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Houzzツアー:雄大な棚田風景と連続性をもたせた、スキップフロアの家
外の景色と陽光を取り込み、開けた視界と風通しのよさを可能にしたのは、建物に巧みに取り入れた段差と、絶妙な開口の配置でした。
Miki Anzai
2016年9月9日
なだらかに連なりながら曲線を織りなす広大な棚田の、日本らしい原風景を見渡せる平地に佇む、「光」と「風」と「視線」を心地よく通す家。外に広がる階段状の水田のイメージが、屋内にも続いているように感じられるのは、空間に段差をつけたスキップフロアを設けているからだ。また、開口部を綿密に計画することで、絶景を内部に取り込みながら、効率よく排熱や換気、採光を可能にしているこの家は、環境に優しい住宅でもある。「余計なものは視界に入れたくない」という施主夫妻の要望に応えてつくり出した左官仕上げの壁面収納も、内と外が連続する風景を通す室内の美観に貢献している。
北側外観。建物の1階北側から、南側の向こうに広がる棚田まで、一直線に見通せる。
東(写真左)から西にかけては、建物を65cmずつ高くするように3段階に計画。さらに、東西だけでなく、北から南にも段差をつけている。これらの高低差をうまく利用した、さまざまな高さの窓から陽光が差し込むため、「居室のどこにいても、太陽の存在を感じられます」と語るのは、この家を設計した〈ihrmk〉の井原正揮さん。平面を壁で仕切る部屋づくりでは享受できない、採光と開放性を可能にしている。
所在地:愛知県豊田市
家族構成:30代前半の夫婦+2歳の子供
設計:ihrmk一級建築士事務所
延床面積:99.80平方メートル(1階50.94平方メートル、2階48.86平方メートル)
敷地面積:243.11平方メートル
構造:木造在来工法
竣工:2014年8月
東(写真左)から西にかけては、建物を65cmずつ高くするように3段階に計画。さらに、東西だけでなく、北から南にも段差をつけている。これらの高低差をうまく利用した、さまざまな高さの窓から陽光が差し込むため、「居室のどこにいても、太陽の存在を感じられます」と語るのは、この家を設計した〈ihrmk〉の井原正揮さん。平面を壁で仕切る部屋づくりでは享受できない、採光と開放性を可能にしている。
所在地:愛知県豊田市
家族構成:30代前半の夫婦+2歳の子供
設計:ihrmk一級建築士事務所
延床面積:99.80平方メートル(1階50.94平方メートル、2階48.86平方メートル)
敷地面積:243.11平方メートル
構造:木造在来工法
竣工:2014年8月
南西側外観。1階テラスは南向きに、2階の開口は90度ずらして西側に向けた。開口の方向を変えたのは、「1階と2階でまったく違う景色を見せたかった」ことが主な理由だが、プライバシーにも配慮してのことだ。「1階は、法面(盛土などによりつくられた傾斜面)と既存の樹木や隣地の樹木で、通行人と視線が合うのを避けるようにしています。2階は高さがあるので、西側の道路側に開いてもよいと判断しました」と井原さん。
家の中でいちばん長い時間を過ごすリビングには、直射日光が入り過ぎないよう考慮して、外に奥行き約1mのデッキを設けている。また、リビングに設置した2組の大きな木製建具の間は、西日を避けるための「ブリーズ・ソレイユ」(日よけ装置)として、垂直のコンクリート打ちっ放しの壁で仕切っている。
家の中でいちばん長い時間を過ごすリビングには、直射日光が入り過ぎないよう考慮して、外に奥行き約1mのデッキを設けている。また、リビングに設置した2組の大きな木製建具の間は、西日を避けるための「ブリーズ・ソレイユ」(日よけ装置)として、垂直のコンクリート打ちっ放しの壁で仕切っている。
西側外観。はめ殺しのガラス窓の横や間に設置された片開き窓は、南側の風を受けるフィン(羽)としても機能する。木製のフラッシュ扉(表面を平らに仕上げた扉)に、FRP(繊維強化プラスチック)を塗装したこの片開き窓は、人の手で開けやすい縦最大130cm×横36cmとした。取っ手は、「窓の形状がやや細長いため、2カ所につけて、安定性を確保しつつ、北の正面道路側からは見えない場所に設置するなど、機能性と意匠性を両立させた」と井原さん。
写真には写っていないが、ポーチの裏側には、すのこを乗せたベンチを設けてその下にダクトを這わせ、自然通気取入口としている。こうすることで、基礎の床下から新鮮な空気が1、2階を通るようにした。またこのダクトは、地熱を利用した「アースチューブ」の役割も持たせているので、「外壁に設置する24時間換気のための自然給気口と違って、寒い冬でも外気の温度に左右されず、一定の温度を保てるので、暖房費の削減にもなります」という利点もあるそう。
写真には写っていないが、ポーチの裏側には、すのこを乗せたベンチを設けてその下にダクトを這わせ、自然通気取入口としている。こうすることで、基礎の床下から新鮮な空気が1、2階を通るようにした。またこのダクトは、地熱を利用した「アースチューブ」の役割も持たせているので、「外壁に設置する24時間換気のための自然給気口と違って、寒い冬でも外気の温度に左右されず、一定の温度を保てるので、暖房費の削減にもなります」という利点もあるそう。
西側玄関(写真手前)は、2階からでも家族がコミュニケーションできるように吹き抜けにした。天井と壁はシナ合板。1階のパブリックな空間の壁は白のペイントで塗りつぶし、2階のキッチン・ダイニングは白塗装に拭き取り仕上げを施し、そして寝室はクリア塗装と、プライベートな空間になるほど木肌を感じる透明な色に変化させた。外壁の杉板には保護のために自然塗料を塗っているが、施主と井原さんの2人で、2日間かけて行ったという。「それだけに愛着があります」と施主は語る。
1階南側の開口部に取り付けた2組の木製建具を、両方の折り込みを重ね合わせるように中央の壁に寄せることで、室内外がひと続きとなる大空間が実現。両外壁の中にはプリーツ式の網戸も収納されている。
写真右手前の壁に造り付けられた棚の奥は、半透明のポリカーボネートで区切られていて、壁の裏にシューズクローゼットがあることがわかる。この棚とシューズ棚と高さをきちんと揃えているのもポイントだ。
ソファは〈カリモク家具〉の《カリモク60 ロビーチェア》、テーブルは〈飛騨産業〉の《森のことば》シリーズ。
写真右手前の壁に造り付けられた棚の奥は、半透明のポリカーボネートで区切られていて、壁の裏にシューズクローゼットがあることがわかる。この棚とシューズ棚と高さをきちんと揃えているのもポイントだ。
ソファは〈カリモク家具〉の《カリモク60 ロビーチェア》、テーブルは〈飛騨産業〉の《森のことば》シリーズ。
訪れたゲストは、西側のポーチ(図面右)からそのまま東に向かって、玄関からリビングへと続くスペースに入る。施主家族は、玄関の右脇のシューズクローゼットを通ってから、同じスペース(前写真の右壁手前)に入れる構造になっている。
1階東(図面左側)のアルコーブ状のスペースでは、施主夫人が趣味のピアノを弾くことが多いが、寝室として利用したりと、夫妻で「楽しみながら、さまざまな使い方を模索中」だという。
1階東(図面左側)のアルコーブ状のスペースでは、施主夫人が趣味のピアノを弾くことが多いが、寝室として利用したりと、夫妻で「楽しみながら、さまざまな使い方を模索中」だという。
1階リビングの壁内には棚柱を埋め込み、壁の目地と揃えた。棚板も、建具の枠と同材のツガを利用している。「棚の位置を変えたり、数を増やしたり、減らしたりするだけで、部屋の雰囲気ががらっと変わるので、いろいろと試しています」と語る施主夫人。
スキップフロアのため、室内の天井高は部屋によって異なる。たとえば、リビングの天井高は340cm、その続きの北側空間の天井高は210cm。このように天井高にばらつきがあっても、空間全体に統一感があるのは、照明の高さを揃えているからだろう。その手法は、天井の最も低い部屋をダウンライトにし、その高さに合わせてペンダント照明の紐の長さを調節して、ソケット部分をダウンライトと同じ高さに合わせるというもの。
テレビの配線ケーブル類は壁面に、オーディオプレーヤーは階段下の壁に収納するなど、余計なものを見せないようにする工夫が随所に施されている。
テレビの配線ケーブル類は壁面に、オーディオプレーヤーは階段下の壁に収納するなど、余計なものを見せないようにする工夫が随所に施されている。
階段を上がると、正面のテラス(写真奥)や、上部の高窓(写真左上)から差し込む日差しを受けた、明るいダイニングエリアが広がる。ダイニングとテラス部分の高低差は約70cmあるが、そこに設置した3段の階段の右側を空洞にすることで、ここからも採光できる。
2本足のダイニングテーブルは、足の反対側を、テラス入口の床に掛けて安定させた。このテーブルは取り外しができ、足も折りたためる。また、階段などに設置した手すりパイプは、子供が小さい間は転落防止のネットを張れるようにして、成長したらパイプだけに戻せるように計画されている。
2本足のダイニングテーブルは、足の反対側を、テラス入口の床に掛けて安定させた。このテーブルは取り外しができ、足も折りたためる。また、階段などに設置した手すりパイプは、子供が小さい間は転落防止のネットを張れるようにして、成長したらパイプだけに戻せるように計画されている。
すっきりとしたキッチンに大きく貢献しているのが、右の壁の可動式棚と、左の壁に設置したワンタッチ操作で開閉ができる収納扉だ。
窓側奥の小さい扉の中には、電子レンジが収納されており、手前の上段にはエアコンが隠されている。その下の最も大きい扉内は、パントリーになっている。
窓側奥の小さい扉の中には、電子レンジが収納されており、手前の上段にはエアコンが隠されている。その下の最も大きい扉内は、パントリーになっている。
設計時に模型で大きさや配置を検討し、窓を3段にして、カーテンの色は、上から白・青・黄に決定した。
写真右側奥の壁の下にある正方形の穴は、自然通気取出口。ちょうどこの下に位置するトイレへ光を落とす効果も計算されている。また、この狭い空間は、2歳の子供にとって絶好の隠れ場でもある。ときどき、もぐり込んで楽しそうに遊んでいるそうだ。
写真右側奥の壁の下にある正方形の穴は、自然通気取出口。ちょうどこの下に位置するトイレへ光を落とす効果も計算されている。また、この狭い空間は、2歳の子供にとって絶好の隠れ場でもある。ときどき、もぐり込んで楽しそうに遊んでいるそうだ。
施主夫妻が、最初の打ち合わせで強く希望したのが、「毎朝、太陽の光で目覚めたい」ということだった。入居の翌日、「日の出が見えました! 夢がかないました!」と、喜びのメールが入ったときは、感無量だったと振り返る井原さん。
下段のガラス窓の外の木は、柿の木。上段の窓を、半透明のポリカーボネート板にすることで、「お気に入りのこの柿の木に、自然と視線を引きつける」効果とともに、窓の軽量化にも成功している。
下段のガラス窓の外の木は、柿の木。上段の窓を、半透明のポリカーボネート板にすることで、「お気に入りのこの柿の木に、自然と視線を引きつける」効果とともに、窓の軽量化にも成功している。
建物は、6本の門型フレームの重ね合わせで構成されているが、できるだけ重なる部分を少なくしながら、配置はシンプルに、それでいて複雑な内部空間をつくり出している。1階部分は、建物の北(図面左下)から棚田の見える南の庭(図面右下)に向けてまっすぐに視線が抜けるように工夫され、2階部分では、天井高を3段階にずらしたことにより、窓が排熱や換気を兼ねたハイサイドライトとなるように計画されている。
井原さんが初めてこの土地を訪れたのは、田植えが終わった直後の初夏のこと。水田の緑と水の反射がまばゆいばかりだったという。そのうえ、南から吹く風が、カラタネオガタマの木(写真、建物の手前)を優しく揺らし、なんとも心地よかったそうだ。その後、施主夫妻と綿密な打ち合わせを重ね、「棚田の断面的構成や、そよぐ風を、うまく室内に持ち込みながら、既存の樹木も活かした家」をつくるべく、建物の配置や開口のプランを立てたという。
「施主の心の奥深くにある思いや原風景を引き出し、本当の意味での希望を叶える設計」を心がけている井原さん。その設計が功を奏し、期待以上の空間を手にした施主夫妻は今、満ち足りた生活を送っている。
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「施主の心の奥深くにある思いや原風景を引き出し、本当の意味での希望を叶える設計」を心がけている井原さん。その設計が功を奏し、期待以上の空間を手にした施主夫妻は今、満ち足りた生活を送っている。
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