあり、コートを脱ぎ着したり、濡れた傘を折りたたむなどの身支度ができます。
「玄関先にはこれくらいの広さが欲しかった」と井手さん。緩衝帯に膨らみをもたせたことで可能になったスペースです。
逆に、緩衝帯の”根元”の辺りは、敷地の内側にセットバックしており、都内の住宅地には貴重な専用の駐車場をしっかりと確保しています。
玄関の扉はスチール製。表面の模様はリン酸色亜鉛処理を施したもので、耐久性があり、サビが出ません。1階の郵便受けなども同じデザインで、いずれの箇所もこれまで塗り直したことがないそうです。
室内は、外装と同じ、コンクリートの型枠の横縞模様がそのまま連続しています。
「壁にクロスを張らないことで、廻り縁や巾木が要らなくなり、入居者が変わる際のクリーニングも1日あれば完了します。ありがたいことに、このBREEZEを気に入って、大事に住んでくださる方ばかりなので、あまり汚れてもいないのです」(井手さん談)
「壁にクロスを張らないことで、廻り縁や巾木が要らなくなり、入居者が変わる際のクリーニングも1日あれば完了します。ありがたいことに、このBREEZEを気に入って、大事に住んでくださる方ばかりなので、あまり汚れてもいないのです」(井手さん談)
空調システムと間取りは、造作家具などに多少の違いがあるだけで、基本的にどの住戸も同じです。
井手邸の場合、2階の寝室と廊下との境が仕切りが吊り戸になっていて、可動式になっています。
井手邸の場合、2階の寝室と廊下との境が仕切りが吊り戸になっていて、可動式になっています。
吊り戸を閉めた状態(竣工当時のもの)
ゲストがきた時などに戸を締め切ることができますが、ほとんど開けっ放しとのことです。
ゲストがきた時などに戸を締め切ることができますが、ほとんど開けっ放しとのことです。
冷暖房はヒートポンプ式の床下冷暖房空調システムを採用。ガラス窓に沿って設けたレール状の吹き出し口から、夏場は冷気を、冬場は暖気を吹き出して、コールドドラフトを生じにくくしています。
階段を昇りきった3階には、外からは想像もつかなかった、素晴らしい眺めが待っていました。
井手さんがイメージしたのは、井手さんがかつて目にした、プライベートビーチの光景です。
「地元の人しか知らないような狭くて細い通路を通り抜けた先に、美しいビーチが不意に現れる。その光景を表現したいと当初から考えていました。そして、敷地が置かれた環境を読み解いていくうちに、あの曲面の壁、緩衝帯がたち現れたのです」(井手さん談)
「地元の人しか知らないような狭くて細い通路を通り抜けた先に、美しいビーチが不意に現れる。その光景を表現したいと当初から考えていました。そして、敷地が置かれた環境を読み解いていくうちに、あの曲面の壁、緩衝帯がたち現れたのです」(井手さん談)
ひとつは騒音への対処です。
大きな屋敷も多い、閑静な住宅地に位置するものの、前面の2つの道路は、昼も夜も頻繁に車やバイクが通ります。井手さんは夜間の竣工写真の撮影にとても苦労したそうです(車のライトが何本も走った、下の写真からもお察しください)。
建物の外にもう一枚、コンクリートの緩衝帯があることで、建物の遮音性能を文字通り二重に高めています。
大きな屋敷も多い、閑静な住宅地に位置するものの、前面の2つの道路は、昼も夜も頻繁に車やバイクが通ります。井手さんは夜間の竣工写真の撮影にとても苦労したそうです(車のライトが何本も走った、下の写真からもお察しください)。
建物の外にもう一枚、コンクリートの緩衝帯があることで、建物の遮音性能を文字通り二重に高めています。
外観から、室内の一部が暗いのではないかと想像していましたが、杞憂でした。緩衝帯の内側には光庭が用意されています。
上の写真は、日中の屋上からの見下ろしです。手前が2つの住宅の間にある光庭で、窓が互いの向かい合わないよう、住まい手同士のプライバシーにも配慮されています。
周りをほぼ同じ高さの住宅に囲まれているなか、いちばん外側にたつ緩衝帯は、まるでマントのようです。
周りをほぼ同じ高さの住宅に囲まれているなか、いちばん外側にたつ緩衝帯は、まるでマントのようです。
今回の取材では特別に、屋上にも上がらせていただきました。
視界は360度、丹沢山脈の先に富士山も望める屋上は、土を入れて緑化しています。足腰が弱くなった”娘”のJuJuちゃんにとっても快適で、安心できる芝生の庭です。
奥さまがせっせと手を入れている菜園では、イタリアパセリ、ルッコラ、ミントなどが収穫できます。柑橘系は往々にして蝶の幼虫のパラダイスと化すものの、かぼちゃはびっくりするほどの大きさに育ちます(取材の帰りには前の日に摘んだばかりという唐辛子をお土産にいただきました)。
視界は360度、丹沢山脈の先に富士山も望める屋上は、土を入れて緑化しています。足腰が弱くなった”娘”のJuJuちゃんにとっても快適で、安心できる芝生の庭です。
奥さまがせっせと手を入れている菜園では、イタリアパセリ、ルッコラ、ミントなどが収穫できます。柑橘系は往々にして蝶の幼虫のパラダイスと化すものの、かぼちゃはびっくりするほどの大きさに育ちます(取材の帰りには前の日に摘んだばかりという唐辛子をお土産にいただきました)。
生き物への愛情は、リビングの植物にも。スパティフィラムの鉢植えが2つ、かなり立派に育っています。上からたっぷりと水を与えて、葉に付着した埃を落としやらないと、ここまで大きくはなりません。
テラスまでスムーズに運び出せるよう、鉢はキャスター付き。既製品ではなく、井手さんがスチールや車輪などのパーツを買い、試行錯誤して作った力作です。
テラスまでスムーズに運び出せるよう、鉢はキャスター付き。既製品ではなく、井手さんがスチールや車輪などのパーツを買い、試行錯誤して作った力作です。
植物への水やりや、水槽を洗ったりする水やりのホースや、園芸用品、建築家仲間が集まったときに活躍するアウトドア用品などは、テラスに面した収納庫の中にまとめられています。奥行きは1メートル、室内の収納と奥行きを揃えています。
どちらも扉を閉めれば、壁と一体化してスッキリ。井手さんが休日に使うデスクも、チェアごとすっぽりと格納されます。
井手さんが手がける住宅は、2008年に軽井沢に建てた別荘で、海外の雑誌に今でも紹介されるという《Shell》のように、造形的な佇まいに目を奪われがちですが、空間の内部、その細部に至るまで計算されています。
そのことは、houzzの井手さんのページに寄せられたレビューからもわかります。
施主からの言葉のひとつ、「素敵に暮らすためのディテールへのこだわり」を、今回の取材で垣間見ることができました。
そのことは、houzzの井手さんのページに寄せられたレビューからもわかります。
施主からの言葉のひとつ、「素敵に暮らすためのディテールへのこだわり」を、今回の取材で垣間見ることができました。
3階のLDKの壁に飾られた油絵は、洋画家だったおじいさまが描いたもの。その手前、一枚の天然木を継ぎ合わせたカウンターに、白い大理石の立体作品がさりげなく置かれていました。東京ミッドタウンにも作品が常設されている、著名な作家の手によるものです。
「日常の生活の中に置いて、触れてみたり、いろんな時間と光の中で鑑賞しないと、作品の本当の良さはわからないし、理解したことにもならない」と井手さん。
取材を終え、BREEZEを去る時に、後ろを振り返ってみました。存在感はたしかに大きいものの、約8年という時間に晒された建物は、もっとずっと前からそこに建っているようでした。
取材を終え、BREEZEを去る時に、後ろを振り返ってみました。存在感はたしかに大きいものの、約8年という時間に晒された建物は、もっとずっと前からそこに建っているようでした。
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