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5分でわかるデザイン様式:19世紀末の新しい芸術、アール・ヌーヴォースタイル
19世紀末から20世紀初頭の十数年間、ヨーロッパを席巻した「新しい芸術」アール・ヌーヴォー様式。ロココやジャポニズムとの関連や、時代の流れとともに紐解きます。
西谷典子|Noriko Nishiya
2018年5月6日
ベル・エポック=良き時代のパリで発祥したアール・ヌーヴォー様式は、優雅で美しくまた大変個性的なスタイルで、現代でも多くの人に愛されています。それまでの芸術の伝統的な慣習の殻を破ったこの新しいムーブメントは、20世紀のモダニズムの基礎となっていきました。
伝統を打ち破った「新しい芸術」
「アール・ヌーヴォー」とは「新しい芸術」という意味。アーツ&クラフツの時代が始まったすぐ後、1890年代〜1910年代頃がその全盛期で、比較的短い流行でした。パリから発信されたこのスタイルは、その後ヨーロッパ大陸やアメリカで広まるにつれ、ドイツでは「ユーゲン・スティル」、オーストリア、ハンガリーでは「セセッション」(分離派=過去からの離脱という意味)、イタリアでは「スティレ・リベルティ」と、国によって異なる名前で呼ばれます。共通していえるのは、過去の伝統的な様式から切り離された、当時まったく新しい芸術であったという点です。
「アール・ヌーヴォー」とは「新しい芸術」という意味。アーツ&クラフツの時代が始まったすぐ後、1890年代〜1910年代頃がその全盛期で、比較的短い流行でした。パリから発信されたこのスタイルは、その後ヨーロッパ大陸やアメリカで広まるにつれ、ドイツでは「ユーゲン・スティル」、オーストリア、ハンガリーでは「セセッション」(分離派=過去からの離脱という意味)、イタリアでは「スティレ・リベルティ」と、国によって異なる名前で呼ばれます。共通していえるのは、過去の伝統的な様式から切り離された、当時まったく新しい芸術であったという点です。
ジャポニズムの影響
ちょうどこのロココリバイバルの頃、つまりネオ・ロココ時代の後半に、鎖国をやめた日本の文化、ジャポニズムがフランスにも上陸します。その影響を受け、ロココ様式のデザインに微妙な変化が怒ります。ジャポニズムは1862年のロンドン万国博覧会がブレイクのきっかけでしたが、1867年に行われたパリ万博では、日本の佐賀藩と薩摩藩が直接出展。これが印象派のアーティストに影響を与えたことは有名な話ですが、着物や浮世絵、漆工芸品から櫛やかんざしなど小さなものまで、その後のフランスの絵画、家具、宝飾品などあらゆるデザインに日本の影響が見られるようになります。
ちょうどこのロココリバイバルの頃、つまりネオ・ロココ時代の後半に、鎖国をやめた日本の文化、ジャポニズムがフランスにも上陸します。その影響を受け、ロココ様式のデザインに微妙な変化が怒ります。ジャポニズムは1862年のロンドン万国博覧会がブレイクのきっかけでしたが、1867年に行われたパリ万博では、日本の佐賀藩と薩摩藩が直接出展。これが印象派のアーティストに影響を与えたことは有名な話ですが、着物や浮世絵、漆工芸品から櫛やかんざしなど小さなものまで、その後のフランスの絵画、家具、宝飾品などあらゆるデザインに日本の影響が見られるようになります。
アール・ヌーヴォー様式を代表するガラス作家、エミール・ガレは、ジャポニズムを早くから取り入れた芸術家の一人でした。ガレはガラス工芸品だけでなく、優れた家具も多く残しています。彼の工房はロレーヌ地方のナンシーという町にあり、この時代の芸術の発信地はパリとナンシーといわれたほど、芸術家や職人が多く住む町でした。
ナンシーはパリと比べると保守的な土壌で、ロココ時代のものづくりの技術をアール・ヌーヴォー様式にもそのまま継承していました。ガレがデザインした家具の多くは、ジャポニズム特有の植物や昆虫、風景などのモチーフが多く、「マーケットリー」というバロック時代に流行した寄木細工の技法を使っています。
「マーケットリー」についてはこちらもあわせて
アンティーク家具の木材について知る 2:ウォールナット材
ナンシーはパリと比べると保守的な土壌で、ロココ時代のものづくりの技術をアール・ヌーヴォー様式にもそのまま継承していました。ガレがデザインした家具の多くは、ジャポニズム特有の植物や昆虫、風景などのモチーフが多く、「マーケットリー」というバロック時代に流行した寄木細工の技法を使っています。
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イギリスの挿絵画家オーブリー・ビアズリーも、日本の浮世絵に影響を受け、時代を先駆けてアール・ヌーヴォースタイルの原点ともいえる流麗なデザインを作品に残しています。オスカー・ワイルドの小説『サロメ』(1894年出版)の挿絵で話題になったビアズリーが描く人物の服には、着物を思わせる流れるようなラインが取り入れられており、その画風はエキゾチックなものでした。そのリズミカルな線は印象派の絵や挿絵に留まらず、やがて建築にも取り入れられていきます。
アール・ヌーヴォーと建築
アール・ヌーヴォースタイルをいち早く建築に取り入れたのは、ベルギーの建築家ヴィクトール・オルタでした。1893年に建てられ、現在世界遺産となっているブリュッセルの《タッセル邸》は、建築、室内装飾、家具のすべてにこだわってアール・ヌーヴォー様式を採用した家です。オルタは以前、ガラスと鉄を使った温室のプロジェクトを手がけた経験を活かし、ロートアイアン(錬鉄)を《タッセル邸》のプロジェクトに使い、大成功をおさめます。
アール・ヌーヴォースタイルをいち早く建築に取り入れたのは、ベルギーの建築家ヴィクトール・オルタでした。1893年に建てられ、現在世界遺産となっているブリュッセルの《タッセル邸》は、建築、室内装飾、家具のすべてにこだわってアール・ヌーヴォー様式を採用した家です。オルタは以前、ガラスと鉄を使った温室のプロジェクトを手がけた経験を活かし、ロートアイアン(錬鉄)を《タッセル邸》のプロジェクトに使い、大成功をおさめます。
階段や柱、梁など頑丈でなければならない部分に、まるで喜多川歌麿の版画の着物の柄を思わせる流麗なラインを実現したのがオルタの功績です。熟練の技術を要するロートアイアンを使って強度を保ちつつ、アール・ヌーヴォーの繊細な美しさを表現するためには、繊細な仕事ができる芸術家に近い職人も必要であったことがわかります。
アーツ&クラフツとの違い
アーツ&クラフツスタイルで掲げられた「工業化による大量生産ではなく、中世の時代の手仕事のクオリティを見直す」というコンセプトは、アール・ヌーヴォー様式にも引き継がれていました。ただアール・ヌーヴォーでは工業化をすべて否定してはおらず、柔軟に取り入れて近代化しています。この点がアーツ&クラフツとはやや異なっています。
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アール・ヌーヴォーと女性の解放
時代は少し遡りますが、19世紀半ばのイギリスで、画家のダンテ=ガブリエル・ロセッティらが結成した芸術家集団「ラファエル前派」が発表した絵画を見ると、女性たちは中世風のゆったりとしたドレスを身に纏っています。ここにはヴィクトリア時代の習慣であったコルセットに象徴される、窮屈な慣習に締め付けられた女性の解放というメッセージが隠されていました。
その流れはやがてアール・ヌーヴォー時代、モラヴィア(現チェコ)人のグラフィックデザイナー、アルフォンス・ミュシャの活躍へとつながっていきます。彼は女性の自由と解放をテーマとしたデザインを次々に発表し、話題を呼びます。
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当時の女性は身だしなみとして髪を結うのがエチケットでしたが、ミュシャは、髪を自然に下ろした女性を描きました。その大胆さは女性の自由そのものでした。彼のポスターは、単にモデルを美しく描くだけではなく、背景の装飾にもこだわり、美しい曲線を重ねた新しい画風を用いて世に大きなインパクトを与えました。そのまさに「新しい芸術」で、ミュシャはアール・ヌーヴォーの代表的な芸術家と称されるようになりました。
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アール・ヌーヴォーと〈リバティ百貨店〉
イギリスの百貨店〈リバティ〉も、アール・ヌーヴォー様式を世の中に定着させるのに大きな役割を果たしました。イタリアでアール・ヌーヴォーを「スティレ・リベルティ(リバティ・スタイル)」と呼ぶのはこのためです。〈リバティ〉は現在も、大量生産品とは違う芸術性の高い商品を揃えており、個性のあるデパートとして定評があります。
1902年に発売されたインテリアファブリック《アイアンシ》は、フランスのデザイナー、ルネ・ボークレアによるもので、すみれの花と連続した曲線はアール・ヌーヴォースタイルの定番といえる柄です。ボークレアの作品もジャポニズムの影響を受けたものが多く、桜や蓮、菊などのモチーフを使っています。
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1902年に発売されたインテリアファブリック《アイアンシ》は、フランスのデザイナー、ルネ・ボークレアによるもので、すみれの花と連続した曲線はアール・ヌーヴォースタイルの定番といえる柄です。ボークレアの作品もジャポニズムの影響を受けたものが多く、桜や蓮、菊などのモチーフを使っています。
時代のトレンドと並走する芸術家
この時代に活躍した有名な芸術家としては他に、イギリスの画家・装飾家アーチボルド・ノックスも挙げられます。彼は〈リバティ〉のためにターコイズ石をあしらったアーツ&クラフツ様式のオブジェやジュエリーをデザインし、その後、ケルト民族のモチーフとアール・ヌーヴォー様式を組み合わせた独自のスタイルを確立します。ケルト美術へのアプローチと控えめな曲線、フォークロアのエッセンスを持つアール・ヌーヴォースタイルが人気を博しましたが、彼のデザインはやがてさらにシンプルになっていき、モダニズムへと進化していきます。
この時代に活躍した有名な芸術家としては他に、イギリスの画家・装飾家アーチボルド・ノックスも挙げられます。彼は〈リバティ〉のためにターコイズ石をあしらったアーツ&クラフツ様式のオブジェやジュエリーをデザインし、その後、ケルト民族のモチーフとアール・ヌーヴォー様式を組み合わせた独自のスタイルを確立します。ケルト美術へのアプローチと控えめな曲線、フォークロアのエッセンスを持つアール・ヌーヴォースタイルが人気を博しましたが、彼のデザインはやがてさらにシンプルになっていき、モダニズムへと進化していきます。
華美なデザインが続くと次は必ずシンプルなデザインに移るという、デザインの歴史の法則により、アール・ヌーヴォー時代もやがて終焉を迎えることになります。時を同じくしてヨーロッパは第一次世界大戦という混乱の時代に入り、一切の芸術、デザイン、建築のムーブメントは一時ストップしてしまいます。しかし、戦後の復興とともに近代化されたヨーロッパに、再び新しいスタイリッシュなデザイン様式が登場することになるのです。
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