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5分でわかるデザイン様式:イタリアから英仏に伝わったルネサンス様式
イタリア・ルネサンスはヨーロッパ各地に渡ったイタリア人芸術家によって伝えられ、その後100年ほどかけて発展しました。なかでも興味深いスタイルの融合が見られたフランスとイギリスについて解説します。
西谷典子|Noriko Nishiya
2016年8月27日
古代ギリシャ・ローマの学問や知識の復興、つまりルネサンスは、15世紀のフィレンツェで始まり、その後ヨーロッパ各地に伝わってそれぞれの地で開花します。今回はイタリアから北上して16世紀から17世紀にかけて発展した、フランスとイギリスのルネサンスについて解説しましょう。
フランス、アンボワーズ城の装飾からスタート
まだ単一国家ではなかったイタリアの各地方と、しばしば戦争をしていた15世紀末のフランス。時の国王シャルル8世は、1495年にナポリを占領し、その後戦勝品とともに数名のイタリア人のアーティストを自国に連れ帰りました。すでに大改修が始まっていたアンボワーズ城に、イタリアで流行していたルネサンス様式、つまり神殿風の装飾を少し取り入れることになります。ここに、フランスの地におけるルネサンスが登場したのです。
まだ単一国家ではなかったイタリアの各地方と、しばしば戦争をしていた15世紀末のフランス。時の国王シャルル8世は、1495年にナポリを占領し、その後戦勝品とともに数名のイタリア人のアーティストを自国に連れ帰りました。すでに大改修が始まっていたアンボワーズ城に、イタリアで流行していたルネサンス様式、つまり神殿風の装飾を少し取り入れることになります。ここに、フランスの地におけるルネサンスが登場したのです。
若きフランス国王とイタリアの偉大な老アーティスト
北ヨーロッパ、特にフランスはゴシック建築発祥の地でもあったので、シンプルなルネサンス様式を受け入れることには時間がかかりました。それでも、イタリア芸術愛好家であり、当時まだ20代と若かったフランソワ1世が王位を継承する1515年頃から、徐々にこのクラシカルなイタリアンテイストが、フランスのゴシック様式にミックスされていきます。
その後フランソワ1世は、老いているとはいえイタリアではスーパーセレブアーティストだったある人物を、アンボワーズ城に招きます。レオナルド・ダ・ヴィンチです。そして国王はアーティストが亡くなるまで、ここでさまざまな発明や研究を続けさせることになります。
北ヨーロッパ、特にフランスはゴシック建築発祥の地でもあったので、シンプルなルネサンス様式を受け入れることには時間がかかりました。それでも、イタリア芸術愛好家であり、当時まだ20代と若かったフランソワ1世が王位を継承する1515年頃から、徐々にこのクラシカルなイタリアンテイストが、フランスのゴシック様式にミックスされていきます。
その後フランソワ1世は、老いているとはいえイタリアではスーパーセレブアーティストだったある人物を、アンボワーズ城に招きます。レオナルド・ダ・ヴィンチです。そして国王はアーティストが亡くなるまで、ここでさまざまな発明や研究を続けさせることになります。
シャンボール城のエクレクティックスタイル
次にフランソワ1世が建てさせたシャンボール城のインテリアは、ルネサンス様式特有の丸いアーチや神殿で使われるような柱など、細部に古代ギリシャ・ローマのエッセンスを取り入れています。その外観には、ゴシック様式のさらに前のロマネスク様式を思わせる円錐型の屋根をもつ塔や、ゴシック様式の急な斜面の屋根なども見られました。古いものと新しいものをミックスし、今でいうところのエクレクティックな、独自のデザインにしているのです。フランス・ルネサンス期の城のこういったスタイルは「シャトーエスク」と呼ばれ、19世紀のアメリカでもリバイバルします。
次にフランソワ1世が建てさせたシャンボール城のインテリアは、ルネサンス様式特有の丸いアーチや神殿で使われるような柱など、細部に古代ギリシャ・ローマのエッセンスを取り入れています。その外観には、ゴシック様式のさらに前のロマネスク様式を思わせる円錐型の屋根をもつ塔や、ゴシック様式の急な斜面の屋根なども見られました。古いものと新しいものをミックスし、今でいうところのエクレクティックな、独自のデザインにしているのです。フランス・ルネサンス期の城のこういったスタイルは「シャトーエスク」と呼ばれ、19世紀のアメリカでもリバイバルします。
優美でクラシカルなディテールが発達
芸術愛好家だった父から影響を受けた次の国王アンリ2世も、素晴らしい城を建て始めますが、彼の趣味はもう少し古典イタリア趣味でした。コラム(円柱)やモールディング(その上につく装飾)、室内の天井と壁の角や外壁の縁を飾るコーニスなどを多用するクラシカルなデザインが特徴で、そのシンプルで完璧なプロポーション、調和のとれた建築物はフランス・ルネサンスの最盛期のものとされています。
彼が改築工事を行った代表的な建築物にパリのルーブル宮殿、チュイルリー宮殿があります。またパリ郊外のお城はおもに狩猟用に建てられており、都の中心と違って戦争から城を守るという構造にしなくてよい分、外観も優雅なデザインにすることができました。天井に伸びる高い窓や、長いギャラリー(回廊)などのスタイルは、この時代のフランスで生まれたものです。
芸術愛好家だった父から影響を受けた次の国王アンリ2世も、素晴らしい城を建て始めますが、彼の趣味はもう少し古典イタリア趣味でした。コラム(円柱)やモールディング(その上につく装飾)、室内の天井と壁の角や外壁の縁を飾るコーニスなどを多用するクラシカルなデザインが特徴で、そのシンプルで完璧なプロポーション、調和のとれた建築物はフランス・ルネサンスの最盛期のものとされています。
彼が改築工事を行った代表的な建築物にパリのルーブル宮殿、チュイルリー宮殿があります。またパリ郊外のお城はおもに狩猟用に建てられており、都の中心と違って戦争から城を守るという構造にしなくてよい分、外観も優雅なデザインにすることができました。天井に伸びる高い窓や、長いギャラリー(回廊)などのスタイルは、この時代のフランスで生まれたものです。
フランス宮廷家具の数々
新しい狩猟用の城から城への移動が多かったため、フランス宮廷家具には分解して持ち運びできるという特徴がありました。ベッドをはじめ、「コモード」と呼ばれるチェスト、「アーモワール」と呼ばれる背の高く大きなワードローブまでも、部分的に分解できて持ち運び時にはコンパクトになるものが使われていたようです。
その他、写真の奥に見える「カクトワール」と呼ばれた、いわゆる貴婦人のおしゃべり用の椅子もこの時代のものです。これはシートが台形で背の部分が長方形のアームチェアで、姿勢よく座れ、なおかつ裾が広がったドレスでもゆったりと座れるようにできていました。
新しい狩猟用の城から城への移動が多かったため、フランス宮廷家具には分解して持ち運びできるという特徴がありました。ベッドをはじめ、「コモード」と呼ばれるチェスト、「アーモワール」と呼ばれる背の高く大きなワードローブまでも、部分的に分解できて持ち運び時にはコンパクトになるものが使われていたようです。
その他、写真の奥に見える「カクトワール」と呼ばれた、いわゆる貴婦人のおしゃべり用の椅子もこの時代のものです。これはシートが台形で背の部分が長方形のアームチェアで、姿勢よく座れ、なおかつ裾が広がったドレスでもゆったりと座れるようにできていました。
豪華なテキスタイルも取り入れたインテリア
16世紀になると、毛織物業が盛んだったフランドル地方(現在のベルギー西部を中心に、オランダ南西部からフランス北東部を含む地域)のアントワープがヨーロッパ一栄えた都市になります。このフランドル地方やイタリアで生産されたウールやシルクで織られたテキスタイルは、赤やグリーンなどのリッチな色に染められ、ルネサンスのインテリアを華やかに飾りました。梁や壁にもダイレクトにペイントが施され、タペストリーが壁に所狭しと掛けられるなど、だんだんインテリアが豪華に飾られるようになっていくのです。
このようにフランスはイタリアだけでなく、周辺のベルギーやオランダの文化や芸術も取り入れましたが、それと同時に侵略戦争と宗教戦争で国王や教会の権力争いが始まり、デザイン様式もその頃から徐々に、次のバロック様式へと変わっていきます。
16世紀になると、毛織物業が盛んだったフランドル地方(現在のベルギー西部を中心に、オランダ南西部からフランス北東部を含む地域)のアントワープがヨーロッパ一栄えた都市になります。このフランドル地方やイタリアで生産されたウールやシルクで織られたテキスタイルは、赤やグリーンなどのリッチな色に染められ、ルネサンスのインテリアを華やかに飾りました。梁や壁にもダイレクトにペイントが施され、タペストリーが壁に所狭しと掛けられるなど、だんだんインテリアが豪華に飾られるようになっていくのです。
このようにフランスはイタリアだけでなく、周辺のベルギーやオランダの文化や芸術も取り入れましたが、それと同時に侵略戦争と宗教戦争で国王や教会の権力争いが始まり、デザイン様式もその頃から徐々に、次のバロック様式へと変わっていきます。
イギリスにルネサンスをもたらしたアーティスト
さて、離島のイギリスは芸術の分野ではイタリアと比べると100年は遅れていた発展途上国でした。そんなイギリスに1507年、1人のイタリア彫刻家が若きプリンス、ヘンリー8世にその当時の価値で1億円以上のお金を積まれ、いやいやながらもロンドンにやってきます。実にこのイタリア人がイギリスにルネサンスの文化をもたらした最初の人物とされています。
さて、離島のイギリスは芸術の分野ではイタリアと比べると100年は遅れていた発展途上国でした。そんなイギリスに1507年、1人のイタリア彫刻家が若きプリンス、ヘンリー8世にその当時の価値で1億円以上のお金を積まれ、いやいやながらもロンドンにやってきます。実にこのイタリア人がイギリスにルネサンスの文化をもたらした最初の人物とされています。
この人物、ピエトロ・トッリジャーノは、フィレンツェでの修業時代、ミケランジェロの才能に嫉妬したことで大喧嘩になり、ミケランジェロに怪我を負わせた後、数年の間姿を消していました。失意の日々の後、イギリス国王ヘンリー8世から、父ヘンリー7世のお墓をウェストミンスター寺院に立てる仕事を請け負い、それまでイギリスにはなかった、繊細で洗練されたルネサンス様式の傑作たるブロンズ彫刻を完成させます。そしてここから、イギリスのルネサンスが始まるのです。
イギリス人建築家の活躍
フランスがそうであったように、このチューダー王朝時代のイギリスもまた、ゴシック様式を頑固に長く引きずっていました。17世紀になってようやく、イタリアに渡って建築を学んだイニゴ・ジョーンズによって、ルネサンス様式の建築物がロンドンに登場します。ジョーンズは、ベニスの有名なルネサンス建築家、アンドレーア・パッラーディオの影響を受け、彼のスタイルに基づいた、ローマ時代の古典的でシンプルなデザインを取り入れ、グリニッジにあるクイーンズ・ハウスを建てました。
フランスがそうであったように、このチューダー王朝時代のイギリスもまた、ゴシック様式を頑固に長く引きずっていました。17世紀になってようやく、イタリアに渡って建築を学んだイニゴ・ジョーンズによって、ルネサンス様式の建築物がロンドンに登場します。ジョーンズは、ベニスの有名なルネサンス建築家、アンドレーア・パッラーディオの影響を受け、彼のスタイルに基づいた、ローマ時代の古典的でシンプルなデザインを取り入れ、グリニッジにあるクイーンズ・ハウスを建てました。
イギリス・ルネサンスの代表的な建造物
イニゴ・ジョーンズがチャールズ1世の名でデザインしたロンドンのホワイトホール宮殿のバンケティング・ハウスは、このパッラーディオ様式の影響が色濃く出た彼の代表的な建物のひとつです。残念ながらチャールズ1世が処刑された後、イニゴ・ジョーンズもまた職を追われてしまいますが、そのスタイルは後のバロック期に大活躍する建築家、クリストファー・レンに継承されます。レンは後にセントポール寺院を設計し、イギリスを代表する建築家となりました。そして時代はバロック期へと移り変わっていきます。
イニゴ・ジョーンズがチャールズ1世の名でデザインしたロンドンのホワイトホール宮殿のバンケティング・ハウスは、このパッラーディオ様式の影響が色濃く出た彼の代表的な建物のひとつです。残念ながらチャールズ1世が処刑された後、イニゴ・ジョーンズもまた職を追われてしまいますが、そのスタイルは後のバロック期に大活躍する建築家、クリストファー・レンに継承されます。レンは後にセントポール寺院を設計し、イギリスを代表する建築家となりました。そして時代はバロック期へと移り変わっていきます。
ルネサンスの終焉
ルネサンスはそもそも人道主義(ヒューマニズム)を基本として発展したものでした。しかしイタリアからヨーロッパ各国に伝わっていく過程を進みながら、その人道主義にだんだん時代の暗い影が差すようになり、やがて純粋だったはずの芸術も、再び政治的な権力の道具となっていきます。たびたびの侵略戦争と宗教戦争により、殺されたり国を追われたりた芸術家もいました。そしていつしかルネサンス芸術も終焉を迎え、次の時代へ向かっていくことになりました。
よく知られた歴史上のデザイン様式を、時代背景と今につながる流れ、代表的な建築物や人物のストーリー、住宅インテリアデザインの特徴とともに、コンパクトに解説するこのシリーズ、次回はバロック様式についてご紹介します。
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ルネサンスはそもそも人道主義(ヒューマニズム)を基本として発展したものでした。しかしイタリアからヨーロッパ各国に伝わっていく過程を進みながら、その人道主義にだんだん時代の暗い影が差すようになり、やがて純粋だったはずの芸術も、再び政治的な権力の道具となっていきます。たびたびの侵略戦争と宗教戦争により、殺されたり国を追われたりた芸術家もいました。そしていつしかルネサンス芸術も終焉を迎え、次の時代へ向かっていくことになりました。
よく知られた歴史上のデザイン様式を、時代背景と今につながる流れ、代表的な建築物や人物のストーリー、住宅インテリアデザインの特徴とともに、コンパクトに解説するこのシリーズ、次回はバロック様式についてご紹介します。
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