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Houzzツアー:左官壁や床に歴史が漂う、京都の町家再生プロジェクト
築100年の京町家を左官職人出身の建築家が再建し、日本文学研究者のセカンドハウスに。新旧の素材を組み合わせ、建物の歴史を浮かび上がらせた美しい家。
Miki Anzai
2016年11月16日
京都御所の西側にある、今も絹織物職人らの職住を兼ねた住居が点在している地区。その一角の、細い路地に面した町家の軒下に、見過ごしてしまいそうなさらに細い路地がある。奥まで歩みを進めると、数年前まで機織り工房だった町家が、ひっそりと佇んでいる。左官職人から建築家になった森田一弥さんが再生させた家だ。ここに、普段は都内のマンションに住み、三味線と能の稽古に勤しむ日本文学研究者の女性オーナーが、毎月一度必ずやってくる。
きっかけは、オーナーが数年前に書店で手に取ったある本。京町家を購入し、東京と京都の二都生活を始めた経緯を綴った、永江朗著『そうだ、京都に住もう。』(京阪神Lマガジン社)だ。この本に触発され、文中で紹介されていた不動産業者を訪ねて、この築100年の町家を購入した。リノベーションにあたって、この不動産会社社長から、「あなたと趣味が合うのは、〈森田一弥建築設計事務所〉の森田さんだ」と太鼓判を押されたという。言われるままに森田事務所を訪ね、「セカンドハウスとして利用したい」「三味線や能楽のイベントもここで開催したい」「陶芸作家、河井寛次郎邸(現・記念館)のような雰囲気に改修したい」などと希望を伝えた。要望は見事に叶えられ、「期待以上の家ができた」と喜んでいる。
そのオーナーが、謡(うたい)と囃子(はやし)をBGMにかけながら案内してくれたのが、この家の歩んできた歳月を印象づける、なんとも深みのある空間だ。
きっかけは、オーナーが数年前に書店で手に取ったある本。京町家を購入し、東京と京都の二都生活を始めた経緯を綴った、永江朗著『そうだ、京都に住もう。』(京阪神Lマガジン社)だ。この本に触発され、文中で紹介されていた不動産業者を訪ねて、この築100年の町家を購入した。リノベーションにあたって、この不動産会社社長から、「あなたと趣味が合うのは、〈森田一弥建築設計事務所〉の森田さんだ」と太鼓判を押されたという。言われるままに森田事務所を訪ね、「セカンドハウスとして利用したい」「三味線や能楽のイベントもここで開催したい」「陶芸作家、河井寛次郎邸(現・記念館)のような雰囲気に改修したい」などと希望を伝えた。要望は見事に叶えられ、「期待以上の家ができた」と喜んでいる。
そのオーナーが、謡(うたい)と囃子(はやし)をBGMにかけながら案内してくれたのが、この家の歩んできた歳月を印象づける、なんとも深みのある空間だ。
現代の町家改修で失われがちな土間をあえて拡張し、多目的スペースとしたリビング&ダイニング。目を惹くのは、豊かな質感のある土の床と壁だ。通常、土間には、にがりと石灰と砂利を混ぜた三和土(たたき)やコンクリートが用いられるが、オーナーの希望もあり、土だけを叩き締めた文字通りの「土間」にしている。南側の壁(写真右)も、傷んでいた古い壁を撤去して断熱材を充填し、再び竹小舞(たけこまい/土壁の下地に使う細長い材)を編んだ後、本来は上塗りの下地である、ひびの入った荒壁(あらかべ)のまま残している。
インテリアも、町家に残されていた家具とオーナーの思い出の品をうまく同居させている。壁に飾った梯子や、写真手前の水屋箪笥は、古い町家にあったもの。梯子の下にさりげなく掛けてある額装された扇面は、オーナーの父が所有していた下村観山作。コーヒーテーブルとして利用している丸鉢も、和風建築向けの内装資材の商店を営んでいた父が、この上で台帳をつけていた懐かしい品だ。金の屏風も、オーナーの実家にあったもので、都内のマンションにはそぐわないが、ここにはぴったり合ったのだという。
インテリアも、町家に残されていた家具とオーナーの思い出の品をうまく同居させている。壁に飾った梯子や、写真手前の水屋箪笥は、古い町家にあったもの。梯子の下にさりげなく掛けてある額装された扇面は、オーナーの父が所有していた下村観山作。コーヒーテーブルとして利用している丸鉢も、和風建築向けの内装資材の商店を営んでいた父が、この上で台帳をつけていた懐かしい品だ。金の屏風も、オーナーの実家にあったもので、都内のマンションにはそぐわないが、ここにはぴったり合ったのだという。
リビングの北側は、古い大津壁(石灰と色土を水で練り、麻すさを加えた土壁)の仕上げがよい状態で残っていたので、そのまま残している。「以前の建築の名残にあえて手を加えないことで、この家の歴史を浮かび上がらせる効果も狙いました」と森田さん。
改修前は急な階段が反対側の壁についていたが、これを撤去して北側に移設し、キッチンと一体化させた。階段の下は、「見せる」スペースとして計画。オーナーは、お気に入りの九谷焼の猫の置き物などを飾っている。
改修前は急な階段が反対側の壁についていたが、これを撤去して北側に移設し、キッチンと一体化させた。階段の下は、「見せる」スペースとして計画。オーナーは、お気に入りの九谷焼の猫の置き物などを飾っている。
建物に残された記憶をすべて継承するのでも、消し去るのでもなく、重層的な時間の流れを意識しつつ、使いやすくリノベーションした町家だ。
どんなHouzz?
所在地:京都市上京区
住まい手:近世文学研究者の60代女性
主体構造:木造2階建て(京町家)
敷地面積:79.96平方メートル
延床面積:81.48平方メートル(1階64.64平方メートル、2階16.84平方メートル)
リノベーション竣工:2013年11月
設計監理:森田一弥建築設計事務所
施工:エクセル住宅建設
1階土壁:宮部左官(宮部友之)
1階土間:久住左官(久住誠)
2階茶室土壁・天井:森田一弥
造園:佐野造園(佐野健介)
撮影:表恒匡
どんなHouzz?
所在地:京都市上京区
住まい手:近世文学研究者の60代女性
主体構造:木造2階建て(京町家)
敷地面積:79.96平方メートル
延床面積:81.48平方メートル(1階64.64平方メートル、2階16.84平方メートル)
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施工:エクセル住宅建設
1階土壁:宮部左官(宮部友之)
1階土間:久住左官(久住誠)
2階茶室土壁・天井:森田一弥
造園:佐野造園(佐野健介)
撮影:表恒匡
間口が狭く、奥行きが深い典型的な「うなぎの寝床」だった連棟町家。戸口の建具は以前のまま残し、細い路地に面した「表の間」(次の写真)と、浴室の全壁面や室外機をカバーするように、新しい出格子を造作した。玄関前の旧排水升には、美観を考慮して小石を埋め込んでいる。
3畳の「表の間」の土壁は、丹波黄土(たんばきづち)で中塗りしたもの。あえて上塗りをしないまま見せているが、「表面がきれいになりすぎたり、荒すぎたりしないようにするのが、左官職人の腕の見せどころです」と森田さん。
玄関を入った北側の壁(写真右)も、一部傷んだところを補修しただけで、上塗りを施していない。壁を塗り替えようと、上塗りを剥がした状態(前述の大津壁)を見たオーナーが、「このままがいい」と希望したからだ。「都内のマンション暮らしが長いので、土壁の家に住んでみて初めて、家と一緒に、呼吸をしている感覚が味わえています」とオーナーは喜ぶ。
建物の柱は新旧ともに、基本的に杉材を用い、庭の塀には、杉皮を張っている。南側の壁(写真奥)の延長線上にある外の杉皮張りの塀には取っ手がついており、開けるとゲスト用のトイレが隠れていた。「森田さんから外に厠(かわや)をつくる案を出されたときは大丈夫かと思いましたが、来客専用トイレとして、とても重宝しています」とオーナー。この空間には、昔オーナーの実家の庭にあった灯籠も置かれている。
土間と庭との境に設置した木製建具は、二重ガラスの引き戸で、すべて開放すると外と内がフラットにつながる。
寒い京都の冬を快適に過ごすために、ペレットストーブも導入。1日中焚いていると、その後、数日間は「じんわりと温かさが残っています」とオーナー。
土間と庭との境に設置した木製建具は、二重ガラスの引き戸で、すべて開放すると外と内がフラットにつながる。
寒い京都の冬を快適に過ごすために、ペレットストーブも導入。1日中焚いていると、その後、数日間は「じんわりと温かさが残っています」とオーナー。
左官職人として、金閣寺の修復にも携わったことのある森田さんが、自らの手で仕上げた天井と壁も圧巻だ。丹波黄土に、藁の繊維を混ぜて塗った荒壁仕上げとなっている。通常はこの荒壁を下地として、その上に中塗りをし、最後に仕上げ塗りが施されるが、リビング&ダイニングの南の壁と同様、「ひび割れた感じをわざと残したかったので、荒壁にしました」と森田さん。土の中の藁の含有量が多いほどひび割れしないが、割れの出方(模様)に納得がいかず、一度全部やり直したそうだ。
2階の茶室から見下ろす眺めは抜群で、イベント開催時には天井桟敷としても利用できそうだ。吹き抜けの天井から下がるシャンデリアは、オーナーが所有していたもの。「必ず使ってほしい」とのリクエストを受け、悩んだ森田さんだが、和と洋のデザインを違和感なく融合させ、独自の空間を誕生させた。
写真奥の扉から、浴室、トイレ、洗面室にアクセスできる「表の間」。天井は杉板張り。路地側の窓から心地よい光が、格子を通して入ってくる。
他の空間と対照的に、水まわりスペースは白色をベースにしている。洗面室側の壁は白漆喰塗り。中央に設けた、トップライトからの光だけでじゅうぶん明るい。夜は月明かりを楽しむために、電灯を消して入浴することもあるという。
取材日は晴天だったが、路地奥に立つこの町家の玄関に足を踏み入れると、内部の薄暗さに目が慣れるのに少し時間がかかった。そのまま炊事場のある「走り庭」と呼ばれる土間を抜けた途端、広い吹き抜けの土間続きにある坪庭が、スポットライトを浴びた舞台のように目に飛び込んできた。今までどの住宅でも感じたことのない不思議な感覚。それは、単に新旧の素材を対峙させただけでなく、「より多元的な時間を感じさせる空間」を創り出そうとした森田さんの試みがなせる技だった。
左官職人から建築家になった森田さんだからこそ、上塗りの壁を剥がし、その下から出てきた歴史的工法の名残をそのまま外に見せたり、本来は仕上げ塗りの下地となる荒壁で作業を止めるなど、さまざまな土壁の表面から、時間的な奥行きを感じさせる手法を展開できたのだろう。
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