3.3m×9mの狭小地に挑んだ、デザイン力と素材選びが際立つ建築家の自邸
下町の風情ある景色を窓やルーフテラスで上手に取り入れ、延床面積70平米のコンパクトサイズながら光が行き届き、夏も冬も快適に過ごせる環境を実現した住まい。
takako kawaguchi
2019年1月6日
都心に住む場合、広々とした住宅敷地を確保しにくいのは周知のこと。それでも利便性や理想のライフスタイルの観点から、気に入った都心エリアに家を建てたいと思う人は多い。東京の下町的風情が残る路地に自邸を建てた川久保智康建築設計事務所の川久保智康さんもその一人だ。手に入れた敷地は間口3.3m×奥行き9mとコンパクト。都心の狭小地という課題克服の鍵となったのは、緻密に計算された空間設計と素材選び。さらに、外観は周囲の住宅やお寺などの味わいある環境に溶け込み、内部はコージーで住まい手の生活にフィットすることも追求した。建築家の思いを結実させ、2017年グッドデザイン賞に輝いたこだわりの自邸をご紹介する。
近年はアーティストのアトリエやギャラリーなどが増えている土地柄で、一見すると居住用とは思えないスタイリッシュな建物。コンクリート壁と大きく張り出した出窓が印象的な外観だ。
ここは商業地域にあり、3階以上の場合は耐火建築にする必要があった。さらに河川に近い地盤状況でもある。そこで川久保さんが選んだのが、鉄骨フレームに押出成形セメント板「アスロック」を施工する工法。厚さ約6cmのセメント板は軽量で、耐火性・耐震性があり、止水性能も良好。まさにこの家にはうってつけの素材である。
セメント板パネルを外壁に配置する際には、鉄骨の内側から外に貼る工法にも初めてトライ。この画期的な試みによって、通常は外周に40cmほど必要な作業スペースを取らず、工事可能となった。それはすなわち、内部空間を少しでも広く取れることを意味する。左は15cm、右は25cmと敷地境界線ぎりぎりまで壁を寄せていることが写真からもわかる。
ここは商業地域にあり、3階以上の場合は耐火建築にする必要があった。さらに河川に近い地盤状況でもある。そこで川久保さんが選んだのが、鉄骨フレームに押出成形セメント板「アスロック」を施工する工法。厚さ約6cmのセメント板は軽量で、耐火性・耐震性があり、止水性能も良好。まさにこの家にはうってつけの素材である。
セメント板パネルを外壁に配置する際には、鉄骨の内側から外に貼る工法にも初めてトライ。この画期的な試みによって、通常は外周に40cmほど必要な作業スペースを取らず、工事可能となった。それはすなわち、内部空間を少しでも広く取れることを意味する。左は15cm、右は25cmと敷地境界線ぎりぎりまで壁を寄せていることが写真からもわかる。
もともとこの近辺に住んでおり、この古い街並みやその情緒を知り尽くしている川久保さん。機能から選んだ外壁のセメント板は質感にもこだわり、工場に何度も出向いて相談をしたそう。結果、通常は型から押し出したセメント板に磨き仕上げをするところを、「磨かずに『押し出しっぱなし』のまま、粗さを活かした質感で使わせてもらいました(笑)」。工業製品ながら手仕事感のあるコンクリートの表情。お寺などが建つ周辺環境、ゆったりとした時間が流れる路地の雰囲気になじみ、ずっと前からここにあるかのような自然な佇まいに仕上がった。
家の真向かいのお寺では、10mもの柳の木が美しく枝葉を揺らせている。このお寺と柳の存在は、土地選びの決定材料にもなったほど。お寺は低層で建て替えの心配がなく、区の保存樹である柳は趣き深い借景として活かせる。家の中からこの景色をどう楽しむかは、空間づくりの大きなポイントにもなった。
家の真向かいのお寺では、10mもの柳の木が美しく枝葉を揺らせている。このお寺と柳の存在は、土地選びの決定材料にもなったほど。お寺は低層で建て替えの心配がなく、区の保存樹である柳は趣き深い借景として活かせる。家の中からこの景色をどう楽しむかは、空間づくりの大きなポイントにもなった。
横丁へと空間を開いた玄関ポーチは、外と内を程よい距離感でつないでいる。フレーミングされたガラス扉の向こうに1階の様子が垣間見え、内部スペースへの期待感が高まる。玄関床はセメント板ともなじむ、溶融亜鉛メッキのスチール製。出窓のフレームにも同じ素材を使用している。
どんなHouzz?
家族構成:40代夫婦、子ども1人
所在地:東京都台東区
構造・規模:鉄骨造地上3階
敷地面積:29.30平方メートル
建築面積:23.42平方メートル
延床面積:70.04平方メートル
設計:川久保智康建築設計事務所
構造:久米弘記建築構造研究所
施工:株式会社栄建
竣工:2016年10月
撮影:傍島利浩
どんなHouzz?
家族構成:40代夫婦、子ども1人
所在地:東京都台東区
構造・規模:鉄骨造地上3階
敷地面積:29.30平方メートル
建築面積:23.42平方メートル
延床面積:70.04平方メートル
設計:川久保智康建築設計事務所
構造:久米弘記建築構造研究所
施工:株式会社栄建
竣工:2016年10月
撮影:傍島利浩
1階の玄関土間は、子どもが友達と遊んだり、付き添う大人同士がおしゃべりしたりと自由に使えるスペース。普段はピアノの練習にも活用している。右手前の白い壁の内部はシューズクローゼット。突き当たりにはトイレと浴室がある。
あまり日の当たらない1階であるにも関わらず、足元がやんわりとした暖かさに包まれている。1、2階はスラブ上に温水管を配した床暖房となっているためだ。約20cm厚の蓄熱体となった床は「たとえるなら岩盤浴みたいな感じで、冬中、春を思わせる暖かさです」。10月末から3月頃までは床暖房を入れっぱなし。常時やわらかく暖められたコンクリートによって、家全体に快適な空気が行き渡る。熱風を出すエアコンを使わないおかげか、湿度は冬場もおおむね40%前後に保たれているそう。
あまり日の当たらない1階であるにも関わらず、足元がやんわりとした暖かさに包まれている。1、2階はスラブ上に温水管を配した床暖房となっているためだ。約20cm厚の蓄熱体となった床は「たとえるなら岩盤浴みたいな感じで、冬中、春を思わせる暖かさです」。10月末から3月頃までは床暖房を入れっぱなし。常時やわらかく暖められたコンクリートによって、家全体に快適な空気が行き渡る。熱風を出すエアコンを使わないおかげか、湿度は冬場もおおむね40%前後に保たれているそう。
2階に上がると、路地側には6畳のリビング、反対側には4.5畳のキッチン。家族の生活が凝縮された空間だ。
「もともとビジネスホテルみたいな空間が好きなんです。必要なものが手近にまとまって機能的な感じで。この家もコンパクトだからこそ、床暖房などを充実させ、スペックを上げられた面もあります。高機能にしやすいのもコンパクトな住宅のよさかもしれませんね。マンションを買うことも検討しましたが、都会のほぼ真ん中でこうして便利に住むのもありかな、と」。
階段周りに筋交いを集中させたのも、スペース対策のひとつ。左右の大きな壁に筋交いを入れると10cmは厚みがとられ、その分部屋が狭くなってしまう。そこで鉄骨と一体化した鉄製階段の周りを筋交いで固め、大黒柱のように家を支える仕組みにした。家具搬入などのためにも、最低寸法と考えていた短手230cmを確保できている。
「もともとビジネスホテルみたいな空間が好きなんです。必要なものが手近にまとまって機能的な感じで。この家もコンパクトだからこそ、床暖房などを充実させ、スペックを上げられた面もあります。高機能にしやすいのもコンパクトな住宅のよさかもしれませんね。マンションを買うことも検討しましたが、都会のほぼ真ん中でこうして便利に住むのもありかな、と」。
階段周りに筋交いを集中させたのも、スペース対策のひとつ。左右の大きな壁に筋交いを入れると10cmは厚みがとられ、その分部屋が狭くなってしまう。そこで鉄骨と一体化した鉄製階段の周りを筋交いで固め、大黒柱のように家を支える仕組みにした。家具搬入などのためにも、最低寸法と考えていた短手230cmを確保できている。
濃いグレーの階段は家を支えるだけでなく、屋上のハイサイドライトから階下へと、光をつなぐ役割も果たす。リビングやキッチンにいても、両脇のガラス壁を通して自然光の恩恵にあずかれる。
平米数にしては階段がゆったりめの角度設計になっている点にも注目したい。半階ずつつなぎ合わせた形と合わせ、上り下りを楽にするための工夫だ。デザイン的にはささら(段部を支える梁のこと)や段板の厚みを最低限にして軽快な印象に。階段を通して上下斜めにも、抜けるように視界が広がり、それぞれの空間共有を可能にしている。
平米数にしては階段がゆったりめの角度設計になっている点にも注目したい。半階ずつつなぎ合わせた形と合わせ、上り下りを楽にするための工夫だ。デザイン的にはささら(段部を支える梁のこと)や段板の厚みを最低限にして軽快な印象に。階段を通して上下斜めにも、抜けるように視界が広がり、それぞれの空間共有を可能にしている。
リビング窓はサッシのないフィックスタイプ。大きく四角に切り取った窓の先に、風情満点の柳の様子が楽しめる。柳が揺れていると風を感じ、葉やその先のお寺の瓦が濡れていると雨が降り出したなと、いつも外とつながっている気持ちになれる。出窓になっているので、中からも下の路地は見えず、路地からもリビングはほとんど見えない。
壁紙は天井や床のコンクリートとさりげなくなじむよう、グレーをチョイス。天井は張らず、コンクリートスラブそのまま。型のナチュラルな木目模様が写し出され、居住空間にふさわしいやわらかさをプラスしている。
壁紙は天井や床のコンクリートとさりげなくなじむよう、グレーをチョイス。天井は張らず、コンクリートスラブそのまま。型のナチュラルな木目模様が写し出され、居住空間にふさわしいやわらかさをプラスしている。
3階には寝室と子ども部屋がある。1階から3階へ上るにつれて、プライバシーの度合いが上がるようレイアウトしている。そのため、3階の2部屋には引き戸を設置した。
3階は床にフレンチパイン材を使い、あたたかみを演出。写真は6畳の寝室だ。向かいの柳は10mほどあるため、3階からも十分にその姿を堪能できる。
子ども部屋には、階段越しのハイサイドライトからやわらかな光が差し込む。踊り場が切れたデザインになっているのも、光や視界を妨げないポイントだ。
現在はこの窓に、お子さん自らが好みのカーテンを作って内側からアレンジを施した。階段を上り下りする人が楽しめるよう、外側にはオリジナリティあふれる自作の絵を飾っている。
現在はこの窓に、お子さん自らが好みのカーテンを作って内側からアレンジを施した。階段を上り下りする人が楽しめるよう、外側にはオリジナリティあふれる自作の絵を飾っている。
ロフトの書斎スペース。川久保さんがほぼ独占して使っている、お気に入りの空間だ。各スペースにしっかり収納を設け、部屋からものがあふれないように計算してある点も参考になる。
ロフトの向かいにはルーフテラスをつくった。「この屋上は想像した以上に気持ちのいい空間に仕上がりました。室内からテラスを眺めるだけでも開放的な気分になります。中が窮屈だからオープンなスペースがあるとほっとするのでしょうね。狭小住宅は、外部環境とうまくつなげて広がりを感じる作りにすることが大切なのかもしれません」。
テラスに出ると、柳とお寺の屋根越しに眺望が開ける。住宅密集地にあり、周囲は高層建物が囲むが、目の前が低層のため、圧迫感はほとんどない。
ここでは子どもと一緒に、テントやパラソルを出してゆっくり過ごすことも。大勢の知人とホームパーティを楽しむ際には、2階のキッチンやリビング、階段、そしてこのテラスで皆が思い思いにくつろぎ、交流を深められるそう。
ここでは子どもと一緒に、テントやパラソルを出してゆっくり過ごすことも。大勢の知人とホームパーティを楽しむ際には、2階のキッチンやリビング、階段、そしてこのテラスで皆が思い思いにくつろぎ、交流を深められるそう。
土日は観光客もたくさん通る、下町情緒あふれる横丁にある家。将来的には、横丁とつながる1階土間をフリースペースとして活用することも思案中だ。陶芸をしている友達の作品展を行ってはどうか。一日だけの出張所として、家づくりに興味を持ってもらう場にしてもいい。小さな家の可能性は、アイデア次第でこの先大きく広がりそうである。
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自分も狭小住宅が好きで、特に増沢洵の最小限住宅、所謂9坪ハウスが理想です。
人間基本的に若くはなっていかないので、2階建てが限度かな。
都会ならではのお宅でしたね。コンセプトは素敵です。周囲に開かれた空間構成、狭小住宅では両立しがたいのでしょうが、素晴らしいお宅でした。
人間の欲望と言うか望みは尽きないモノと思いました。都会における住宅事情が生み出した「創意工夫」の賜物ですね!
建築家に限らずいろんな場面で日常的にあらゆる企業でも「創意工夫」は人間の持つ特有の意識でしょうか・・・ね!
とても素敵な家でしたね!
マンション価格が高騰する中、いっそ一戸建ても…と最近考えはじめました。
しかし気になるのは、4階建てでは将来体がきつくなる一方ですよね…。
売却してマンションや2階建ての一戸建て、あるいは老人ホームに
引っ越すにしても、希望の価格で売却できるかなど、老後に心配したくなくて。
タイニーハウスでも注文住宅なら売れるでしょうか?