ウィリアム・モリスのものづくり精神とテキスタイルデザイン
イギリスの文化芸術、特に室内装飾の分野で大きな功績を残したモリスのものづくりについて、テキスタイルデザインを中心にご紹介します。

西谷典子|Noriko Nishiya
2023年11月13日
1834年3月24日、ロンドン郊外に生まれたウィリアム・モリスは、62年の生涯を通じ、大きな理想を掲げて創作活動に打ち込んだ芸術家です。アーツ&クラフツ運動に影響を与えた近代デザインの父であり、画家、詩人、出版人、社会主義活動家など各分野で偉大な功績を残しましたが、特に知られるのは、彼がデザインした美しい植物文様のインテリアテキスタイル。この記事では、モリスがデザインを志した背景や、歴史や自然と調和する彼のデザイン精神についてご紹介します。
19世紀半ば、イギリスでは産業革命により昔ながらの職人の手作業によるものづくりが忘れ去られていました。その時流に逆行し、中世のものづくり精神に立ち返り、手作業で良質なものを作ろうとする理想を生涯貫いたのがウィリアム・モリスでした。彼のデザインが時代を超えて支持されているのは、現代の消費社会に生きる私たちの心にも響く真実のメッセージを投げかけているからのように思います。
終生の友と中世の意匠との出会い
ウィリアム・モリスは最初聖職者を目指しオックスフォード大学に入学しますが、19世紀半ばの当時流行したネオゴシックスタイルの建築物やステンドグラスに囲まれた大学のキャンパスに影響され、芸術家を志すようになります。のちに画家として有名になるエドワード・バーン=ジョーンズやダンテ・ガブリエル・ロセッティとの出会いもあり、古き良き中世の時代の意匠をはじめ、古典的芸術や思想に魅了されるように。その精神はモリスの生涯を通じ、彼のデザインに一貫して流れるものとなります。
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職人技術を尊び、理想の社会を目指す精神
当時のイギリスは産業革命で国が栄えるかたわら、貧富の差が大きくなり、労働者の生活は厳しいものでした。これに疑問を抱いたモリスは、低賃金に苦しむ職人たちによりよい仕事のチャンスを与え、皆が平等に生きていける社会をつくれないものかと考えるようになります。この理想は作品にも反映され、中世の時代には尊ばれたものの当時は忘れ去られつつあった職人の手仕事をふんだんに取り入れた、斬新なデザインを生み出す仕事に熱中しました。彼の精神は、後のアーツ&クラフツ運動の源流となります。
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装飾デザインの会社を設立
その後オックスフォードの建築家に弟子入りし、建築家フィリップ・ウェッブと出会ったモリスは、彼と共同設計した自邸《レッドハウス》の内装を、芸術家仲間と一緒に手がけます。この共同作業がきっかけとなり、7人の仲間たちとともに、家具やステンドグラス、壁掛け刺繍などの装飾デザインと製作を行う会社を設立。のちに単独経営となる〈モリス商会〉の前身です。
その後オックスフォードの建築家に弟子入りし、建築家フィリップ・ウェッブと出会ったモリスは、彼と共同設計した自邸《レッドハウス》の内装を、芸術家仲間と一緒に手がけます。この共同作業がきっかけとなり、7人の仲間たちとともに、家具やステンドグラス、壁掛け刺繍などの装飾デザインと製作を行う会社を設立。のちに単独経営となる〈モリス商会〉の前身です。
テキスタイル分野で大ブレイク
モリスはテキスタイルには特に力を入れ、タペストリーやカーペット、椅子の張り替えにも使える新しいジャカード織などの開発を進めていきました。中世風のインテリアが人気を博し、分厚い手織りのファブリックが多く望まれました。彼が自ら織る布はシルクやウール、リネン、毛足の長いモヘアなどがミックスされたもので、金糸も織り込まれた見事なものでした。古典的な見た目であると同時に、非常に斬新なテキスタイルでした。
モリスはテキスタイルには特に力を入れ、タペストリーやカーペット、椅子の張り替えにも使える新しいジャカード織などの開発を進めていきました。中世風のインテリアが人気を博し、分厚い手織りのファブリックが多く望まれました。彼が自ら織る布はシルクやウール、リネン、毛足の長いモヘアなどがミックスされたもので、金糸も織り込まれた見事なものでした。古典的な見た目であると同時に、非常に斬新なテキスタイルでした。
なかでもタペストリーは中世風の室内装飾に欠かせないものでした。貴族のステイタスのシンボルでもあり、モリスは16、17世紀のフランスやフランダース地方のタペストリーのデザインに影響を受けたものを、富裕層のクライアントや教会向けに製作しました。デザインモチーフとしては、アカンサスの葉や葡萄など中世に使われた古典的なデザインを採用。昔ながらの染料と技術を使って染められ、一見すると、色あせしていない500年前のタペストリーかと思われるほどでした。
ウィリアム・モリスのテキスタイルといえば、現在は壁紙やカーテン生地などが有名ですが、実は最初は刺繍を施した壁掛けの製作からその名が知られ始めます。妻のジェーンや娘のメイも駆り出され、中世の家内工業のようにその製作に関わっています。この刺繍のビジネスはさらに拡張し、やがて消費者が自分で刺繍をしてクッションやベッドカバーを作ることのできる刺繍キットとしても売られ、大評判に。こうしてモリスのデザインは一般の人々にも浸透していきました。
オーガニック100%の原料、手作業の染色
モリスがデザインしたテキスタイルの魅力の一つは、その美しい色づかいにあります。19世紀当時の一般的な染色方法は石炭のタールを使ったものでしたが、モリスは昔ながらのナチュラルな染色方法、つまり原料に植物や木の根、昆虫などを使う、今でいう100%オーガニックの染料にこだわっていました。その染料を、職人の技術が光る手作業で染め上げたのです。
モリスのプリントファブリックの代表作とされる《いちご泥棒(ストロベリー・ティーフ)》は、複雑な模様を多色で、しかもずれることなく手作業で染め上げるという、かなり熟練した技術を必要とするデザインでした。
モリスがデザインしたテキスタイルの魅力の一つは、その美しい色づかいにあります。19世紀当時の一般的な染色方法は石炭のタールを使ったものでしたが、モリスは昔ながらのナチュラルな染色方法、つまり原料に植物や木の根、昆虫などを使う、今でいう100%オーガニックの染料にこだわっていました。その染料を、職人の技術が光る手作業で染め上げたのです。
モリスのプリントファブリックの代表作とされる《いちご泥棒(ストロベリー・ティーフ)》は、複雑な模様を多色で、しかもずれることなく手作業で染め上げるという、かなり熟練した技術を必要とするデザインでした。
《いちご泥棒》は、モリスがオックスフォード地方に所有していたカントリーハウス《ケルムスコット・マナー》のキッチンガーデンに、いちごをついばみに来る鳥をモチーフにしています。24の版木を使用したカラフルなデザインの背景色には、深い藍色が選ばれました。染色工場を始めた最初期に生産した「インディゴ抜染」という方法を用いたファブリックです。この深みのあるインディゴブルーが、いちごや鳥、植物の豊かな色彩を鮮明に引き立たせています。
手彫りの版木「ブロックプリント」
プリントファブリックには、梨の木を彫った版木を使う「ブロックプリント」という、版画のような型押しの方法も用いられました。19世紀当時、すでにローラー式の印刷も技術的に可能でしたが、彼のモットーは、中世のものづくりの方法に従うこと。昔ながらの型押し方法で徹底されたのです。
プリントファブリックには、梨の木を彫った版木を使う「ブロックプリント」という、版画のような型押しの方法も用いられました。19世紀当時、すでにローラー式の印刷も技術的に可能でしたが、彼のモットーは、中世のものづくりの方法に従うこと。昔ながらの型押し方法で徹底されたのです。
この型押しによるブロックプリントは、江戸時代の浮世絵と同じく絵師、彫り師、摺師という3人のプロフェッショナルの共同作業により製作されました。このことからも、モリスがいかに質の高いものづくりにこだわっていたか、そして職人技術を敬っていたかが見て取れます。モリスのデザインは決してシンプルではなく、緻密で使う色も多く複雑なので、さぞかし彫り師、摺師泣かせだったのではないでしょうか。
ウィリアム・モリスが貫いた中世のものづくり精神を、テキスタイルのお話を中心にご紹介しました。19世紀当時のインテリアの流行を敏感に取り入れながらも、昔ながらの作り方にこだわったモリス。彼の揺るぎない理想と情熱が生み出した作品は、今やデザインクラシックとなり、日本でも高い人気を誇ります。モリスのデザインは、古いものでは誕生からすでに150年以上経過していますが、現代のインテリアに普通に取り入れられているのは驚くべきことです。次回は、モリスのデザインを現代風に取り入れた素敵な部屋の数々をご紹介します。
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わお!拙宅の和室と同じ壁紙のお写真を発見しました!嬉しいです♪
お写真でファブリック布(ベッドまわり)もこの世に存在するとわかりました。私もこれから探して購入し、是非こたつ布団もお揃いの生地にリメイクをしたいです!\(^o^)/ありがとうございます!
数年前、どうしても行きたくてバイブリーのスワンホテルに娘と泊まった帰りに、がんばってモリス邸によりました。今回の記事を読んで、懐かしく思い出し、古い家の自分の部屋のカーテンをモリスのカーテンにしたくなりました。
モリスのことはよく知りませんでしたが、若い時からモリスデザインがとても好きでした。これからどの柄にするか、時間をかけて選び、好きなものだけで囲まれた簡素な私の部屋を作っていきます。わくわくばぁば
日本の私達にはやはりモリスのデザインは響きますよね。嬉しいコメントありがとうございました。